7608
7740
96701
%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%93%E3%83%B3
0
|
他の画像検索結果
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
ジョアン・ジルベルト
カヴァー
ブラジルの歌手、ギタリスト。作曲家のアントニオ・カルロス・ジョビンや作詞家のヴィニシウス・ヂ・モライスらとともに、ボサノヴァを創成したとされている... |
|
|
小野リサ
ブラジル生まれの日本人ボサノヴァ歌手。本名は小野里沙。MSエンタテインメント所属。 |
|
|
ヴィニシウス・ヂ・モライス
ギタリストとして有名なバーデン・パウエル(BadenPowell)やトッキーニョ(Toquinho)ら多くのミュージシャンたちと共作し、ボサノヴァに留まらず、それ以前のジ... |
|
|
エリス・レジーナ
ブラジルの歌手。1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある女性シンガーであった。彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と、優れた抑揚を持ち... |
|
|
ロン・カーター
アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン、ベース奏者。元ニューヨーク市立大学シティカレッジ教授。アフリカ系アメリカ人。 |
|
|
シコ・ブアルキ
シコ・ブアルキ(ChicoBuarque、本名フランシスコ・ブアルキ・ヂ・オランダ-FranciscoBuarquedeHollanda シコはフランシスコの略称、1944年6月19日-,リオ・... |
|
|
ナラ・レオン
本名をナラ・ロフェーゴ・レオンと言い、ボサノヴァ界でも随一の名歌手で、フランス貴族の血を引く歌手兼女優。同じボサ・ノヴァ歌手のエリス・レジーナとは犬猿... |
|
|
フランク・シナトラ
アメリカのジャズ・ポピュラー歌手。本名、フランシス・アルバート・シナトラ(FrancisAlbertSinatra)。エルヴィス・プレスリーやマイケル・ジャクソンなど... |
|
|
カルロス・リラ
ブラジルの音楽家、作曲家。ボサノヴァの曲を数多く作曲した。ホベルト・メネスカル(RobertoMenescal)と共に、ジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・... |
|
|
バーデン・パウエル
ブラジルの音楽家、またブラジル音楽のギター奏者、作曲家。リオデジャネイロ州のバ-レ・エ・サイで生まれる。名前は、ボーイスカウトの創始者、ロバート・... |
|
|
音楽史
音楽史(おんがくし)、すなわち音楽の歴史について解説する。 |
|
|
ジルベルト・ジル
ブラジルのミュージシャン、政治家。音楽活動では、カエターノ・ヴェローゾと共に、トロピカリア(トロピカリズモ)というムーヴメントを牽引し、MPBの重要人... |
|
|
ニュウトン・メンドンサ
作品提供 カヴァー
ブラジルの作曲家またはピアニスト。アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルト、ヴィニシウス・ヂ・モライスらとともに、ボサノヴァの創設に大... |
|
|
プロフィール
- アントニオ・カルロス・ジョビンとは
- ボサノヴァ誕生まで
- ボサノヴァ全盛期
- 1970年代以降
- 作曲家としての彼の代表曲
- ソロ作品
- 他のアーティストとの共演
- アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港
- 関連サイト
アントニオ・カルロス・ジョビン(、1927年1月25日-1994年12月8日)は、ブラジルの作曲家、編曲家、ミュージシャン。本名はアントニオ・カルロス・ブラジレイロ・デ・アルメイダ・ジョビン(AntônioCarlosBrasileirodeAlmeidaJobim)。略してトム・ジョビン(TomJobim)とも呼ばれる。20世紀のブラジル音楽を代表する作曲家である。1950年代後半、 ジョアン・ジルベルト、 ヴィニシウス・ヂ・モライスなどとともに、ボサノヴァという音楽ジャンルを創生したと言われている。多くのボサノヴァ・アーティストがジョビンの作品を演奏し、音楽的ジャンルを超えて広く影響を及ぼした ...
ボサノヴァ誕生まで
| リオ・デ・ジャネイロのチジュッカ地区生まれ。 |
| 14歳の頃からピアノを始め、また作曲を学びはじめる。 |
| 音楽家として生きていきたいと願っていたが、家族を養うことを考えて建築学校に入学する。 |
| しかし、音楽への夢を捨てきれず、ラジオやナイトクラブでのピアノ奏者として働いていたが、ハダメス・ジナタリに見いだされ、コンチネンタル・レコードに入社し、曲の譜面起こしや編曲などの仕事をこなす。 |
| 1953年にはブラジルのオデオン・レコード(EMI・ブラジル)のアーティスト兼レコーディング・ディレクターとして採用される。 |
| また、この頃は特に、幼なじみでもあったニュウトン・メンドンサと共に作曲活動を行っていた。 |
| ジョビンが脚光を浴びるようになったのは、作詞家で詩人の(外交官であり、ジャーナリストでもある)ヴィニシウス・ヂ・モライスが制作した舞台「オルフェウ・ダ・コンセイサォン」(1956年)の(後に、映画「黒いオルフェ」として世界的にヒットする)のために制作した音楽によってであった。 |
| この頃からヂ・モライスと共に曲作りを行うようになる。 |
| 彼らの共作の中には、今でも歌い継がれる曲が数多くある。 |
| 1959年には、最初のボサノヴァ・ソングとされる「想いあふれて」(ChegadeSaudade)をジョアン・ジルベルトがリリースする。 |
| この曲は、サンバ・カンサォンの女王とも呼ばれる歌手エリゼッチ・カルドーゾ(ElizethCardoso)のためにつくられた曲であった。 |
| ジョアンの画期的なギター奏法(ギターだけでサンバのリズム(バチーダ)を刻む)と、ささやくような歌い方の斬新さに惚れ込んだジョビンが、以前にヂ・モライスと共作した「想いあふれて」をジョアンに提供し、苦労の末レコードのリリースまでこぎ着けた作品であった。 |
| 次第にこの新しいサウンドは、従来のサンバ・カンサォンの重苦しさに否定的になっていたブラジルの若者たちの心をとらえ、ボサノヴァ・ムーブメントを形成していった。 |
ボサノヴァ全盛期
| 「想いあふれて」の登場以来、ジョアン・ジルベルトをはじめ、多くのボサノヴァ・アーティストが彼の曲をとりあげている。 |
| ヂ・モライスと共作し、ジョアン・ジルベルトとスタン・ゲッツの共作アルバム『ゲッツ/ジルベルト』から人気となった代表曲「イパネマの娘」はビートルズの曲に次いで、カヴァーするアーティストが多いといわれている。 |
| ニュウトン・メンドンサとの共作、「ヂザフィナード」や「サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ(ワン・ノート・サンバ)」も、ボサノヴァ・アーティストたちはもちろん、ジャズ・アーティストたちのカヴァー例も多い、ボサノヴァを代表する作品である。 |
| 1965年には自身がヴォーカルをとる作品を初めて発表したが、その後1967年にはフランク・シナトラとの共作を発表し、「イパネマの娘」のデュエットなどで絶大な評価を得る。 |
| アメリカにおいても彼の作品は人気を博した。 |
| 同じく1967年には、名プロデューサー、クリード・テイラーのレーベル、CTIレコードから自身のインストゥルメンタル・アルバム「波(Wave)」を発表した。 |
| このアルバムは、クラウス・オガーマンがアレンジを担当したもので、「究極のイージーリスニング・ミュージック」との呼び声もある。 |
| さらに「波」に続いて、今度はブラジル出身の名アレンジャー、エウミール・デオダートのアレンジのもと、「潮流(Tide)」、「ストーン・フラワー(StoneFlower)」などインストゥルメンタル作品の名作を次々とアメリカでレコーディングした。 |
| これらのCTIでの作品は、ボサノバを基調としたフュージョンと言える。 |
1970年代以降
| 1970年代に入ると、ジョビンの創作のスピードは落ちるものの、好きな音楽を自由に楽しむというスタイルをさらに固めてゆく。 |
| ミウーシャやエリス・レジーナとの共作で自身の歌も披露している。 |
| 特に、エリス・レジーナとともにデュエットした「三月の水(ÁguasdeMarço)」は、ボサノヴァ至上最高のレコーディングと評されることもある人気作となった。 |
| その一方、元々ブラジル音楽をこよなく愛し、なおかつクラシック音楽の知識に豊富なジョビンらしく、ボサノヴァの枠にとらわれない壮大で技巧的、なおかつ神秘的な作品を多く残している。 |
| この頃の作品としては、「マチータ・ペレ(MatitaPere)」や「ウルブ(Urubu)」などがある。 |
| 1970年代後半には、アナ・ベアトリス・ロントラと出会い、結婚。 |
| 1980年には、再び自身のボサノヴァの曲を、英語やポルトガル語を交えて歌ったアルバム「テラ・ブラジリス(TerraBrasilis)」を、クラウス・オガーマンのプロデュースにて制作・発表した。 |
| ヂ・モライスとの共作は「イパネマの娘」が最後であったが、ヂ・モライスの死まで友情は続いた。 |
| 1980年のヂ・モライスの死後には、家族を中心としたバンド「バンダ・ノヴァ(BandaNova)」を結成して共に楽曲の製作やライヴを行う。 |
| 「バンダ・ノヴァ」のメンバーは、息子であるパウロ・ジョビン、娘のエリサベッチ・ジョビン、シモーニ・カイミ、ダニーロ・カイミ、マウーシャ・アヂネ、パウラ・モレンバウムとジャキス・モレンバウムの夫妻、セバスチアォン・ネット、パウロ・ブラーガ、そしてジョビンの再婚後の妻アナであった。 |
| このバンダ・ノヴァを通して、「パッサリン(Passarim)」、「トム・ジョビン・イネーヂト(TomJobimInédito)」、そして遺作となった「アントニオ・ブラジレイロ(AntonioBrasileiro)」といったディスクがレコーディングされ、また1986年8月には来日も果たしている。 |
| また、環境問題に対する関心は鋭く、アマゾン熱帯雨林を保護するための活動を行い、同じく熱帯雨林保護の活動を行っていたスティングなどとの交友もあった。 |
| その考え方は作品にも強い影響を及ぼしており、"Urubu"や"MatitaPere"などのアルバムでは自然をテーマにした曲も見受けられる。 |
| スティングはジョビンの遺作「アントニオ・ブラジレイロ」に収録された「ハウ・インセンシティブ(HowInsensitive)」で、ジョビンと共演、ヴォーカルをとっている。 |
| 1994年にニューヨークのマウントサイナイ病院で心臓発作のため死去、リオ・デ・ジャネイロのサン・ジョアン・バチスタ墓地に埋葬された。 |
| ブラジルでは彼の死に際して大統領令が発され、国民は3日間の喪に服したという。 |
作曲家としての彼の代表曲
| (日本語、ポルトガル語、英語の順)。 |
| ヴィニシウス・ジ・モライスとの共作。 |
| イパネマの娘(AGarotadeIpanema/''TheGirlFromIpanema'')。 |
| おいしい水(ÁguadeBeber/''WatertoDrink'')。 |
| 想いあふれて(ChegadeSaudade/''NoMoreBlues'')。 |
| ニュウトン・メンドンサとの共作。 |
| メディテーション(Meditação/''Meditation'')。 |
| ヂザフィナード(Desafinado/''Off-Key'')。 |
| サンバ・ヂ・ウマ・ノタ・ソ/ワン・ノート・サンバ(SambadeUmaNotaSó/''OneNoteSamba'')。 |
| シコ・ブアルキとの共作。 |
| 白と黒のポートレイト(RetratoemBrancoEPreto/''PictureinBlackandWhite'')。 |
| アロイージオ・ヂ・オリヴェイラとの共作。 |
| 無意味な風景(InútilPaisagem/''UselessLandscape'')。 |
| 静かな夜(Corcovado/''QuietNightsofQuietStars'')。 |
| ジェット機のサンバ(SambadoAvião/''SongoftheJet'')。 |
| 波(Voutecontar/''Wave'')。 |
| 三月の水(ÁguasdeMarço/''WatersofMarch'')。 |
ソロ作品
| 主にピアノ演奏を行っているが、ギターを弾いたりボーカルをとる作品もある。 |
| TheComposerofDesafinado,Plays(1963年)-Verve。 |
| 「ヂザフィナード」や「イパネマの娘」など、世界的にヒットした曲をインストゥルメンタルで構成。 |
| TheWonderfulWorldofAntonioCarlosJobim(1965年)-Warner。 |
| 「彼女はカリオカ」や「ジェット機のサンバ」などほとんどの曲でジョビンが歌うアルバム。 |
| LoveStringsAndJobim(1966年)-Warner。 |
| AcertainMr.Jobim(1967年)-Warner。 |
| Wave(波)(1967年)-A&M。 |
| 極度に洗練されたサウンド。 |
| 「究極のイージーリスニング音楽」と言われる。 |
| Tide(潮流)(1970年)-A&M。 |
| Waveの続編とされるアルバム。 |
| StoneFlower(1970年)-CTI。 |
| "Tide"がそれまでのイージーリスニング的サウンドを継承しているのに対し、"Stone.."は土着的リズムの採用など、ジョビンの進む方向の変化を示す。 |
| MatitaPere(1973年)-Verve。 |
| Urubu(1976年)-Warner。 |
| TerraBrasilis(1980年)-Warner。 |
| Passarim(1987年)-Verve。 |
| AntonioBrasileiro(1994年)-SonyMusic。 |
| Inédito(1995年)-BiscoitoFino。 |
| TomCantaVinicius(2000年)-Universal。 |
| EmMinasAoVivoPianoeVoz(2004年)-BiscoitoFino。 |
他のアーティストとの共演
| FrancisAlbertSinatra&AntonioCarlosJobim(1967年)。 |
| CaymmiVisitaTom(1964年)。 |
| Elis&Tom(1974年)。 |
| Miucha&AntonioCarlosJobim(1977年)。 |
| Miucha&TomJobim(1979年)。 |
| Edu&Tom(1981年)。 |
アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港
| ジョビンは生前、リオ・デ・ジャネイロの国際空港であるガレオン空港にしばしば通い、発着する飛行機を眺めることを好んでいた。 |
| ガレオンに着陸しようとする旅客機から見下ろされるリオの美しい風景を称えた歌詞の「ジェット機のサンバ」は、飛行機好きのジョビンがヴァリグ・ブラジル航空のCMソングとして作詞・作曲したナンバーである。 |
| ジョビン死後の1999年、彼の功績を称えるために、ガレオン空港は「アントニオ・カルロス・ジョビン国際空港」(AeroportoInternacionaldoRiodeJaneiro/Galeão-AntônioCarlosJobim)と改名された。 |
| 同空港の一隅には「ジェット機のサンバ」の歌詞を刻んだプレートが飾られている。 |
| ちなみに若い頃のジョビンは、飛行機を見るのは好きでも搭乗することは大嫌いであったが、有名になるにつれ海外公演などで嫌でも搭乗せざるを得なくなり、後年には飛行機嫌いを克服した。 |
|
1953年
|
ブラジルのオデオン・レコード(EMI・ブラジ... |
|
1959年
|
最初のボサノヴァ・ソングとされる「想いあふ... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
アントニオ・カルロス・ジョビンさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|