|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう エメ・セゼールの画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
タグはありません
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
砂野幸稔
教授 砂野幸稔 SUNANO Yukitoshi
1954年生まれ ● 所属 文学部 英語英米文学科 ● 最終学歴 京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学(1986... |
|
|
フランツ・ファノン
植民地主義を批判し、アルジェリア独立運動で指導的役割を果たした思想家・精神科医・革命家。ポストコロニアル理論の先駆者としても認識されている。 |
|
|
アンドレ・ブルトン
友達
フランスの詩人、文学者、シュルレアリスト。ちなみに、誕生日については、ブルトン自身しばしば2月18日とも公言しているが、それは「詩的」な意味でのことで... |
|
|
パブロ・ピカソ
パブロ・ピカソ(PabloPicasso、1881年10月25日-1973年4月8日)はスペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動をした画家、素描家、彫刻家。ジョルジュ・ブ... |
|
|
ニコラ・サルコジ
フランスの政治家。フランス第五共和政第6代大統領(2007年5月16日-)及びアンドラ公国の共同大公。前国民運動連合党首。フランスの大統領としては異色の新保... |
|
|
横山友美佳
日本の元バレーボール選手。中国・北京市生まれ。山梨県甲府市出身。 |
|
|
高嶋政伸
日本の俳優である。身長180cm。血液型B型。__TOC__ |
|
|
レオポール・セダール・サンゴール
セネガル共和国初代大統領(1960年9月6日-1980年12月31日)を務めた政治家で詩人。セネガル共和国ティエス州ンブール県ジョアル村で生れた(セレール族、カト... |
|
|
サン=ジョン・ペルス
本名をAlexis Légerというフランスの詩人、外交官で、1960年のノーベル文学賞を受賞した。 ペルスはグアドループのポワンタピートル(Pointe-à-Pitre)で生まれ... |
|
|
川澄奈穂美
神奈川県大和市出身の女子サッカー選手。INAC神戸レオネッサ所属、現キャプテン。ポジションはFW(セカンドトップ、ウィング)、MF(攻撃的MF)。 |
|
|
恒川邦夫
フランス文学者、一橋大学名誉教授。現在、中国・武漢の華中師範大学仏文科教授。東京生まれ。東京大学博士課程中退、パリ第三大学文学博士。一橋大学大学院... |
|
|
宮尾すすむ
日本のタレント。本名は山口進(やまぐちすすむ)。 |
|
|
水原希子
日本の女性ファッションモデル、女優である。所属事務所はエイジアクロス。 |
|
|
ネルソン・マンデラ
南アフリカ共和国の政治家、弁護士である。大統領(第8代)、下院議員(1期)、アフリカ民族会議議長(第11代)を歴任。賞歴としてネルー賞、ユネスコ平和賞... |
|
|
トゥーサン・ルーヴェルチュール
フランソワ=ドミニク・トゥーサン・ルヴェルチュール(François-DominiqueToussaintLouverture,ハイチ語:TousenLouvèti,トゥサン・ルヴェチ、トゥーサン・... |
|
|
オクタビオ・パス
メキシコの詩人・批評家・外交官。メキシコ・シティ出身。進歩的文化人だった祖父の影響で文学的関心を深め、19歳で処女詩集『野生の月』を発表している。193... |
|
|
本橋哲也
日本の文学研究者。専門はイギリス文学、カルチュラル・スタディーズ。東京都生まれ。東京大学文学部卒業後、イギリス・ヨーク大学で博士号取得。東京都立大... |
|
|
ミシェル・レリス
ミシェル・レリス(MichelLeiris、1901年4月20日-1990年9月30日)はフランスの詩人・民族学者。 |
|
|
鵜飼哲
フランス文学・思想研究者。一橋大学教授。2004年から社会思想史学会幹事。東京都生まれ。京都大学大学院文学研究科修士課程修了後、1984年から1988年までパ... |
|
|
プロフィール
- エメ・セゼールとは
- 経歴
- 作品リスト
- 詩集
- 戯曲
- エッセイ集
- 歴史書
- 対話集
- 音声録音
- 参考文献
エメ・フェルナン・ダヴィッド・セゼール(AiméFernandDavidCésaire,1913年6月26日-2008年4月17日)はフランス/マルチニークの詩人、評論家、劇作家、そして政治家である。代表作は『 帰郷ノート』、『植民地主義論』である。ネグリチュード(黒人性)運動を牽引し、植民地主義を批判した。
経歴
| フランスの植民地であったカリブ海小アンティル諸島のマルティニーク島(現在、フランスの海外県)出身。 |
| 1931年、成績優秀であったため奨学金留学生としてフランス本土へ渡航、パリのリセ・ルイ=ル=グランへ入学。 |
| 1934年にレオポルド・サンゴールらと共に学生新聞『黒人学生』を創刊する。 |
| ここでネグリチュードという言葉を初めて使っている。 |
| 1935年、高等師範学校に合格。 |
| しかし精神的、肉体的な不調に見舞われ始めたセゼールは翌年から長詩『帰郷ノート』を執筆しはじめる。 |
| 1937年にマルティニーク出身で同じく留学生であったシュザンヌ・ルーシと結婚。 |
| 教授資格試験に失敗したセゼールは『帰郷ノート』を発表した後、1939年にマルティニークへ帰郷する。 |
| マルティニークで母校シェルシェール高等中学校の文学教師となった。 |
| 教え子にはフランツ・ファノンがいた。 |
| 1941年、セゼールは妻らと文芸雑誌『熱帯』''tropiques''を創刊。 |
| この年、パリ陥落によりマルセイユから海路ニューヨークへ亡命途上のシュルレアリスム詩人アンドレ・ブルトンと出会う。 |
| ブルトンの乗った船はマルティニーク島に強制寄港させられたものであり、二人の出会いは全くの偶然であった。 |
| なお、この船にはクロード・レヴィ=ストロースやヴィクトル・セルジュも同乗していた。 |
| ブルトンは『帰郷ノート』を絶賛し、セゼールの次の詩集『奇跡の武器』の序文を書いた。 |
| 『熱帯』は一時期、検閲により発禁処分を受けるもド・ゴール派の総督が就任したことで再び発行許可を得た。 |
| 黒人詩人セゼールと『熱帯』はニューヨークなどで評判となった。 |
| 1945年、終戦を迎えたセゼールは、フランス共産党から立候補し、マルティニーク島の首府であるフォール・ド・フランス市長に当選(2001年に引退するまで同職にあった)。 |
| さらに共産党のフランス国民議会議員に選出された。 |
| 翌年、植民地であったマルティニークの海外県化法案を起草する。 |
| 県化法案は成立し、マルチニーク市民の多くに歓迎された尾崎文太2008。 |
| 県化法は同化法とも呼ばれたが、エメ・セゼールは植民地からの解放として制度的同化を肯定しつつ従属や文化的同化を拒絶した。 |
| この経験をもとに『植民地主義論』を執筆、1950年に発表している。 |
| 1956年にはハンガリー動乱におけるフランス共産党のソ連追従を直接の契機とし、フランス共産党を離党した。 |
| この時、フランス共産党書記長に宛てた体裁の『モーリス・トレーズへの手紙』''LettreàMauriceThorez''を記している。 |
| その後も1958年に自らの政党マルティニーク進歩党を立ち上げ1993年に引退するまでマルティニークの代表としてフランス国民議会議員を務めた。 |
| この間も多く作品を執筆している。 |
| 妻とは1963年に別れ、彼女はその3年後に50歳で亡くなっている。 |
| フォール・ド・フランス市長を引退後もマルティニーク島に多大な影響力を保ち、島を訪れる重要人物には政治色に拘わらず全員と面会するのを習慣としていた。 |
| ところが、2006年にはニコラ・サルコジ内相(当時)の面会要請を拒絶。 |
| このためサルコジは、マルティニーク島訪問中止を余儀なくされた。 |
| 面会拒絶の理由は政権与党である国民運動連合(UMP)が植民地主義を肯定する内容の教育カリキュラムを促進していることと、サルコジ自身がフランス暴動において若者を「社会のくず」呼ばわりしたことにある。 |
| 2007年フランス大統領選挙では社会党のセゴレーヌ・ロワイヤル候補と面会している |
| 2004年には、人種の融和を訴えていたバラク・オバマに注目していて、大統領になれると確信していたといわれている。 |
| 2007年1月15日、「フォール・ド・フランス空港(ラマンタン空港)」が「エメ・セゼール・マルティニーク国際空港」と改名された。 |
| 2008年4月17日、逝去。 |
| フランスでは国葬され、サルコジ大統領も出席した。 |
作品リスト
| ''Œuvrescomplètes''(troisvolumes),Fort-de-France,Desormeaux,1976.。 |
詩集
| 『帰郷ノート』''Cahierd'unretouraupaysnatal'',Paris,Présenceafricaine,1939(『帰郷ノート;植民地主義論』砂野幸稔訳、平凡社、1997年。 |
| 『奇跡の武器』''LesArmesmiraculeuses'',1946.。 |
| 『太陽、切られた首』''Soleilcoucoupé'',1947.。 |
| 『失われた身体』パブロ・ピカソ(挿絵)との共作''Corpsperdu''(gravuresdePicasso),Paris,EditionsFragrance,1950.。 |
| 『鉄鎖』''Ferrements'',Paris,Seuil,1960.。 |
| 『土地台帳』''Cadastre'',Paris,Seuil,1961.。 |
| 『私、昆布として』''Moi,laminaire'',Paris,Seuil,1982.。 |
| 『全詩集』''LaPoésie'',Paris,Seuil,1994.。 |
戯曲
| 『そして犬どもは黙っていた』''Etleschienssetaisaient'',Paris,PrésenceAfricaine,1958。 |
| 『クリストフ王の悲劇』''LaTragédieduroiChristophe'',Paris,PrésenceAfricaine,1963。 |
| 『コンゴの一季節』''UnesaisonauCongo'',Paris,Seuil,1966。 |
| 『テンペスト』シェイクスピアの翻案劇''Unetempête,d'après'LaTempêtedeWilliamShakespeare:adaptationpourunthéâtrenègre'',Paris,Seuil,1969。 |
エッセイ集
| ''Esclavageetcolonisation'',Paris,PressesUniversitairesdeFrance,1948.Réédition:''VictorSchoelcheretl'abolitiondel'esclavage'',Lectoure,EditionsLeCapucin,2004.。 |
| 『植民地主義論』''Discourssurlecolonialisme'',Paris,PrésenceAfricaine,1955.。 |
| 『ネグリチュードについて』''Discourssurlanégritude'',1987.。 |
歴史書
| 『トゥーサン・ルヴェルチュール』''ToussaintLouverture,LarévolutionFrançaiseetleproblèmecolonial'',Paris,PrésenceAfricaine,1962.。 |
対話集
| ''Rencontreavecunnègrefondamental,EntretiensavecPatriceLouis'',Paris,Arléa,2004.。 |
| ''Nègrejesuis,nègrejeresterai,EntretiensavecFrançoiseVergès'',Paris,AlbinMichel,2005.。 |
音声録音
| ''AiméCésaire'',Paris,Hatier,"LesVoixdel'écriture",1994.。 |
参考文献
| エメ・セゼール 『帰郷ノート・植民地主義論』 砂野幸稔訳、平凡社、1997年(2004年;平凡社ライブラリー)。 |
| エメ・セゼール 「もうひとつのテンペスト シェイクスピア『テンペスト』に基づく黒人演劇のための翻案」砂野幸稔訳、『テンペスト』(本橋哲也編訳)所収、インスクリプト、2007年。 |
| 尾崎文太『 |
|
1931年
|
成績優秀であったため奨学金留学生としてフラ... |
|
1937年
|
マルティニーク出身で同じく留学生であったシ... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
エメ・セゼールさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|