| 特に有機化学の分野で活躍した。 |
| フィッシャー投影式の発案、などの功績がある。 |
| 1875年、フェニルヒドラジンを発見。 |
| ミュンヘンでも彼の後を追ってやってきたいとこのオットー・フィッシャーと共にヒドラジン誘導体の研究を続け、トリフェニルメタンから染料を作ることが出来るという新たな理論を構築し、実験でそれを証明した。 |
| エアランゲンでは、茶・コーヒー・チョコレートの有効成分、すなわちカフェインとテオブロミンを研究し、この分野の一連の化合物の構成を特定し、最終的にそれらを合成した。 |
| フィッシャーの名声を高めたのは、プリンと糖の研究である。 |
| 1882年から1906年にかけて行われたその研究では、様々な物質を扱っている。 |
| 当時よくわかっていなかったアデニンやキサンチン、植物由来のカフェイン、動物の排泄物に由来する尿酸やグアニンなどである。 |
| いずれも二環式の含窒素複素環構造を基本として、それぞれ異なる位置にヒドロキシ基やアミンがあり、そこに独特な尿素類も含まれる。 |
| これらの基本となる仮説上の物質をフィッシャーが1884年にプリン(purine)と名付け、1898年に合成に成功した。 |
| 1882年から1896年にかけて、フィッシャーの実験室では様々はプリン誘導体が合成された。 |
| 1884年からフィッシャーは糖についての重要な研究を開始し、それまでの知識を一変させ、新たな渾然一体となった知識を獲得するものとなった。 |
| 1880年より以前からグルコースがアルデヒド基を持つことは知られていたが、フィッシャーは酸化によってアルドン酸になることやフェニルヒドラジンと反応させることでフェニルヒドラゾンとオサゾンを形成することなど一連の変換を明らかにした。 |
| 1888年までにオサゾンまでの変換過程からグルコース、フルクトース、マンノースに関連があることを明らかにした。 |
| 1890年、グルコン酸とマンノン酸の間でのエピ化により、糖類の立体的・異性体的性質を明らかにした。 |
| 1891年から1894年、既知の糖類の立体構造を全て明らかにし、ファント・ホッフとル・ベルの1874年の不斉炭素原子の理論を巧妙に応用して、未知の異性体の存在を予言した。 |
| 異性化により異なるヘキソースの間で相互合成を実現し、次いでペントース、ヘキソース、ヘプトースの間で相互の合成を実現し、彼の理論の価値を証明した。 |
| フィッシャーの最大の成果は、グリセリンを原料としてグルコース、フルクトース、マンノースを合成したことであり、1890年に成功した。 |
| この糖についての重要な研究は1884年から1894にかけて行われ、特にグルコシドの研究が最も重要であり、他の研究はそこから発展した。 |
| 1899年から1908年にかけて、フィッシャーはタンパク質の研究で成果を収めた。 |
| 彼は個々のアミノ酸を分離し特定する効率的な分析手法を捜し求め、新たな環状アミノ酸プロリンとヒドロキシプロリンを発見した。 |
| 彼はまた、様々な光学活性のアミノ酸からタンパク質を合成する研究も行っている。 |
| 彼はアミノ酸を鎖状に結合するペプチド結合の技法を確立し、ジペプチド、トリペプチドといったペプチドの合成に成功した。 |
| 1901年にはErnestFourneauと共同でジペプチドの一種グリシルグリシンの合成に成功。 |
| また同年、カゼインの加水分解についての研究を発表。 |
| 自然界にあるアミノ酸を実験室で作り出し、新たなものも発見した。 |
| フィッシャーのオリゴペプチド合成は最高でオクトデカペプチドまで到達し、その特性は自然界のタンパク質とよく似ていた。 |
| このような業績とその後の研究によりタンパク質についての理解が深まり、その後の研究の基礎を築いた。 |
| 他にもフィッシャーは休日にシュヴァルツヴァルトで採集した地衣類の酵素や化学物質を研究したり、皮なめしに使われる物質を研究したり、晩年には脂肪を研究したりした。 |
| 1890年には、基質と酵素の相互作用を視覚的に表す「錠と鍵のモデル」を提案した。 |
| ただし、その後の酵素の研究により、このモデルは必ずしも正しくないことが判明している。 |
| フィッシャーはグルコースなどの糖やカフェインなどのプリンを合成したことで有機合成化学の先駆者とされている。 |