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プロフィール
- アルキメデスとは
- 生涯
- 黄金の王冠
- アルキメディアン・スクリュー
- アルキメデスの鉤爪
- アルキメデスのソーラー・レイは嘘か真実か
- その他
- 数学
- 著作
- 残存している研究
- 未確認の著作
- アルキメデス・パリンプセスト
- 関連サイト
アルキメデス(Archimedes、)または シラクサのアルキメデス(ArchimedesofSyracuse、紀元前287年-紀元前212年)は、古代ギリシアの数学者、物理学者、技術者、発明家、天文学者。彼の生涯は全容を掴めていないが、古典古代における第一級の科学者という揺ぎ無い評価を得ている。彼が物理学にもたらした革新は流体静力学の基礎となり、静力学の考察はてこの本質を説明した。彼は革新的な機械設計にも秀で、シージ・エンジンや彼の名を冠したアルキメディアン・スクリューなどでも知られる。また、数々の武器を考案したことでも知られる。一般には、アルキメデスは史上まれな偉大なる古代の数学者という評価を受けてい ...
生涯
| アルキメデスは紀元前287年、マグナ・グラエキアの自治植民都市であるシシリー島のシラクサで生まれた。 |
| この生年は、ビサンチン時代のギリシア(en)の歴史家ツェツェース(en)が主張した、アルキメデスは満75歳で没したという意見から導かれているT.L.ヒース(en),''WorksofArchimedes'',1897年。 |
| 『砂の計算』の中でアルキメデスは、父親を無名の天文学者「ペイディアス(Phidias)」と告げている。 |
| プルタルコスは著書『対比列伝』にて、シラクサを統治していたヒエロン2世の縁者だったと記している。 |
| アルキメデスの伝記は友人でもあるヘラクレイデスが書き残しているが、これは失われてしまい細部は伝わっていない。 |
| 例えば、彼は結婚したのか、子供はいたのかなど全くわからない。 |
| 若い頃アルキメデスは、サモスのコノンやエラトステネスがいたエジプトのアレクサンドリアで学問を修めた可能性がある。 |
| アルキメデスはサモスのコノンを友人と呼び、『幾何学理論』(アルキメデスの無限小)(en)や『牛の問題』にはエラトステネスに宛てた序文があるアルキメデスは『螺旋について』にてペルシウムのドシセオスに宛てた序文を載せているが、そこで彼は「コノンが亡くなってから何年もが過ぎた」と書いている、サモスのコノンは紀元前280年から紀元前220年を生き、この言葉はアルキメデスが著作を書いた時は晩年だった可能性を示す。 |
| アルキメデスは紀元前212年、第二次ポエニ戦争のさ中にローマの将軍マルクス・クラウディウス・マルケッルスが率いる軍隊が2年間の攻城戦を経てシラクサを占領した年に死んだ。 |
| プルタルコスが記した俗説によると、まさに街が占拠された時アルキメデスは砂の上に描いた数学図形(en)について熟考していた。 |
| ローマの兵士はアルキメデスをマルケッルスの元へ連行するよう命令を受けていたが、アルキメデスは思案中だとこれを拒絶した。 |
| これに兵士は激高し、剣をもって彼を殺した。 |
| プルタルコスは、この殺害は連行される前の出来事だった可能性も示唆しており、この逸話によると、アルキメデスは製図器械を運んでいたところ、これを金目のものと見た兵士によって殺されたという。 |
| マルケッルス将軍はアルキメデスを有能な科学者と知っていたため危害を加えないよう指令を出していたにも関わらず、殺害されたという知らせに激怒したと伝わる。 |
| アルキメデス最期の言葉は「私の図形をこわさないでくれ(私の円を踏むな)」()と伝えられる。 |
| これは、兵士が踏み込んだ際にアルキメデスは円の図を描いて数学的思索を巡らしている最中だったためである。 |
| しかし、この言い伝えには証拠は無く、プルタルコスの記述の中にも見出せない。 |
| アルキメデスの墓は彼自身が好んだ数学的証明を題材に選ばれ、同じ径と高さを持つ球と円筒のデザインがなされたと伝わっていた。 |
| 彼が亡くなってから137年後の紀元前75年、ローマの雄弁家(en)マルクス・トゥッリウス・キケロがクァエストルとしてシチリアに勤めていた頃、アルキメデスの墓について聞いた。 |
| 場所は伝わっていなかったが、彼は探した末にシラクサのAgrigentine門の近く、低木が繁る省みられない場所に墓を見つけ出した。 |
| キケロは墓を清掃させたところ、彫刻がはっきり分かるようになり、詩を含む碑文も見出せるようになった。 |
| 評価が定まったアルキメデスの人生の記録は、彼が没してから長い時間が過ぎた後に古代ローマの歴史家たちによって記録された。 |
| シラクサ攻囲を記したポリュビオスの『UniversalHistory』には70年前のアルキメデスの死が記されており、これはプルタルコスやティトゥス・リウィウスが出典に利用している。 |
| この書ではアルキメデス個人にも若干触れ、また街を防衛するために彼が武器を製作したことも言及している。 |
黄金の王冠
| 最も人口に膾炙したアルキメデスの逸話は、形状の複雑な物質の体積を調べる方法を思いついた一件である。 |
| ウィトルウィウスによると、ヒエロン2世が神殿に奉納するために黄金で作らせた誓いの王冠(en)について、アルキメデスは金細工職人が銀の混ぜ物をしてごまかしていないかどうか確認を依頼された。 |
| 密度を調べれば一目瞭然だが、それには王冠を溶かして体積を計算しやすい形に成形せねばならず、壊さずにこれを解決するには何かしら別の手法を考える必要に迫られた。 |
| この問題を解決するヒントをアルキメデスは入浴中に得た。 |
| 彼が浴槽に入ると、水面が高くなることに気づいたアルキメデスは、水は圧縮では容易に減容しない性質から王冠を水槽に沈めれば同じ体積分水面が上昇し、容易に体積を測ることができると考えた。 |
| そして王冠の重量をこの体積で除すれば密度が求められる。 |
| もし比重が軽い安物の金属を混ぜていれば、王冠の密度は同じ体積の純金より低い。 |
| アルキメデスは「Eureka」(、「分かったぞ!」の意)と叫びながら、興奮のあまり服を着るのも忘れて裸で通りに飛び出したという。 |
| 確認作業は上手く行き、王冠には銀が混ざっていることが示された。 |
| この黄金の冠の話は、伝わっているアルキメデスの著作には見られない。 |
| さらに、比重が大きい金の体積をこの方法で調べようとしても、水位変動が小さいため測定誤差を無視できないという疑問も提示されている。 |
| 実際には、アルキメデスは論述『浮体の原理』で主張するアルキメデスの原理である流体静力学の原理で解決したのではと考えられる。 |
| この原理では、物質を流体に浸した際、それは置き換える流体の質量と同じ浮力を得る。 |
| これを利用し、天秤の一端に吊るした冠とバランスを取る同じ質量の金をもう一端に下げて、冠と金を水中に浸ける。 |
| もし冠に混ぜ物があって比重が低いと体積は大きくなり、置き換える水の量が多くなるため冠は金よりも浮力が高まる。 |
| そして、天秤は冠側が上方に傾くことになる。 |
| ガリレオ・ガリレイもアルキメデスはこの浮力を用いる方法を考え付いていたと推測している。 |
アルキメディアン・スクリュー
| 工学分野におけるアルキメデスの業績には、彼の生誕地であるシラクサに関連する。 |
| ギリシア人著述家のアテナイオスが残した記録によると、ヒエロン2世はアルキメデスに観光、運輸、そして海戦用の巨大な船「シュラコシア号」(en)の設計を依頼したという。 |
| シュラコシア号は古代ギリシア・ローマ時代を通じて建造された最大の船で、アテナイオスによれば搭乗員数600、船内に庭園やギュムナシオン、さらには女神アプロディーテーの神殿まで備えていた。 |
| この規模の船になると浸水も無視できなくなるため、アルキメデスはアルキメディアン・スクリューと名づけられた装置を考案し、溜まった水を掻き出す工夫を施した。 |
| これは、円筒の内部にらせん状の板を設けた構造で、これを回転させると低い位置にある水を汲み上げ、上に持ち上げることができる。 |
| ウィトルウィウスは、この機構はバビロンの空中庭園を灌漑するためにも使われたと伝える。 |
| 現代では、このスクリューは液体だけでなく石炭の粒など固体を搬送する手段にも応用されている。 |
| アルキメディアン・スクリューは、ねじ構造を初めて機械に使用した例として知られている。 |
アルキメデスの鉤爪
| アルキメデスの鉤爪(en)とは、シラクサ防衛のために設計された兵器の一種である。 |
| 「シップ・シェイカー」(theshipshaker)とも呼ばれるこの装置は、クレーン状の腕部の先に吊るされた金属製の鉤爪を持つ構造で、この鉤爪を近づいた敵船に引っ掛けて腕部を持ち上げれることで船を傾けて転覆させるものである。 |
| 2005年、ドキュメント番組「SuperweaponsoftheAncientWorld」でこれが製作され、実際に役に立つか検証してみたところ、クレーンは見事に機能した。 |
アルキメデスのソーラー・レイは嘘か真実か
| 2世紀の著述家ルキアノスは、紀元前214年-紀元前212年のシラクサ包囲(en)の際にアルキメデスが敵船に火災を起こして撃退したという説話を記している。 |
| 数世紀後、トラレスのアンテミオスはアルキメデスの兵器とは太陽熱取りレンズ(en)だったと叙述した''Hippias'',2(cf.ガレノス,''Ontemperaments''3.2,whomentions''pyreia'',"torches");トラレスのアンテミオス,''Onmiraculousengines''153 |
| ルネ・デカルトは否定的立場を取ったが、当時の科学者たちはアルキメデスの時代に実現可能な手法で検証を試みた。 |
| その結果、念入りに磨かれた青銅や銅の盾を鏡の代用とすると太陽光線を標的の船に集めることができた。 |
| これは、太陽炉と同様に放物面反射器(en)の原理を利用したものと考えられた。 |
| 1973年にギリシアの科学者イオアニス・サッカスがアテネ郊外のスカラガマス(en)海軍基地で実験を行った。 |
| MITは同様な実験をテレビ番組「怪しい伝説」と協同しサンフランシスコで木製の漁船を標的に行われ、少々の黒こげとわずかな炎を発生させた。 |
| しかし、シラクサは東岸で海に面しているため、効果的に太陽光を反射させる時間は朝方に限られてしまう点、同じ火災を起こす目的ならば実験を行った程度の距離では火矢やカタパルトで射出する太矢の方が効果的という点も指摘された。 |
その他
| てこについて記述した古い例は、アリストテレスの流れを汲む逍遙学派やアルキタスに見られるが、アルキメデスは『平面の釣合について』において、てこの原理を説明している。 |
| プルタルコスは、船員が非常に重い荷物を運べるようにするためにアルキメデスがブロックと滑車(en)機構をどのように設計したかを述べた。 |
| また、アルキメデスは第一次ポエニ戦争の際にカタパルトの出力や精度を高める工夫や、オドメーター(距離計)も発明した。 |
| オドメーターは歯車機構を持つ荷車で、決まった距離を走る毎に球を箱に落として知らせる構造を持っていた。 |
| これは、太陽と月そして5惑星の運行を模倣する天文学用機器であり、キケロはタレスやエウドクソスが設計した同様の機器にも触れている。 |
| これらは、以前はオーパーツ視されていたが、1902年に発見されたアンティキティラ島の機械を通じて、古代ギリシア時代には機構の重要部分に当たる差動装置の技術は充分に実用可能な域に達していたと確認された。 |
| 月の北緯25.3°西経4.6°には、アルキメデスの名を冠したクレーター「アルキメデス(en)」があり。 |
| アルキメデスの肖像は切手にも用いられ、スペイン(1963年)、ニカラグア(1971年)、ドイツ民主共和国(1973年)、サンマリノ(1982年)、ギリシア(1983年)、イタリア(1983年)と多くの国で使われた。 |
数学
| プルタルコスは『対比列伝』(「英雄伝」)にて、「彼(アルキメデス)は純粋なる思索にすべての愛情と大望を注ぎ、俗な実用的応用を論及したことは皆無だと言い切れる」原文:Heplacedhiswholeaffectionandambitioninthosepurerspeculationswheretherecanbenoreferencetothevulgarneedsoflife.と記した。 |
| アルキメデスは96角形を用いて円周率を試算し、ふたつの多角形からこれは3。 |
| 『球と円柱について』では、任意の2つの実数について、一方の実数を何度か足し合わせる(ある自然数を掛ける)と、必ずもうひとつの実数を上回ることを示し、これは実数におけるアルキメデスの性質と呼ばれる。 |
| ジェーロ王(en)(ヒエロン2世の息子)を始めそのような数は無限と言える膨大なものとしか捉えられない中、アルキメデスはミリアド(en)(。 |
著作
| アルキメデスは存命中アレクサンドリアの数学者たちと交流を持っていた事も手伝い、この地ではアルキメデスの論説を引用した例があり、パップスは多面体の考察を通じてアルキメデスの失われた著作『OnSphere-Making』や他の思索に触れ、アレクサンドリアのテオンは屈折に関する言及の中でやはり失われた『Catoptrica』(反射光学)を参考にしているアルキメデスの失われた著作については、他にZeuxippusに宛て『砂の計算』で用いた数の単位を説明した『Principles』、『OnBalancesandLevers』『OntheCalendar』がある。 |
| ルネサンス期には1544年にヨハン・ヘルヴァーゲンが、ギリシア語とラテン語でアルキメデスの仕事を含む「最初の校訂版(EditioPrinceps)」をバーゼルで発刊した。 |
残存している研究
| また、三角形、平行四辺形、放物線など多くの幾何学図形の面積と重心を求める法則を用いた。 |
| 『円周の測定』(OntheMeasurementofaCircle)。 |
| 2つ目の提議では、円周率は。 |
| これは、一定の角速度で回転しながら定速度で遠ざかる点の軌跡について述べられ、これは極座標系(''r'',θ)において実数''a''と''b''を用いる以下の等式で説明される。 |
| 『球と円柱について』(2巻)(OntheSphereandtheCylinder)。 |
| これを研究していたスタンフォード大学博士のリヴィエル・ネッツは2003年に、アルキメデスはこの14個のピースを用いて正方形を組み立てる際に、果たして何通りの組み合わせがあるかを問題にしていたと発表し、それは17,152通りあると見込んだ。 |
| このパズルの名称「ストマッキオン」ははっきり判っていないが、古代ギリシア語で喉もしくは食道を意味する。 |
| この原稿は1773年にドイツのウルフェンビュッテル(en)にあるヘルツォーク・アウグスト図書館で、ゴットホルト・エフライム・レッシングが発見した、エラトステネスとアレクサンドリアの数学者に宛てた44行の詩の形式で纏められている。 |
| 本書は、1906年に発見されたアルキメデス・パリンプセスト(en)によって存在が知られ、アルキメデスが思考した概念を集約した書籍と評価される。 |
アルキメデス・パリンプセスト
| 数百年コンスタンティノープルの修道院図書館に所蔵されていたこのパリンプセストは1920年代に民間へ売りに出され、1998年10月29日にはニューヨークのクリスティーズで競売に掛けられ、匿名の落札者が200万ドルで入手した。 |
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1544年
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ヨハン・ヘルヴァーゲンが、ギリシア語とラテ... |
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1773年
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ドイツのウルフェンビュッテルにあるヘルツォ... |
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アルキメデスさんについてのひとこと紹介
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