| 9月3日、アンバージャックは最初の哨戒でビスマルク諸島およびソロモン諸島方面に向かった。 |
| 2日後の9月5日にジョンストン島で給油を行った後「SS-219,USSAMBERJACK」p.7、ミリ環礁とマキンの間を通って「SS-219,USSAMBERJACK」p.7,8、ニューアイルランド島の北東海岸からブーゲンビル島間での哨区に到着した。 |
| 9月15日、アンバージャックはニューアイルランド島のカビエンを偵察する。 |
| 3日後には駆逐艦が護衛する大船団に遭遇、魚雷を4本を発射するがどれも命中しなかった。 |
| 9月19日、アンバージャックは2本の魚雷を海軍徴用船志ろがね丸(日本海運、3,130トン)に向け発射した。 |
| 1本が命中し、志ろがね丸は大破『佐世保鎮守府戦時日誌』。 |
| 志ろがね丸は駆逐艦天霧に曳航されてショートランド諸島に到着したが、最終的には放棄された『佐世保鎮守府戦時日誌』、除籍は1945年6月30日(林寛司・戦前船舶研究会「特設艦船原簿」)。 |
| この戦功によりアンバージャックは殊勲部隊賞を受賞した。 |
| 9月25日にも日本艦艇と接触し、駆逐艦に護衛された大型巡洋艦を発見する。 |
| しかしながら攻撃開始前に敵駆逐艦に発見され、アンバージャックは潜航を強いられた。 |
| 数発の爆雷が投下されたが、アンバージャックに損傷はなかった。 |
| その数日後にはタウ島、、オーシャン島への偵察を行う。 |
| 9月30日、アンバージャックは巡洋艦を発見し、魚雷を4本発射したが命中しなかった。 |
| アンバージャックはさらに2本発射したが、結果は同じであった。 |
| 1週間後の10月7日、アンバージャックはカビエン港外で海軍徴用船鮮海丸(嶋谷汽船、2,103トン)を発見。 |
| これに対し魚雷を2本発射した。 |
| 1本は外したものの、もう1本が命中。 |
| しかし、鮮海丸は沈む気配を見せず相変わらず航行を続けていたので、アンバージャックはこれを追跡した。 |
| 1時間後、鮮海丸からアンバージャックに向けて発砲があったが、効果は見られなかった。 |
| さらに2時間監視を続けた後、止めの魚雷を1本発射。 |
| 魚雷は鮮海丸の左舷に命中し、鮮海丸はついに沈没した。 |
| 沈没地点はだった。 |
| アンバージャックは潜望鏡越しに、鮮海丸の救命ボートが浮いているのを発見した。 |
| 10月10日、なおもカビエン港外で監視を続けていたアンバージャックは、獲物を求めて港内に侵入。 |
| 停泊していた特設運送船第二図南丸(日本水産、19,209トン)などに向けて魚雷4本を発射。 |
| 魚雷の命中を受けた第二図南丸は沈没を避けるために座礁。 |
| 後に浮揚して曳航され、日本に戻っていった。 |
| 10月16日、アンバージャックはバラストタンクの修理のためにエスピリトゥサント島に向かい、10月19日に到着の後修理を実施した。 |
| その後、アンバージャックは特別任務としてツラギ島に対する補給を命じられた。 |
| これより先の10月13日、戦艦金剛と榛名がガダルカナル島のヘンダーソン飛行場を艦砲射撃し(ヘンダーソン基地艦砲射撃)、航空機の他所在の航空ガソリンも砲撃により炎上。 |
| このため、緊急に航空ガソリンを輸送する必要が生じた。 |
| 1番手として駆逐艦メレディス(''USSMeredith,DD-434'')や艦隊曳船ヴィレオ(''USSVireo,AM-52'')などからなる小船団がガダルカナル島に向かったが、船団は途中で瑞鶴機に発見され、メレディス沈没、ヴィレオ自沈処分などにより船団は退却し輸送は失敗した。 |
| 次に輸送艦として選ばれたのがアンバージャックであった。 |
| アンバージャックは9,000ガロンの航空ガソリン、200個の爆弾、15名の陸軍航空隊搭乗員を搭載してガダルカナル島に急行。 |
| 10月25日朝、アンバージャックはガダルカナル島北岸部のルンガ岬に到着し揚陸「SS-219,USSAMBERJACK」p.28。 |
| ヘンダーソン飛行場はこれで当面の活動が出来るようになった。 |
| 任務完了後、アンバージャックはサボ島の北を回り、ブリスベンに針路を向けた「SS-219,USSAMBERJACK」p.28。 |
| 10月30日、アンバージャックは57日間の行動を終えてブリスベンに帰投。 |
| 潜水母艦グリフィン(''USSGriffin,AS-13'')に横付けして改装を実施した。 |