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プロフィール
- アルバート・プホルスとは
- アマチュア時代
- 鮮烈デビュー
- 5年間で3度のMVP
- 10年目のシーズン
- 打撃
- 守備・走塁
- 獲得タイトル・表彰・記録
- 慈善活動
- 年齢詐称・薬物疑惑
- 関連サイト
アルバート・プホルス(AlbertPujols,1980年1月16日-)は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身の野球選手。本名はホセ・アルベルト・プホルス(JoséAlbertoPujols)。一塁手、右投右打。MLBセントルイス・カージナルスに所属している。MLBにおける最高の打者の一人。のデビュー以降、現在まで打率.300・30本塁打・100打点を10年連続で継続中である。2009年シーズン終了後、2000年代を代表する選手として各種メディアから表彰を受けている。TheSportingNewsから"MLBAthleteoftheDecade"に、ESPNとスポーツ・イラストレイテッドから"PlayeroftheDecade"に選出された。苗字であるPujolsは、メディアによってプーホールス ...
アマチュア時代
| 1980年1月16日にドミニカ共和国の首都サントドミンゴで、12人兄弟の末っ子として誕生。 |
| 5歳のときにはバットを握り、その後も兄や姉がプホルスのコーチをするなど、幼少期から野球に親しむ加藤和彦「アルバート・プホルス[カージナルス]/強靭なキッド。 |
| 」『月刊メジャー・リーグ』2002年3月号、ベースボール・マガジン社、2002年、雑誌08625-3、22-25頁。 |
| 16歳のとき、アメリカ合衆国ミズーリ州カンザスシティに家族で移住。 |
| フォート・オーセージ高校時代に相手監督が年齢詐称を訴え、88打席で55回敬遠された。 |
| 1998年に高校を卒業し、メープルウッズ・コミュニティーカレッジに奨学生として進学した。 |
| 6月2日にカージナルスからドラフト13巡目(全体402位)で指名を受ける。 |
| しかし入団交渉でカージナルスが提示した契約金の額10,000ドルを不服としたプホルスは、その後の大学での試合で活躍し、提示額を60,000ドルまで引き上げさせた。 |
| こうして8月17日に入団契約を交わしてプロ入りした。 |
鮮烈デビュー
| 280px|thumb|left|の復刻ユニフォームを着て打席に立つ(2005年)。 |
| プロ1年目のはマイナーリーグA級ピオリアで開幕を迎え、AAA級メンフィスまで一気に昇格。 |
| 3クラス合計で打率.314・19本塁打・96打点という成績を残し、球団のマイナー最優秀選手として表彰された。 |
| 翌のスプリングトレーニングでプホルスを観たマーク・マグワイアが才能を見出し、トニー・ラルーサ監督に「彼をロースター入りさせた方がいい」と進言「30CLUBMONTHLYREPORT各球団マンスリー・リポートセントルイス・カージナルスOBのマグワイアが始球式に登場ローレンがハイペースでHR量産」『月刊メジャー・リーグ』2004年6月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-6、64頁。 |
| ウォルト・ジョケッティGM(当時)は、この年もプホルスをAAA級メンフィスに置いて経験を積ませる方針だったが、その後のオープン戦でも好成績を残したため、開幕メジャー入りさせることにした。 |
| 開幕戦に6番・左翼で出場しメジャーデビューを果たす" |
| その後、三塁のレギュラーと目されていたボビー・ボニーヤが故障したため三塁に入り、更に右翼・一塁と様々なポジションに就きながらも、1試合に欠場したのみで、打率.329・37本塁打・130打点という新人離れした成績を挙げた。 |
| シーズン終了後にはナ・リーグ新人王を満票で受賞し(史上9人目)" |
| 、MVP投票でも4位に入った。 |
| 三塁手部門でシルバースラッガー賞も受賞しているが、三塁手として先発出場したのは約50試合で、一塁手・左翼手・右翼手としてもそれぞれ約35試合ずつ先発出場している。 |
| 2004年から本格的に一塁手へ転向。 |
| 打撃では史上12人・15回しか達成していないシーズン100長打にあと1本まで迫り、46本塁打(リーグ2位)・123打点(同3位)を記録した。 |
| またチームメイトのスコット・ローレンとジム・エドモンズもシーズン30本塁打を達成し、"MV3"と呼ばれる球団史上屈指の強力打線を形成したTheBirdhousestaff," |
5年間で3度のMVP
| 右肘を手術したため、2009年春開催のワールド・ベースボール・クラシック出場を辞退。 |
| しかし、レギュラーシーズンでは序盤から本塁打を量産。 |
| 6月を終了した時点で打率.332・30本塁打・77打点を記録し、6月終了時点で30本塁打はMLB史上10人目の快挙MatthewLeach/MLB.com," |
| しかし、6月30日の試合後の会見でプホルスは「傲慢に聞こえるのを承知で言うけど、2006年の最初の2か月の方が凄かった。 |
| 30本塁打だか何だか知らないけど、あの当時みたいな凄さはまだないんだ」と語っているナガオ勝司「アルバート・プホルス |
| 地元セントルイス開催となったオールスターのファン投票では、ケン・グリフィー・ジュニアに次いで歴代2位となる5,397,374票を集めた。 |
| オールスター試合前、バラク・オバマ米大統領が始球式を務め、プホルスは捕手を務めた。 |
| 試合では3打数無安打に終わった。 |
| 後半はややペースが落ちたが、自身初となる本塁打王を獲得。 |
| 本塁打以外にも得点(124)、出塁率(.443)、長打率(.658)、塁打数(374)、敬遠数(44、歴代5位)と数多くの項目でリーグトップに立った。 |
| デビュー以来続けている打率.300・30本塁打・100打点も9年連続まで伸ばし、ルー・ゲーリッグと並ぶMLBタイ記録となった。 |
| 2年連続、通算3度目となるMVPも獲得。 |
| 1位票を全て集める満票での受賞で、これは2002年のバリー・ボンズ以来7年ぶり、歴代15人目の快挙だった。 |
| また通算3度の受賞はボンズに次いで歴代2位タイとなったMatthewLeach/MLB.com," |
10年目のシーズン
| メジャー10年目となる以来続けているオールスターメンバー選出も果たした(結果は2打数ノーヒット)。 |
| その後、8月15日のシカゴ・カブス戦でシーズン30号本塁打を放ち、メジャーデビューから10年連続でのシーズン30本塁打以上を達成。 |
| その11日後、8月26日のワシントン・ナショナルズ戦で放ったシーズン34号本塁打は、ニューヨーク・ヤンキースのアレックス・ロドリゲス三塁手、2010年シーズン途中でシアトル・マリナーズで引退したケン・グリフィー外野手に次ぐMLB史上3番目のスピードでの通算400号本塁打であった。 |
| 更には9月11日のアトランタ・ブレーブス戦で3打点を記録したことにより、シーズン100打点以上も10年連続での達成となった。 |
| 2010年、地区シーズンを打率.312で終了したため、10年連続での3割30本100打点以上の記録達成となった。 |
| 同時に42本、118打点で本塁打、打点の二冠を獲得。 |
| 115得点、38敬遠は両リーグ1位を記録した。 |
| しかし2011年2月16日、カージナルスとプホルスとの10年総額約3億ドル(約250億円)での契約延長の合意が至らなかった事が報じられた。 |
| 春季キャンプが始まるまでに合意できなかった場合は、プレーに専念するためにフリーエージェントとなる今季終了後まで交渉しないことを表明している。 |
| 6月19日、ロイヤルズ戦で二塁手からの送球を捕球する際に打者走者と交錯し、左前腕の橈骨(とうこつ)を亀裂骨折した。 |
| 前述の故障はあったものの、11年連続でのシーズン30本塁打以上を達成した。 |
打撃
| 足を大きく広げたスタンスで60パーセントの体重を軸足に残し、バットを上下に動かす独特のフォームが特徴。 |
| そのスイングは「理想の体現」とも表現され、2006年5月22日付のスポーツ・イラストレイテッド誌では"Aswingofbeauty"と紹介されたDanielG.Habib," |
| スイング・スピードは飛び抜けて速く、通常の打者よりも球の見極め時間が長い。 |
| ただ本人はそのスピードのせいで引っ張る打撃中心となることを嫌っているため、右投手に対して321/2オンス(約921.4グラム)のバットを使うのに対し、見極め時間が長くなる左投手に対しては33オンス(約935.5グラム)と重めのバットを選んで故意にスイングスピードを下げている。 |
| 現在は主にマルッチ社のロックメイプルバットを使用している。 |
| バットは投手の左右によって長さの異なるものを使い分けており、普段は真空パックにして保存している。 |
| 選球眼が非常にいいことやバットコントロールに優れることから、四球数が多い一方で三振数は少ない。 |
| 2006年から4年連続でBB/SO(四球数/三振数)の値が両リーグ1位である。 |
| また、2006年は49本塁打に対し三振数が50であったが、40本塁打以上で三振数が本塁打数を下回った打者は、当時の直近50年間でも2004年のバリー・ボンズのみで、プホルスはこれにあと一歩まで迫った。 |
| 新時代の三冠王とも言われる打率/出塁率/長打率「新時代の三冠王(打率/出塁率/長打率)」『月刊スラッガー』2009年12月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-12、11頁。 |
| において、通算の打率.331、出塁率.426、長打率.624はすべて現役1位であり、10年連続で3割30本100打点を記録した安定感や上述した三振の少なさも含め、「現役最高打者の一人」と呼ばれる主要な要因となっている。 |
守備・走塁
| メジャー昇格当初は左翼手や三塁手・遊撃手・右翼手としても出場していたが、ティノ・マルティネスの移籍に伴い、2004年から一塁手に固定された。 |
| スローイングの改善や投手との連携プレイ習得に励んだ結果、守備力もリーグトップクラスと評価されるようになり出野哲也「アルバート・プーホルス[カージナルス]21世紀のロールモデル」『月刊スラッガー』2006年8月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-8、8-13頁。 |
| 、2006年・2010年にはゴールドグラブ賞を獲得。 |
| 2009年には一塁手として185補殺を記録し、ビル・バックナーが持っていたシーズン補殺記録を更新したMatthewLeach/MLB.com," |
| 一塁手ではあるが肩でも評価は高く、巧みなフットワーク後の送球の正確さ、リリースの素早さがメジャーでも有数とされる。 |
| 「スカウティングレポート/アルバート・プーホルス 「偉大な選手への道」」『月刊スラッガー』2010年2月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-2、13頁。 |
| 2011年も基本的には一塁手であるが、新加入のバークマンが一塁に入る場合は三塁でスタメン出場することもある。 |
| 「スカウティングレポート/アルバート・プーホルス 「偉大な選手への道」」『月刊スラッガー』2010年2月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-2、13頁。 |
獲得タイトル・表彰・記録
| 首位打者1回:2003年(.359)。 |
| 本塁打王2回:2009年(47本)、2010年(42本)。 |
| 打点王1回:2010年(118打点)。 |
| シルバースラッガー賞6回:2001年(三塁手部門)、2003年(外野手部門)、2004年、2008年-2010年(一塁手部門)。 |
| ゴールドグラブ賞2回:2006年、2010年(一塁手部門)。 |
| ハンク・アーロン賞2回:2003年、2009年。 |
| ナ・リーグ新人王:2001年。 |
| ナ・リーグ年間MVP3回:2005年、2008年-2009年。 |
| ナ・リーグ月間新人MVP2回:2001年4月・5月。 |
| ナ・リーグ月間MVP6回:2003年5月・6月、2006年4月、2009年4月・6月、2010年8月。 |
| ナ・リーグチャンピオンシップシリーズMVP1回:2004年。 |
| MLBオールスターゲーム選出10回:2001年、2003年-2011年。 |
慈善活動
| 敬虔なキリスト教徒として知られ、本人は「社会的規範」になることを目指している。 |
| チャリティ活動に熱心で、特にダウン症児とその家族の支援に力を注いでいる。 |
| というのも、2000年1月1日に結婚したデイドル夫人は過去に別の男性と結婚していた時期があり、その男性との間にできた娘のイザベラがダウン症児であるためである。 |
| それらの支援活動が高く評価され、2008年10月25日、ロベルト・クレメンテ賞がプホルスに贈られることがメジャーリーグベースボール機構より発表されたMarkNewman/MLB.com," |
年齢詐称・薬物疑惑
| 「米国への移住時に問題なく高校へ入れるようにするため実際より4年(またはそれ以上)若くなるよう詐称した」というもの菊地靖「 |
| 2009年になってアレックス・ロドリゲスやマニー・ラミレスといった強打者の薬物使用が発覚したこともあり、プホルスを疑う者も少なからず存在する出野哲也「緊急レポート「M・ラミレス薬物規定違反で50試合出場停止の波紋」」『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2009年、雑誌15509-7、59-61頁。 |
| もし検査で陽性反応が出た場合、これまで稼いだ年俸の全てを球団に返上する」とまで発言して、ステロイドに対して極めて厳格な姿勢をとっているBobNightengale,USATODAY," |
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1980年
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アルバート・プホルス(Albert Pujols, )は... |
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1998年
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高校を卒業し、メープルウッズ・コミュニティ... |
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