| ファイル:Philohall.JPEG|thumb|225px|left|コロンビア大学のPhilosophyHall。 |
| アームストロングはこの地下にあった研究室でFMラジオを開発した。 |
| 再生回路の特許問題が続く中、アームストロングは次の発明を行っていた。 |
| コロンビア大学のPhilosophyHallの地下研究室で広帯域周波数変調(FM)を生み出した。 |
| それまでの振幅変調(AM)は音声信号の強弱を搬送波の振幅で表していたが、アームストロングは周波数の変化で強弱を表すようにした。 |
| FMはAMに比べて音声がきれいで雑音が少なかった。 |
| アームストロングは1933年12月26日に特許を取得した |
| 1922年、抑圧搬送波単側波帯変調方式を発明したAT&TのJohnRenshawCarsonが''ProceedingsoftheIRE''誌にFMには何の利点もないという論文を発表したJ.R.Carson, |
| アームストロングはこれに反論しFMの利点を示すため、1936年の''ProceedingsoftheIRE''に論文を発表E.H.Armstrong, |
| この論文は''ProceedingsoftheIEEE''の1984年8月号にも再掲されているE.H.Armstrong, |
| 今日、移動通信で主に使われる狭帯域FMは雑音低減という意味では利点が少ないが、放送で主に使われる広帯域FMでは信号があるしきい値以上の強さであればSN比が格段に改善される(FMスレッショルド特性)ことがわかっている。 |
| したがってCarsonが完全に間違っていたわけではないし、カーソンの帯域幅の法則(en)は今も重要である。 |
| 広帯域FMでSN比を改善するには信号強度があるしきい値以上でなければならないという事実は、MurrayG.Crosbyが1937年の''ProceedingsoftheIRE''誌で発表したM.G.Crosby, |
| 1934年5月から1935年10月まで、アームストロングはRCAが借りたエンパイア・ステート・ビルディングの85階のフロアでFMラジオ放送の実験を行った。 |
| しかし、RCAはテレビ放送に注力しようとしていたため、FM技術の特許を購入しなかったhttp://users.erols.com/oldradio/eha65.htm。 |
| 1936年7月17日、連邦通信委員会(FCC)で行った公開実験が全国的に報道された。 |
| アームストロングはジャズのレコードをまず従来のAMで放送し、次にFMで放送してみせた。 |
| その音質の差は歴然としていたUnitedPressreport,"RadioSet-upEliminatesAllNoise,"''OgdenStandard-Examiner'',June18,1936,p1。 |
| 1937年、アームストロングは自費で最初のFMラジオ局W2XMNを建設した。 |
| ニュージャージー州アルパインで40kWの低出力、周波数42.8MHzで放送し、160kmほど離れた場所でもクリアな受信が可能だったCurrentBiography1940,pp.23-26.。 |
| RCAは、法改正またはFCCの規制の改正でFMラジオが主流になるのを防ぐロビー活動を開始した。 |
| RCAやデイヴィッド・サーノフは働きかけを否定しているが、FCCはFMの周波数帯を42-50MHzから88-108MHzに移し、44-50MHzにテレビのチャンネルを1つ割り当てた。 |
| なお、50MHz付近は太陽黒点の活動が活発になると影響を受けやすいという事情もあり、技術的には88-108MHz帯の方がFMラジオに適しているという指摘もある。 |
| 技術的にはどうであれ、この周波数帯の移動は初期のFMラジオ局には大打撃となった。 |
| 周波数の移行に追随できず廃業する放送局もあった。 |
| なお、FM中継局を失った放送局はAT&Tの有線リンクを購入したため、AT&Tもこの変化を歓迎した。 |
| さらにRCAはFMラジオを発明したのは自分達だと主張し、その特許も取得した。 |
| RCAとアームストロングの間で特許紛争が発生。 |
| 一時的にRCAが勝利したため、アームストロングはアメリカで販売されるFMラジオに対してロイヤリティ支払いを主張できなくなった。 |
| アームストロングはFMラジオネットワークの運営と法廷闘争で財産を使い果たし、私生活も荒れるようになった。 |