17164
17341
194379
%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%B7
%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%B7
%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%B7
%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%B7
%E3%82%AB%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A4%E3%82%B7
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう カズ・ハヤシの画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
|
|
|
関連商品
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
近藤修司
日本のプロレスラー。静岡県富士市出身。全日本プロレス所属。ふてぶてしい表情と全身筋肉の怪力男。通称キングコング、ドッティ、近ちゃん。 |
|
|
小島聡
日本のプロレスラー。東京都江東区出身。血液型A型。新日本プロレス所属。オレンジを基調としたコスチュームがトレードマーク。VOODOO-MURDERSに加入していた... |
|
|
武藤敬司
日本のプロレスラーで全日本プロレス取締役。元代表取締役社長。神奈川県横浜市青葉区在住、山梨県富士吉田市出身。山梨県立富士河口湖高等学校卒業。闘魂三... |
|
|
諏訪魔
日本のプロレスラー。本名は諏訪間幸平(すわまこうへい)。神奈川県藤沢市出身。全日本プロレス所属。既婚。 |
|
|
鈴木みのる
日本のプロレスラー。神奈川県横浜市出身。パンクラスMISSION所属。 |
|
|
大和ヒロシ
日本のプロレスラーである。千葉県君津市出身。東京農業大学卒業。身長178cm、体重82kg。全日本プロレス所属。イメージカラーは黄色とオレンジ。 |
|
|
渕正信
日本のプロレスラー。福岡県北九州市戸畑区出身。身長183cm、体重105kg。血液型B型。入場テーマ曲は『DANZERZONE(映画『トップガン』より)』。赤鬼、地獄の... |
|
|
浜亮太
大阪府茨木市出身のプロレスラー。全日本プロレス所属している。1994年から2008年まで、大相撲八角部屋所属の力士として活動した。四股名は北勝嵐(ほくとあ... |
|
|
ヘイト
名前 : ヘイト 生年月日 : 1969年12月30日 出身地 : 東京都目黒区 身長 : 185cm 体重 : 85kg デビュー : 1991年4月25日 対 畠中浩 タイ... |
|
|
真田聖也
日本のプロレスラー。新潟県新潟市西区出身。全日本プロレス所属。 |
|
|
太陽ケア
アメリカ合衆国のプロレスラー。本名はマウナケア・モスマン(MaunakeaMossman)。全日本プロレス所属。ハワイ州ホノルル出身。身長185cm、体重108kg。 |
|
|
TAKAみちのく
日本のプロレスラー。KAIENTAI-DOJO所属。有限会社かいえんたいどうじょう代表取締役社長。本名は吉田貴男(よしだたかお)。岩手県盛岡市出身。出生は千葉県... |
|
|
菊地毅
日本の男性プロレスラー。宮城県仙台市出身。フリーランス。 |
|
|
征矢学
全日本プロレス所属のプロレスラーである。長野県上伊那郡箕輪町出身。身長180cm、体重108kg。坂口道場出身。弟は全日本プロレス所属の征矢匠。 |
|
|
海援隊
ユニット
武田鉄矢・中牟田俊男・千葉和臣の3人組(プロデビュー時)のフォークグループ。坂本龍馬の大ファンである武田鉄矢が海援隊から名付けた。 |
|
|
ゾディアック
**ゾディアック(プロレスラー)-アメリカ出身のプロレスラー。全日本プロレスで活動中。ボブ・オートン-アメリカ出身のプロレスラー。一時期、ザ・ゾディアッ... |
|
|
西村修
日本の政治家でプロレスラー。東京都文京区出身で、同区の国民新党所属の区議会議員。階級はヘビー級。ミスター無我、無我の継承者のニックネームを持つ。グ... |
|
|
林和広
全日本プロレスに所属しているジュニア・ヘビー級のプロレスラーである。東京都世田谷区出身。
1991年12月、ユニバーサル・プロレスリングに入門。1992年11月... |
|
|
ウルティモ・ドラゴン
日本のプロレスラー。本名は浅井嘉浩(あさいよしひろ)。愛知県名古屋市港区出身。特に覆面レスラーとして、日本国内だけでなくアメリカ、メキシコでも著名... |
|
|
丸藤正道
日本のプロレスラー。埼玉県北足立郡吹上町(現・鴻巣市)出身。血液型O型。プロレスリング・ノア所属。取締役副社長。 |
|
|
プロフィール
- カズ・ハヤシとは
- 獅龍時代
- WCW〜WWF
- 全日本プロレス
- 獲得タイトル歴
- 得意技
- 入場テーマ曲
- リングネーム
- エピソード
- 関連サイト
カズ・ハヤシ(男性、1973年5月18日-)は、ジュニアヘビー級のプロレスラー。本名は林和広(はやしかずひろ)。東京都世田谷区出身。全日本プロレス所属兼同社取締役。現在までにユニバーサル・プロレス、みちのくプロレス、WCW、WWEに所属した。2007年7月3日から、テレビ東京系で放送されている『キティズパラダイス』に、体操のお兄さん「マッスルフェアリーカズくん」としてレギュラー出演していた。
獅龍時代
| 1991年12月、ユニバーサル・プロレスリングに入門。 |
| 1992年11月19日、後楽園ホール大会でテリー・ボーイ(現:MEN'Sテイオー)と組み、モンゴリアン勇牙(現:新崎人生)&バッファロー張飛(引退)組を相手に覆面レスラー獅龍としてデビューを飾る。 |
| 1993年、みちのくプロレス入団。 |
| みちプロ時代から並外れた身体能力は注目され、新日本プロレスのリング参戦時も「欽ちゃんジャンプ」で人気を博す。 |
| 1994年8月、SATO(現:ディック東郷)とテリーボーイとで平成海援隊を結成。 |
| 1996年、船木勝一とTAKAみちのくが合流し、グループ名を海援隊★DXに改名。 |
| 1998年海援隊★DXでWCWに参戦。 |
| 一時帰国した海援隊から離れ単身メキシコへ。 |
| 週刊誌の記事にて「元みちプロ、獅龍はメキシコにいた!」と2ページを飾ってしまった。 |
| 2月23日のサクラメソト大会で1度敗れたウルティモ・ドラゴンと再戦するため覆面を脱ぎ、カズ・ハヤシに改名した。 |
| 6月新日本プロレスのベスト・オブ・ザ・スーパージュニアには獅龍の名前でエントリーされていたが、改めてマスクを脱ぎカズ・ハヤシとして参加した。 |
WCW〜WWF
| 1998年7月にWCWと3年契約を結ぶ。 |
| 2000年にはジミー・ヤン、ジェイミー・サンと共にヤング・ドラゴンズを結成しレギュラーポジションを獲得した。 |
| 同年4月、第3回スーパーJカップトーナメントに出場する為一時帰国。 |
| 1回戦でザ・グレート・サスケと恩讐を越えて戦うも、敗退。 |
| 8日後の両国国技館大会にもトーナメント敗者によるタッグ戦に出場予定であったが「トーナメントに勝つために戻ってきたので、負けた以上日本に残る意味は無い」とこれを拒否。 |
| 2001年にはWCW最後のマンデー・ナイトロ生中継に唯一の日本人として出場した。 |
| WCW崩壊後、WWFが選んだ24人の契約選手に残り、WWFと契約。 |
| しばらく下部組織のHAWでトレーニングをしていたが、2002年に全日本プロレスへ移籍したばかりの武藤敬司からのラブコールにより、WWFを退団し全日本プロレスに入団した。 |
全日本プロレス
| 2003年12月、小島聡と組んで世界最強タッグ決定リーグ戦を制覇。 |
| ジュニア選手として、同リーグ戦を初めて制覇した。 |
| この時の公式戦で武藤敬司&嵐組に苦戦しながら、カズが嵐からフォールを奪った際の小島の発言「カズ、ありがとう。 |
| お前は男だ、男の中の色男だ。 |
| 」から、「男の中の色男」がキャッチフレーズとなった。 |
| 2004年2月22日、BLUE-K(TAKAみちのく)との王座決定戦に勝利し世界ジュニアヘビー級王座を獲得。 |
| その時、次期挑戦者としてアピールしにリングに上がったNOSAWA(現NOSAWA論外)に対し「お前は(挑戦者としては)論外だ」と言い放った。 |
| これを機にNOSAWAは“NOSAWA論外”というリングネームに改名した。 |
| ハッスルにも、レオナルド・スパンキー、ジミー・ヤンらとタッグを組み参戦。 |
| 2005年1月5日、TAKAに世界ジュニア王座を奪われてからは、NOSAWA論外に強引に組まされる形でユニット「論カズ」を結成、コミカル路線に走りかけるも、結局は全日本ジュニアを熱く盛り上げる道を選択。 |
| この頃から練習生にトレーニングの指導を始める。 |
| 2006年、全日本プロレスの第1回ジュニア・ヘビー級リーグ戦で優勝し、8月27日近藤修司の持つ世界ジュニア王座に挑戦したが、奪還出来なかった。 |
| 2007年2月20日、全日本プロレスを無期限で欠場すると宣言。 |
| その中にはミゲル・ハヤシJrという、カズ・ハヤシに似たレスラーも含まれていた(他の2人は「ペペみちのく」と「エル・ノサワ・メンドーサ」)。 |
| 「メキシコ・アミーゴス」は「メキシコ・アミーゴスDX」と改名後、2007年12月16日に「全日本プロレス2007ファン感謝デー」にて解散した。 |
| この時には「正体を知らないふりをしてくれてありがとうございました」のコメントを残した。 |
| 2008年からは、ジュニア最前線復帰を宣言。 |
| 2年ぶりのジュニア・タッグリーグ戦はエル・サムライとのタッグで出場するが、決勝戦で土方隆司、中嶋勝彦組に敗れ準優勝。 |
| 世界最強タッグ決定リーグ戦では西村修と、第81代アジアタッグ王者決定トーナメントでは武藤敬司とのタッグで出場した。 |
| 2009年2月6日、丸藤正道からジュニアヘビー級王座を奪取し、第28代王者となる。 |
| 4月、5年ぶりにチャンピオン・カーニバルに出場。 |
| 決勝では鈴木みのるに敗れたものの、ジュニア選手ながら準優勝を成し遂げた。 |
| 直後のジュニア・タッグリーグ戦でも近藤修司とのタッグ「チーム246」で出場し、優勝決定戦で稔&歳三組に敗れ準優勝。 |
| 2010年9月20日に菊地毅とのジュニアヘビー級王座防衛戦に勝利し、世界ジュニアヘビー級王座最多連続防衛記録を更新した。 |
| 2011年1月2日の後楽園ホール大会にて稔に敗れるまで17回の防衛に成功した。 |
獲得タイトル歴
| 世界ジュニアヘビー級王座:2回(第21代・第28代)。 |
| 世界タッグ王座:1回(第49代)。 |
| パートナーは小島聡。 |
| アジアタッグ王座:1回(第75代)。 |
| パートナーはグレート・コスケ(小島聡)。 |
| チャンピオン・カーニバル準優勝:1回(2009年)。 |
| ジュニア・ヘビー級リーグ戦優勝:1回(2006年)。 |
| ジュニア・タッグリーグ戦優勝:1回(2011年)。 |
| CHAMPIONOFSTRONGEST-K:1回(第2代)。 |
| 年間最高試合賞(シングルマッチ部門):1回(2004年)。 |
| 中央アメリカミドル級王座。 |
| NWAインターナショナルライトヘビー級タッグ王座。 |
得意技
| 軽量級らしい華麗な飛び技と、それに相反する軽量級らしからぬ力強い技を併せ持つ。 |
| 近年では巧みな切り返しのテクニックと、技の仕掛け方に一工夫を凝らしたファイトを見せている。 |
| 相手の腕をクラッチし、垂直落下式に相手を落とすWA4。 |
| 2009年2月6日の丸藤との世界ジュニア戦にて初披露。 |
| この技によって世界ジュニアヘビー級王座を奪還し、第28代王者となった。 |
| 相手の首の前に左腕を巻き(ドラゴン・スリーパーのような形)、そこから右腕で相手の喉元にエルボーを打ち込む技。 |
| 雪崩式で仕掛けることもある。 |
| カズにとっての決め技である。 |
| 地味に見える技だが、相手はエルボーとネックブリーカー・ドロップの両方のダメージを受けるため、非常に有効なフィニッシュ・ホールドである。 |
| 棚橋弘至など、他団体の選手も頻繁に使用する。 |
| 相手を水車落としの原理で担ぎ上げ、担ぎ上げたほうと逆の方で頭を抱え込み、背中から落とす技。 |
| 大一番では雪崩式も行う。 |
| 最近では相手の腕を股に挟んで受身を取れなくして、首から垂直に落とす垂直落下式も見せる。 |
| 諏訪魔に垂直落下式を見舞い観客を驚かせた。 |
| パワープラントを初披露した丸藤との世界ジュニア戦後に、封印を表明。 |
| 自らもジャンピングして豪快に頭から叩き付ける危険技。 |
| 故橋本真也の垂直落下式DDTのリバース版のような形。 |
| 近藤修司が保持していた世界ジュニア挑戦に備えて用意したウルティモ・ドラゴンの技。 |
| 近藤の師の技を使うことで、精神的な揺さぶりをかける狙いがあった。 |
| ロープリバウンドしてきた相手をケブラドーラ・トド・アルトのように旋回させながら肩に担ぎあげ、ハイジャックブリーカーの体勢に持ち替え、前方に相手を背中から叩きつける技。 |
| 技名はカズのプロレスのルーツであるメキシコとアメリカの合成語で、それぞれの国で発祥した技を組み合わせていることに由来する。 |
| ロープへ向かって走りこんでセカンドロープに両足で飛び乗り、反動を利用して倒れている相手へムーンサルトプレスを見舞う。 |
| クリス・ジェリコの得意技で、彼の別リングネーム「ライオン・ハート」から名付けられている。 |
| ロープに向かいダッシュし前方にハンドスプリング、そこからロープの反動を利用し後ろ向きに踏み切り相手にエルボーを放つ技。 |
| 現在では使う選手が増えたが、この技のパイオニアはTAJIRIである。 |
| 決まった形は吉江豊の裏足4の字固めに酷似。 |
| WCW時代にクリス・ベノワから影響を受けて使用し出す。 |
エピソード
| かつて獅龍でアジアタッグ、カズで世界タッグを保持(パートナーはグレート・コスケ=小島聡)していたときに、同日に両王座の防衛戦が行われ、このときもそれぞれ別人を強調していたが、2度目?の登場の際にはなぜか汗びっしょりでかなり疲労困憊した様子で登場していた。 |
| 獅龍時代、1996年3月に平成海援隊から海援隊★DXに改名する際、SATOはディック東郷に、テリー・ボーイはMEN'Sテイオーにそれぞれ改名することになり、自身も東京GIN(当時流行っていた森高千里の曲「GINGINジングルベル」に便乗して、また自身が東京出身であることから)に改名するはずだったが、ファンからの反対意見が殺到したため、会社側から止められ断念した。 |
| カズはWCW崩壊後、WWFと契約したものの結局一度も出場できなかった。 |
| この理由としては、WWF幹部がカズの起用法に困っており、当時WWFで活躍中だったTAJIRIとキャラが被ることが原因だと言われている。 |
| なお、カズもTAJIRIもファイトスタイルのモチーフはグレート・ムタである。 |
| WWFの下部団体だったHWAにいた頃、飲酒運転でクビになる直前のエディ・ゲレロやジャマール、ロージー、ディーロ・ブラウン、チャーリー・ハースなどと一緒だったという。 |
| ヴィジュアル系バンド、Laputaのファンで入場曲や技名にも取り入れられている。 |
|
1973年
|
カズ・ハヤシ(男性)は、ジュニアヘビー級の... |
|
1993年
|
みちのくプロレス入団 |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
カズ・ハヤシさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|