| 本作はフィクションではあるが、作中で描かれた内容が現実に起こってしまうということがよくある漫画でもある。 |
| 第1巻(1987年当時)と第4巻(1988年当時)で主人公キヨハラが東京カイアンツの助っ人で出場するが、そのネタの8年後の1996年シーズン終了後に読売ジャイアンツに移籍する。 |
| 続いてクドーも第1巻で東京カイアンツの助っ人で出場するが、それから12年後の1999年のシーズン終了後に読売ジャイアンツに移籍する。 |
| また、キヨハラとクドーがオー監督のもとで試合をしているが、それから8年後の1995年に工藤がダイエーホークスに移籍しており、本当の王監督の選手となっている。 |
| 第1巻でカイアンツのカトリが西部の助っ人でリリーフ登板するが、その3年後に西武に移籍し、リリーフ登板する。 |
| 第1巻で本シーズン(1987年当時)で西部ライアンズと板神タイガンスがリーグ境越えをして対戦するが、その18年後の2005年のシーズンにセ・パ交流戦が始まり、西武ライオンズvs阪神タイガースの境越え対戦が実現した。 |
| また、オカダ、パース、カケフが「パ・リーグに入れてちょーだい」と発言していたが、そのうちオカダはその6年後の1993年にオリックス・ブルーウェーブに移籍しており、事実上パ・リーグ入りが実現している。 |
| 岡田に関してはオリックス・バファローズ改名後の2010年に同チームの監督に就任した。 |
| 第2巻(1987年)と第7巻(1989年)でプロ野球で活躍している「日本人対外国人」オールスター試合が描かれたことがあった。 |
| 実際のプロ野球でも、1995年に阪神大震災のチャリティーとして日本人対外国人の試合が実現している。 |
| 第2巻(1987年)で中日のホシノ監督が「来年優勝するからな、うちは」と言っていたが、実際に中日は1988年にリーグ優勝を果たした。 |
| 第2巻(1987年)でキヨハラが板神、パースがカイアンツ、クワタが西部への三角トレードする話(夢)があった(キヨハラも「オレもセリーグで」と発言していた)が、上記の通りジャイアンツの移籍でセリーグの選手になっている。 |
| またキヨハラが板神の選手になっていたが2006年のオリックス入団で実際に在阪球団の選手になっている。 |
| 実際に板神(阪神)にはその翌年にカナモリが移籍している。 |
| 同じく第2巻でクドーがオー監督に「クドーちゃん、ウチのチームにこない?」とクドーに言っている(実際はプールに潜っていたクドーをタコツボから待ち構えて、看板にその文字を書いていた)が、上記の通り、ジャイアンツへ移籍している(ダイエーホークスの監督就任時にも工藤は王監督の選手としてダイエーホークスに移籍している)。 |
| 第3巻(1988年)でパリーグ開幕戦でカガワが数十キロ減量に成功したが減量しすぎたせいでスタミナが消耗しやすかったため、試合途中にスギウラ監督が体内に空気入れて体を含まらせてリバウンドしたネタがあったが、その年のシーズン終了後に香川伸行はリバウンドしていた。 |
| 第3巻(1988年)で西部の投手モリヤマが2年目のジンクスで話題を触れていたが、実際の森山良二はレギュラー定着した次の年の1989年以降の成績が白星とは無縁同様のスランプに悩み、引退へとつながってしまう。 |
| 第4巻(1988年)でキヨハラ、クドー、ワタナベヒサノブに馬鹿にされたオー監督が監督を辞めると言い出し、それを見たナガシマシゲオが「その次の監督は私ですね。 |
| それと同時に、息子のカズシゲもカイアンツに入団します」と言い、オー監督やヤグルトのセキネ監督に怒られていたが、実際にその5年後の1993年に長嶋茂雄は監督に就任し、長嶋一茂も金銭トレードで巨人に入団した。 |
| 一茂においては、1996年に父、茂雄から戦力外通告が伝えられ、俳優に転身している。 |
| 第4巻(1988年)で板急(阪急)、近鉄、南海の在阪パ・リーグ3球団が連合軍を組み、西部(西武)と対戦する話があり、板神(阪神)のムラヤマ監督、オカダ、マユミが「ウエダはーん、うちもまぜてー」と発言し、フーマーにホームランで追い返されるネタがあった。 |
| そのうちのオカダはその5年後の1993年に上記同様、阪急から改名後のオリックスに移籍する。 |
| 第4巻(1988年)で西部ライアンズvs近鉄バッパローズ戦後にナガシマシゲオはカイアンツの監督に勝手になりきり、西部のキヨハラ・クドーと近鉄のアワノ・オーイシの4選手をカイアンツに誘おうとしたが、上記に続いて長嶋茂雄は5年後の1993年に監督に就任し、オーイシを除いた3選手が実際、長嶋茂雄監督在任時(1993年-2001年)にFAやトレードで読売ジャイアンツに移籍している(清原和博は8年後の1996年のシーズン終了後にFAで、工藤公康は11年後の1999年のシーズン終了後にFAで、阿波野秀幸は6年後の1994年シーズン終了後にトレードで読売ジャイアンツに移籍)。 |
| 第5巻(1988年)でカイアンツがリーグ優勝できなかったショックをクワタが各球団の4番バッターのオチアイ・ヒロサワ・コバヤカワ・ポンシェ(ポンセ)を連れてきたがその内の落合博満は5年後の1993年のシーズン終了後に広沢克己は6年後の1994年のシーズン終了後にFAで読売ジャイアンツに移籍している(小早川毅彦も1996年のシーズンオフに現在の東京ヤクルトスワローズに移籍しているが、これは自由契約によるもの)。 |
| 第5巻(1989年)でクドーが「今年から背番号が変わるんだぜ!ヒガシオさんのつけていた21番だ!」と勝手に背番号を変更して披露するシーンがあったが、実際に工藤公康は福岡ダイエーホークス時代の1995年と1996年のシーズンで21番を付けていた。 |
| 第5巻(1989年当時)でモリ監督が横はば太洋ホイールズの監督のユニフォームを着ていた(コバ監督になりきっていた)が、現に森は約12年後の2001年に後身の横浜大洋ホエールズから改名後の横浜ベイスターズの監督に就任している。 |
| 第5巻(1989年)でヒガシオが「モリ監督が辞めたら次はオレが監督だ」と言ったが、その6年後の1995年に森監督が勇退し、東尾修が西武ライオンズの監督に就任している。 |
| 第5巻(1989年)でヒガシオが福岡タイエーハークスのスギウラ(杉浦忠)に誘われる際、ヒガシオが他の西部の選手も誘い、アキヤマ・イシゲ・クドーがヒガシオに付いて来るシーンがあった。 |
| 現実に秋山幸二選手は5年後の1993年にトレード、工藤公康選手・石毛宏典選手はFAでそれぞれ1994年のシーズン終了後に福岡ダイエーホークスへ移籍している。 |
| 秋山においては、福岡ソフトバンクホークス改名後の2009年に同チームの監督に就任した。 |
| 第6巻(1989年)でナガシマシゲオがパッパリーグの選手に沢村賞は貰えない差別化に対し不満を立てて、前年度(1988年)の球団で最も活躍した投手12人を東京ドームに集めて両リーグ合わせた最優秀選手を決める企画を立てたが、この年にパリーグの選手も沢村賞が貰えるようになり、パリーグで初めて受賞したのが近鉄バファローズの投手であった野茂英雄(1990年度)である。 |
| 第6巻(1989年)でホシノ監督が、悪さばかりするクワタを懲らしめようと中日ドラポンズの選手全員とクワタをトレードするネタがあった。 |
| そのとき、当時中日に在籍していたオチアイが東京カイアンツのユニフォームを着ていたが、実際に落合博満は1993年のオフ、FAにより読売ジャイアンツに移籍している。 |
| 第6巻(1989年)でクワタが、怪我をしたイトーの代わりにヤマクラ、ナカオ、アリタの3人を連れてくるシーン(実際には見せびらかしに来ただけ)があるが、その内ナカオは3年後にオークボとのトレードで西武ライオンズへ移籍している。 |
| 第7巻(1989年)でヒガシオが今年のパッパリーグの順位を予測しロッデオニオンズが最下位と予測したが、実際のロッテオリオンズはこの年のパリーグ最下位であった(ただし、これに関しては当時のロッテが低迷しており、他の解説者や評論家の多くもロッテを最下位に予想していた)。 |
| 第8巻で、クワタがグロマティとフーマーを1人3億、2人で5億で売ろうとするネタがあり、「タイエーさん西部さん買わないか?」と発言していた。 |
| その3年後の1992年にブーマー・ウェルズはダイエーに移籍する。 |
| 第9巻(1990年)で対戦相手のタイエーがあまりにも弱すぎるからといって対戦相手を馬鹿にして、ハンデーで各スタメン選手をまったく慣れていない守備位置につかせた。 |
| そんな中、西部の主砲デラストーデが投手で登板するネタがあったが、その5年後(1995年)にオレステス・デストラーデが実際に投手で登板した。 |
| さらに同じ回にタイエー側に当時オリッグズに在籍していたフーマーが助っ人で登場したがその2年後(1992年)にブーマー・ウェルズが福岡ダイエーホークスに移籍している。 |
| それに加えて、タイエー側の助っ人でロッデオニオンズのムラタも登場するが、1994年のオフに村田兆治は投手コーチとして福岡ダイエーホークスに入団している。 |
| 第10巻(1990年)では話題作りのため、近鉄・オリッグスが合体して「オリッ鉄バッパローブス」として西部と戦う話があった(それ以前には近鉄、南海、板急(阪急)のパリーグ在阪3球団が西部と戦う話もあった)が、14年後の2004年に現実世界でもオリックス・ブルーウェーブと大阪近鉄バファローズが合併した(プロ野球再編問題)。 |
| なお作者自身は自分が近鉄・オリッグスが合併する話を描いたことを忘れていたらしいが、光文社発行の写真週刊誌『FLASH』によると、現実世界では当時、近鉄でブライアント、オリックスでは石嶺や門田、松永などといった打者がおり、両者が合わさればさらに強力な打線になるという発想からだったと言い、このように一部では予言なのではと言う話もある。 |
| 第12巻(1991年)で、キヨハラに乱闘を指導する話があり、その話の中でホシノ監督が乱入し「キヨちゃんよ、リーグも違うことだしオレも(乱闘に)協力してやるぜ」と発言していた。 |
| その20年後の2011年に星野監督は東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任しており、西部(西武)と同じパリーグ(同リーグ)所属となった(逆にこれまで所属していたセリーグとは違うリーグとなる)。 |
| 同じく第12巻でクドーがタイエーの当時43歳現役選手カドタに対して「あのおっさん、43歳にしてやるな」と言ったが、工藤自身も47歳にして現役で活躍している。 |
| 同じく第12巻(1992年、雑誌連載時は1991年)にてクワタがドイ監督に板神からマユミ、オカダ、カナモリを連れてきて、「この人たちを加えるのです」と提案したネタがあった(実際は冷やかし)。 |
| 第14巻(1992年)で、板神の相手チームに不幸が降りかかったエピソードがあり、その話に登場した板神ファンの亡霊がクワタに取り付く。 |
| キヨハラが納豆で追い払うも、そのあと板神ファンの仲間(亡霊)を連れて甲四園に戻ってきており、クワタに取り付いた霊も「板神の優勝を見るまでわてら成仏できまへ〜ん」と発言している。 |
| 阪神がそのあと優勝できたのは、2003年(日本一とカーネル・サンダースの呪いがあった1985年以来18年振り)であることから、亡霊たちはそのあと11年間成仏できずに下界にいたということにもなる。 |
| カイアンツからコマダとハラとのトレードに応じるも、ツツミオーナーが特別ボーナス(一人1000万円)を持ってきたことで、すぐに西部にもどっており、ナガシマシゲオも西部のユニフォームに着替えた。 |
| もっとも、第4巻では板急・近鉄・南海が、第9巻ではタイエー・オリッグス・ロッデが、第12巻ではオリッグス・カイアンツが共同で西部と戦う話もある。 |
| 現実にも、近鉄の仰木監督によって「西武包囲網」が唱えられたりしていた。 |
| 8巻と9巻でモトキが当時ダイエー監督だったタブチを嫌っているネタがあったが、実際の元木大介は現役引退後にTBSラジオ(JRN)の野球中継で田淵幸一と試合解説をしている。 |
| 実際、連載開始から終了までの間、他チームが身売りをしたり(板急と南海)、チーム名を変えたり(前の2球団以外にロッデ、横はば)、監督が変わったり(西部以外の11球団全て)した一方で、西部だけが外国人を除いてほとんど登場人物の変遷がなく、安定した強さを物語っていた(ヒガシオの引退、カナモリ・カトリのトレード、ワタナベトミオ・シオザキの入団があるくらいである。 |
| アキヤマらのトレード直後に連載が終了したが、それからまもなく、現実の西武は大規模な選手の世代交代が始まっている。 |