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つながりの強いひと
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プロフィール
- イアン・ペイスとは
- キャリア
- 演奏スタイル
- 使用機材
- 1968年~1969年
- 1969年~1970年
- 1971年
- 1971年~1974年
- 1975年
- 関連サイト
イアン・ペイス(IanPaice,本名IanAndersonPaice,1948年6月29日-)は、イングランドノッティンガム出身のロック・ドラマー。世界的な人気を誇るイギリスのハードロック・バンド、 ディープ・パープルのメンバー。他にも数多くのバンドで演奏し、1960年代から現在までハードロック・シーンの第一線で活躍を続ける業界の第一人者のひとりである。
キャリア
| 両親は、音楽に造詣が深く、特に父親が舞踊音楽家であった関係で彼は、少年時代から音楽に強い関心を示していた。 |
| ポップスに興味を持ち始めた16歳の時に、初めて父親からドラムセットをプレゼントしてもらう。 |
| 彼は、現在において第一線のプロには数少ない左利きのドラマーである。 |
| 1950年代終盤から父の舞踏楽団の一員として活動する。 |
| 17歳の時、初めてプロとして加入したバンド、シンディグスでレコード・デビュー。 |
| 1964年、ロッド・エヴァンスがボーカルを務めるMI5(後にザ・メイズ)に加入。 |
| 1968年にはエヴァンスと共にラウンドアバウト(ディープ・パープルの母体となったバンド)の立ち上げに参加。 |
| 1968年5月、ディープ・パープルとしてアルバム『ハッシュ』(''ShadesOfDeepPurple'')をリリースする。 |
| 以降、ディープ・パープルはメンバー・チェンジを繰り返しながらブリティッシュ・ハードロックの超人気グループとして世界的な人気を博す。 |
| ペイスは1976年のグループ解散までの全てのアルバムに参加し、ジョン・ボーナム、カーマイン・アピスらと並ぶ、ハードロック界を代表するドラマーとして世界的な地位を築く(「ディープ・パープル」の項も参照)。 |
| 1976年のディープ・パープル解散後、ジョン・ロード、トニー・アシュトンと共に、ペイス・アシュトン&ロードを結成するが、アルバム1枚と5回のライブのみで解散。 |
| 1979年、デイヴィッド・カヴァデールに乞われてホワイトスネイクに加入。 |
| アルバム『フール・フォー・ユア・ラヴィング』(''Readyan'Willing''(1980)、『ライヴ・・・イン・ザ・ハート・オブ・ザ・シティ。 |
| 』(''Live...intheHeartoftheCity)(1980)、『カム・アンド・ゲット・イット』(''Comean'GetIt)(1981)、『セインツ・アンド・シナーズ』(''Saints&Sinners'')(1982)に参加した。 |
| 1982年、音楽性の違いとツアーの疲れからホワイトスネイクを脱退。 |
| 同年ゲイリー・ムーア・バンドに加入。 |
| アルバム『コリドーズ・オブ・パワー(''CorridorsofPower'')』(旧邦題『大いなる野望』)をリリース。 |
| ムーアとのコンビネーションは良好で数枚のアルバムと大規模なツアーに同行したが、1984年4月、ディープ・パープル再結成のためゲイリー・ムーア・バンドを脱退。 |
| その後、現在まで一貫してディープ・パープルのドラマーを務めている(唯一のオリジナルメンバーである)。 |
| また、1999年には、ポール・マッカートニーのアルバム『ラン・デヴィル・ラン』に参加。 |
演奏スタイル
| 非常に速いシングルストローク、正確なリズム・ワークに加え、タムを多用するメロディアスなフィル・イン、シンコペーションによる勢いの表現、絶妙なシャッフルなど、ハードロックのみならず、現代のロック・ドラミング全般に計り知れない影響を与えた。 |
| また「ファイアボール」(''Fireball'')などごく一部の曲を除きツーバスは使用せず、ワンバスで非常に速いペダル・ワークを展開する。 |
使用機材
| 再結成以前のディープ・パープルの時代には、米国のラディック社製のドラムセットを使用していたが、ホワイトスネイクに加入した頃から、日本のパール社製のドラムセットを使い始め、現在でも引き続き愛用している。 |
| 彼は左利きであり、ほぼ全ての機材を、他の右利きの一般的なドラマーとは左右逆にセッティングしている。 |
| 上記のとおりワンバスのセッティングにこだわり続けている。 |
1968年~1969年
| ラディック製のシルバースパークル色のセット。 |
| 22×14BD・18×16&16×16FT・13×9TT・14×5・5SD。 |
| (バスドラムのフロントヘッドに『イアン・ペイス デイープ・パープル』とロゴが入っている)。 |
| パイステ製の?シリーズのシンバル使用。 |
| 22・20・18・15×2。 |
| スタンド類はラディック製とロジャース製を使用。 |
1969年~1970年
| ラディック製のブラック・オイスター色のセット。 |
| 22×14BD・18×16&16×16FT・13×9TT・14×5・5SD。 |
| (バスドラムのフロントヘッドに『イアン・ペイスデイープ・パープル』とロゴが入っている)。 |
| パイステ製の?シリーズのシンバル使用。 |
| 22・20・18・15×2。 |
| スタンド類はラディック製とロジャース製を使用。 |
1971年
| 1968年~1969年に使用したセットを使用。 |
| (バスドラムのフロントヘッドに『イアン・ペイスデイープ・パープル』とロゴが入っている)。 |
| パイステ製の?シリーズのシンバル使用。 |
| 22・20・20・16・15×2(サウンドエッジ)・スプラッシュ2枚。 |
| (このときからシンバルの枚数が増えグレードアップ化してると共にシンバルスタンド1本にシンバル2枚を装着したセッティングになる)。 |
| スタンド類はラディック製とロジャース製を使用。 |
1971年~1974年
| ラディック製のシルバースパークル色のセット。 |
| (バスドラのサイズが26のビッグサイズのセットになる)。 |
| 26×14BD・18×16&16×16FT・15×10TT・14×6.5SD (スープラフォニックL402スネア)。 |
| (バスドラムのフロントヘッドはラディックのロゴだけ)(1974年にフロントヘッドの真ん中に小さなホールカットがされる)。 |
| パイステ製の?シリーズのシンバル使用。 |
| 22・20・20・16・15×2(サウンドエッジ)・スプラッシュ2枚。 |
| (シンバルスタンド1本にシンバル2枚を装着したセッティングはこの時も健在)。 |
| スタンド類はラディック製とロジャース製を使用。 |
| 大口径の15TTはタムホルダーでは不安定なためスネアスタンドでセッティングされていた。 |
| この時代のビッグサイズな「1BD+2FT+1TT」セッティングが、その後のロック界において「王道のハードロックドラムセッティング」と称されるようになっていった。 |
1975年
| ラディック製のシルバースパークル色のセット。 |
| (このときからタムが今までの1個から一気に7個のシングルヘッドタム(メロディックタム)使用の多点数セットになる)。 |
| 24か26×14BD・18×16&16×16FT・16×14&15×12&14×10&13×9&12×8&10×6,5&8×5,5MT。 |
| (バスドラのフロントヘッドの真ん中に大さなホールカットがされる)。 |
| パイステ製の?シリーズのシンバル使用。 |
| 20・18・?・?・1?×2・スプラッシュ1枚。 |
| シンバルスタンド1本にシンバル2枚を装着したセッティングはこの時にはやめていた。 |
| それ以降シンバルスタンドが進化してパイプ径が太いタイプになっていったため。 |
| シンバルスタンド1本に2枚のシンバルを装着することができなくなった。 |
| スタンド類はラディック製とロジャース製を使用。 |
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1948年
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イアン・ペイス(Ian Paice, 本名 Ian Ander... |
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1964年
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ロッド・エヴァンスがボーカルを務めるMI5(... |
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