| 1989年にはMTV関係の授賞式の楽屋で当時ガンズ・アンド・ローゼズに所属していたギタリストのイジー・ストラドリンがヴィンス・ニール(モトリー・クルーのヴォーカリスト)に殴られるという事件が起きた。 |
| 理由は当時ヴィンスと一時的に別居していた妻が、とあるクラブでイジーを引っ掛けようとして振られた腹いせにヴィンスを差し向けたとの事。 |
| その後イジーとヴィンスは和解したが、アクセルは自分の一番の理解者であるイジーを傷つけられた事でヴィンスに大きな怒りを覚え、大変傷ついた様子。 |
| その後、何度かヴィンスに挑発的なコメントを投げかけていたが、ヴィンスから「テレビ中継の前で俺と喧嘩して決着を着けようぜ!!いつでも挑戦を受けてやる。 |
| 」と言い聞かされ、さすがのアクセルも「身の危険を感じたので『新作のレコーディングで忙しいから無理』と言ってすぐに断った」と発言している。 |
| また、2006年のCNNでのインタビューの際にヴィンスは「それ以来俺はアクセルには会っていないし、現在は彼を殴ろうとは思っていない。 |
| 」と発言している。 |
| また、イジーの発言を10数年に渡りノートに記録していたとされる。 |
| 2000年あたりにアクセルがイジーに電話をかけた際、「1982年にお前(イジーの事)はこう言った!」とノートをめくりながらイジーに詰め寄ったと、イジーがアクセル・ローズ批評伝内で明かしている。 |
| 2008年11月23日に発売されたガンズ・アンド・ローゼズのアルバム『チャイニーズ・デモクラシー』の売り上げが、当初の予想よりも期待外れである事(アクセルによるプロモーション活動が十分でなかったとの噂)を米国のザ・サン紙へ問われた際、モトリー・クルーのヴィンス・ニールは、以下を語った。 |
| 「あんなに長い年月を掛けてレコーディングしたにも関わらず期待ハズレだったなんて、クレイジーにも程がある。 |
| また、このアルバムのツアーはキャンセルだろ?俺のダチ(DJアシュバ)が、奴の為にギターを演奏しに行って約3ヶ月もリハーサルをしたというのにも関わらず、アクセルの奴は1度も現れなかったらしいな。 |
| ルールその1、姿を見せろ!」、「こんな事をし続けていたら、ファンがどんどん去って行く。 |
| 奴(アクセル)はずっとこんな状態だ。 |
| それでも付いてきているファンだって“いい加減にしろ!もうやってられねーよ!”って、心では思っていると思うぜ。 |
| 肝心のバンドのライブを見られないなら、ファンではいられないぜ」と語っている。 |
| ニルヴァーナのカート・コバーンとは対立関係にあったが、もともとはアクセルはニルヴァーナのファンであり、ガンズのツアーのサポートをニルヴァーナに頼んだことさえある。 |
| だが、それをカートは拒否しその後メディアに向けてガンズやアクセルに対する批判をぶつける様になり両者の対立関係が生まれた。 |
| また、カートが自殺をする前に最後に会った有名人が同じくガンズのメンバーであるダフ・マッケイガンと言われている。 |
| 飛行機の機内で隣の席となった二人はパンクの話などで盛り上がったとダフ自身が明かしている。 |
| http://www.metalunderground.com/news/details.cfm?newsid=13186。 |
| また、同い年生まれのボン・ジョヴィのボーカリスト、ジョン・ボン・ジョヴィとも長くに渡り確執が続いていた。 |
| 一説では通りすがりの人間にボン・ジョヴィにそっくりと言われたことに激高し、殴り返した事さえあるといわれる。 |
| ジョンも数年前のインタビューで、13年間もレコードを出していない事を批判し、自身のキャリアには遠く及ばないと発言した。 |
| しかし、こうした二人の状況はアクセルの親友で、同じくジョンを最も嫌っていたセバスチャン・バックによって修復へと向かう。 |
| 2006年にロンドンのバーでアクセルとワインを飲んでいたセバスチャンは、偶然にも同じバーでジョンがいることを発見する。 |
| この二人も昔、楽曲の版権問題でお互いを激しく中傷しあった間柄である。 |
| しかし、セバスチャンはジョンへと近づき、笑顔で久しぶりに挨拶をしたのである。 |
| 驚いたジョンだったが、アクセルもその輪へと加わり、飲み会を始めたのである。 |
| ジョンはワインを二人に何本も振る舞い、アクセルもジョンのビジネスの才覚に興味を持ち、いろいろと質問し3人で談笑したのだという。 |
| また、アクセル曰く、本物のロックとはモーターヘッドのことだそうだ。 |