| 1905年の終わりに大学を離れた後、エディントンは王立グリニッジ天文台台長(AstronomerRoyal)の助手長として初めて常勤の職に就いた。 |
| 彼は天文台で1900年から行われていた、小惑星エロスの写真乾板像の視差を詳細に解析する作業に従事した。 |
| 彼は背景の2つの星の見かけの移動量に基づいた新しい統計的手法を編み出し、この仕事によって1907年にスミス賞を受賞した。 |
| この受賞によって彼はトリニティ・カレッジの特別研究員となった。 |
| 1912年12月、チャールズ・ダーウィンの息子のジョージ・ダーウィンが急死し、エディントンは1913年、ダーウィンが就いていたプルーム天文学・実験哲学教授職に推薦された。 |
| 同年終わりには理論天文学のローンズ天文学・地理学教授職に就いていたロバート・ボールがやはり死去し、エディントンは翌年、ケンブリッジ天文台長に指名された。 |
| それからまもなくして王立協会会員にも推挙された。 |
| 第一次世界大戦の間、エディントンは兵役に召集された。 |
| クエーカーとして、また平和主義者としての立場から、彼は良心的兵役拒否者として陸軍での任務を拒否し、別の任務に就くことを希望した。 |
| 彼の研究者仲間達は、科学の分野にとって彼は重要な存在であると軍を説得し、彼の兵役を免除させることに成功した。 |
| ファイル:1919eclipsenegative.jpg|250px|thumb|right|エディントンが撮影した1919年の皆既日食の写真。 |
| 位置測定に用いた恒星が2本の線でマークされている。 |
| 戦後、エディントンはアフリカのプリンシペ島に遠征して1919年5月29日の皆既日食を観測した。 |
| この日食の間、彼は太陽の近くに見える恒星の写真を撮影した。 |
| 一般相対性理論によれば、遠くの恒星から観測者に達する光線が太陽の近くを通る場合、太陽の重力場によって光線が曲げられるため、本来の位置からわずかにずれて見えるはずである。 |
| しかし、日中の地球上からの観測では太陽の光による空の明るさで恒星の光は紛れてしまうため、この現象を捉えるには皆既日食の時に観測する必要があった。 |
| また、特殊相対性理論に基づく光子の質量にニュートン力学の重力場での効果を考慮した際のずれの予測値は一般相対論での値の半分になるため、定量的な測定も必要とされた。 |
| エディントンの観測結果は一般相対性理論の予測を裏付けるものであった。 |
| この結果は当時、一般相対論がニュートン力学のモデルよりも正しいことを結論付ける証拠として歓迎された。 |
| このニュースは世界中の新聞に大きく取り上げられた。 |
| 同時にこれは、「相対論を理解しているのは世界中で3人しかいない」という都市伝説の元となった。 |
| この話を記者から聞いたエディントンが冗談交じりに「はて、3人目は誰だろう?」と答えた、というエピソードは有名である。 |
| しかし最近の科学史の研究によれば、エディントンの元の観測データは決定的なものではなく、エディントンはデータの中からどの結果を使うかを恣意的に選択したのではないか、という説も唱えられている。 |
| エディントンは恒星の内部構造の理論についても研究を行い、恒星の物理過程の正しい理論を初めて構築した。 |
| 彼は恒星を輻射平衡の状態にあるガスとしてモデル化した。 |
| すなわち、恒星は重力によって収縮する力とガス圧(温度)や輻射圧で膨張する力によって安定化している、というモデルである。 |
| ただし注意すべきは、実際の恒星内部では原子はほとんど完全に電離しているが、彼は数学的な取り扱いを簡単化するために恒星をほぼ理想気体と仮定してモデル化した。 |
| これらの仮定から、彼は恒星の内部温度が数百万度になることを示した。 |
| 彼は恒星の質量-光度関係を発見し、また恒星内部での水素の存在比の計算を行い、ケフェイド変光星の脈動を説明する理論を作った。 |
| 1920年に、エディントンはフランシス・ウィリアム・アストンによる原子量の精密な測定に基づいて、恒星は水素からヘリウムへの核融合によってエネルギーを得ていることを初めて示唆した。 |
| 恒星が核融合でエネルギーをまかなっているという説が唱えられたのはこれが最初であり、これ以降長い間にわたってジェームズ・ジーンズとの間で恒星のエネルギー源に関する論争が続くことになった。 |
| その後、1938年と1939年にハンス・ベーテがより自然な核融合過程の理論を導入し、これによって論争は次第に終息した。 |
| この時期にエディントンは相対論の講義を行い、科学的であると同時に平易な言葉で物理概念を説明することでよく知られていた。 |
| 彼は1923年にこの講義内容の大半を''MathematicalTheoryofRelativity''(『相対論の数学的理論』)という著書にまとめた。 |
| アルベルト・アインシュタインはこの本を「このテーマについてあらゆる言語で書かれた本の中で最も素晴らしい解説書である」と述べている。 |