| 優勝したことでクラウスが天狗になり、リンホージムのジョン・デ・リン会長との関係が悪化。 |
| 最終的には、同ジムを離脱しブリーズジムに移籍した。 |
| 2002年10月11日、K-1WORLDMAX2002〜世界王者対抗戦〜で魔裟斗と再戦するも5Rドロー。 |
| 2003年3月1日、K-1WORLDMAX2003〜日本代表決定トーナメント〜のスーパーファイトでマイク・ザンビディスと対戦し、右フック一発でKO負け。 |
| 2003年7月5日、K-1WORLDMAX2003のトーナメント準々決勝ではアンディ・サワーにダメージによる棄権でTKO勝ち、準決勝ではドゥエイン・ラドウィックに左フックでKO勝ち、決勝では魔裟斗に左フックでKO負けし、準優勝に終わった。 |
| 同年9月27日に、スーパーリーグの興行で、フランスのモウッサ・コナテに2R終了時TKO勝ちし、復帰戦を飾った。 |
| 2004年4月7日、K-1WORLDMAX2004のトーナメント1回戦でジャダンバ・ナラントンガラグに延長判定勝ち。 |
| 7月7日の準々決勝ではシャミール・ガイダルベコフに判定勝ちしたものの、準決勝で王者魔裟斗に判定負け。 |
| ベスト4に終わった。 |
| 2004年9月19日、シュートボクシング「S-cup2004」に出場。 |
| 1回戦でチャンプアック・チョーセパサートに延長の末判定勝ちを収めるも、右背部筋挫傷および肋骨亀裂骨折により準決勝を棄権した |
| 宍戸が大奮闘]BoutReview2004年9月29日。 |
| 2005年5月4日、K-1WORLDMAX2005のトーナメント1回戦でヴァージル・カラコダに判定勝ち。 |
| 7月20日の準々決勝ではジョン・ウェイン・パーに判定勝ちしたものの、準決勝でブアカーオ・ポー.プラムックに判定負け。 |
| 2年連続でベスト4で終わった。 |
| 2005年12月18日、オランダの北ブラバント州にあるクラウスの地元オスで行われたIKBAムエタイ世界ウェルター級タイトルマッチで、メノー・ダイクストラを5R判定で下し世界王者になった。 |
| 2006年4月5日、K-1WORLDMAX2006のトーナメント1回戦でアリ・グンヤーに判定勝ち。 |
| 6月30日の準々決勝でドラゴに1R右膝蹴りでダウンを奪われ判定負け。 |
| ベスト8に終わった。 |
| その年の終わりの、12月17日に、オランダの地元オスで開催された「WORLDTITLEDEFENSE」で自身の持つIKBO世界王座防衛戦を行った。 |
| “キング”ジェームス・マルティネス(アメリカ)を2RTKOで下し、防衛に成功した。 |
| 本来はザック・デイ(アメリカ)と防衛戦を行う予定だったが、デイが怪我のため出場できなかった。 |
| 2007年4月4日、K-1WORLDMAX2007〜世界最終選抜〜でTATSUJIと対戦し、判定負け。 |
| しかし判定負けに納得のできないクラウスは試合後にカメラを殴るなど怒りをあらわにした。 |
| 試合は手数ではTATSUJI、クリーンヒットではクラウスと非常に微妙なものであった。 |
| 2007年6月28日、K-1WORLDMAX2007のトーナメント1回戦でヴァージル・カラコダに判定勝ち。 |
| 10月3日の準々決勝では佐藤嘉洋に判定勝ちしたものの、準決勝でアンディ・サワーに判定負け。 |
| 2007年10月28日、SHOOTBOXINGBATTLESUMMITGROUNDZEROTOKYO2007で緒形健一と対戦予定であったが、K-1MAXでの負傷を理由に欠場となった。 |
| 2008年1月26日、BeastoftheEastにてファディル・シャバリと対戦し、判定負け。 |
| 2008年4月9日、K-1WORLDMAX2008FINAL16のトーナメント1回戦でブアカーオ・ポー.プラムックと再戦し、延長判定負け。 |
| 2008年7月7日、K-1WORLDMAX2008FINAL8のトーナメント敗者復活戦でマイク・ザンビディスと対戦し、3R終了時、左目カットによるTKO勝ち。 |
| FINALでのリザーブファイト出場権を手にした。 |
| 2008年10月1日、K-1WORLDMAX2008FINALのトーナメントリザーブファイトで城戸康裕と対戦。 |
| 1R終了間際に膝蹴りで城戸の眉間付近をカットさせる。 |
| 2Rに再度膝蹴りをヒットさせ、城戸をドクターストップに。 |
| クラウスの2RTKO勝ち。 |
| 2009年2月23日、K-1WORLDMAX2009でイ・スファンと対戦し、3-0の判定勝ちを収めた。 |
| 2009年4月21日、K-1WORLDMAX2009FINAL16のトーナメント1回戦で長島☆自演乙☆雄一郎と対戦。 |
| 1Rに2度のダウンを奪い、KO勝ちを収めた。 |
| 2009年7月13日、K-1WORLDMAX2009FINAL8の準々決勝でジョルジオ・ペトロシアンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。 |
| 2009年10月26日、K-1WORLDMAX2009FINALで武田幸三の引退試合の相手を務め、TKO勝ちを収めた。 |
| 2010年7月5日、K-1WORLDMAX2010FINAL16で中島弘貴と対戦し、1Rに右ハイキックでダウンを奪った上で3-0の判定勝ちを収めた。 |
| 2010年11月8日、K-1WORLDMAX2010FINALの準々決勝にてジョルジオ・ペトロシアンと対戦し、0-3の判定負けを喫した。 |