| ニューエイジ運動関係者、神道系の信者ら文理書院版の訳書の翻訳者・笹岡康男は元大本信者である(『スウェーデンボルグを読み解く』288頁)『天界と地獄』6-7頁につけた註の中では一柱の創造主と天之御中主神を結び付け、日本神話の神を三つの位格に当てはめて対応させている。 |
| の中にある程度の支持者層があり、その経典中で言及されることも多い。 |
| 新エルサレム教会は日本においては東京の世田谷区にあり、イギリスやアメリカにも存在する。 |
| 反面、彼の存命時から彼を異端視する向きがあった。 |
| 内村鑑三もその著作物を読んでいる。 |
| 一例として、日本キリスト教団の沖縄における前身である沖縄キリスト教団では、スウェーデンボルグ派牧師(戦時中の日本政府のキリスト教諸教会統合政策の影響からこの時期には少数名いた)が、戦後になって教団統一の信仰告白文を作ろうとしたところ、米国派遣のメソジスト派監督牧師から異端として削除を命じられ、実際削除されるような事件も起きている。 |
| 神の汎神論性を唱え、その神は唯一の神である主イエスとしたのでその人格性を大幅に前進させており、旧来のキリスト教とは性格的・構造的に相違がある。 |
| スヴェーデンボリが生前公開しなかった「霊界日記」において、聖書中の主要な登場人物使徒パウロが地獄に堕ちていると主張したり4412番(角川文庫『霊界日記』151頁)、ダビデを「ドラゴン」と呼び彼も地獄に堕ちているとしたり |
| だが、非公開の日記であるので、スヴェーデンボリが自身で刊行した本の内容との相違点も多い。 |
| この日記はスヴェーデンボリがこの世にいながら霊界に出入りするようになった最初の時期の日記であるため、この日記には、文章の乱れや、思考の混乱なども見られる。 |
| 主イエスの母マリアはその日記5834番(角川文庫『霊界日記』163頁)に白衣を着た天国の天使としてあらわれており、「現在、私は彼(イエス)を神として礼拝している。 |
| 」と発言している。 |
| スヴェーデンボリが霊能力を発揮した事件は公式に二件程存在し、一つは、ストックホルム大火事件、もう一つはスウェーデン王室のユルリカ王妃に関する事件である。 |
| 教義内の問題として、例えば、霊界では地球人の他に火星人や、金星人、土星人や月人が存在し、月人は月の大気が薄いため、胸部では無く腹腔部に溜めた空気によって言葉を発するなどといった、現代人からすれば奇怪でナンセンスな部分も多い。 |
| 彼の生前の生き方が聖人的ではない、という批判もある。 |
| 例えば、彼より15歳年下の15歳の少女に対して求婚して、父親の発明家ポルヘムを通して婚姻届まで取り付けておきながら少女に拒絶された。 |
| 生涯独身であったが、若い頃ロンドンで愛人と暮らしていた時期がある、とされている。 |
| しかし主イエスから啓示を受けた後、女性と関係したという歴史的な事実は全くない。 |
| 次にスヴェーデンボリは著作「結婚愛」の中で未婚の男性の買春、すなわち必要悪としての公娼がいる現状を消極的に認める記述をしている。 |
| 倫理的にベストとはいえないかもしれないが、基本的にスヴェーデンボリは「姦淫」を一切認めていない。 |
| 一夫多妻制などは言語道断であり、キリスト教徒の間では絶対に許されないとその著述に書いている。 |
| スヴェーデンボリは聖書中に予言された「最後の審判」を1757年に目撃した、と主張した。 |
| しかし現実世界の政治・宗教・神学上で、その年を境になんらかの変化が起こったとは言えないため、「安直である」と彼を批判する声もある。 |
| 哲学者イマヌエル・カントは、エマヌエル・スヴェーデンボリについて最終的にこう述べている。 |
| 「スヴェーデンボリの考え方はこの点において崇高である。 |
| 霊界は特別な、実在的宇宙を構成しており、この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない英知界である、と彼は言っている。 |
| 」K・ペーリツ編『カントの形而上学講義』から)。 |
| 哲学者ラルフ・ワルド・エマソンも、エマヌエル・スヴェーデンボリの霊的巨大性に接し、カントと同様、その思想を最大限の畏敬の念を込めて称えている。 |
| その他、スヴェーデンボリから影響を受けた著名人としては、ゲーテ、オノレ・ド・バルザック、フョードル・ドストエフスキー、ヴィクトル・ユーゴー、エドガー・アラン・ポー、ストリントベリ、ホルヘ・ルイス・ボルヘスなどがいる。 |
| バルザックについては、その母親ともに熱心なスヴェーデンボリ神学の読者であった。 |
| 日本においては、仏教学者、禅学者の鈴木大拙がスヴェーデンボリから影響を受け、明治42年から大正4年まで数年の間、スヴェーデンボリの主著「天国と地獄」などの主要な著作を日本語に翻訳出版しているが、その後はスヴェーデンボリに対して言及することはほとんどなくなった。 |
| しかし彼の岩波書店の全集には、その中核としてスヴェーデンボリの著作(日本語翻訳文)がしっかり入っている。 |