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つながりの強いひと
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マサ斎藤
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バーン・ガニア
アメリカ合衆国の元プロレスラー。AWAのオーナー兼プロモーターとしても活躍し、AWAの帝王と呼ばれた。息子のグレッグ・ガニアもプロレスラーである。 |
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グレッグ・ガニア
アメリカ合衆国の元プロレスラー。ミネソタ州ロビンズデール出身。「AWAの帝王」と呼ばれたバーン・ガニアの息子であり、AWAのブッカーとしても活動した。 |
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ジェリー・ローラー
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プロフィール
- カート・ヘニングとは
- 来歴
- 試合スタイル
- 得意技
- 獲得タイトル
- 逸話
- 関連サイト
カート・ヘニング(CurtisMichaelHennig、1958年3月28日-2003年2月10日)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。ミネソタ州ロビンズデール出身。なお、姓のスペリングにおいてHenningは誤り(読みも「ヘニッグ」が原音に近い)。第34代AWA世界ヘビー級王者。WWEでは ミスター・パーフェクト(Mr.Perfect)のリングネームでも活躍した。父はAWAなどで活躍した名レスラー、 ラリー・ヘニング。息子のジョー・ヘニングもプロレスラーである。
来歴
| 父ラリーとバーン・ガニアのコーチを受け、1980年1月にデビュー(兄ランディはレスラー志望ではなかった)。 |
| ルーキー時代は太平洋岸北西部(オレゴン州、ワシントン州)に拠点を置くNWAパシフィック・ノースウエスト・レスリング(PNW)に所属。 |
| 1984年、父が主戦場としていたAWAに参戦。 |
| 当時はWWF(現WWE)によるハルク・ホーガンを始めとするスター選手の大量引き抜き直後だったこともあり、早くから頭角を現して1986年1月18日、スコット・ホールとのコンビでAWA世界タッグ王座を獲得。 |
| AWAの次代の主役候補と期待され、1987年5月2日にはニック・ボックウィンクルを破ってAWA世界ヘビー級王者となる。 |
| しかし翌1988年5月9日、ジェリー・ローラーにタイトルを奪われると自身もAWAを退団し、WWFに移籍した。 |
| デビュー以来ベビーフェイスのポジションにいたが、WWFでは「何をやっても完璧な男」というギミックが与えられ、ミスター・パーフェクトの名でヒールとして登場。 |
| 初期はザ・ジニアス(ランディ・サベージの実弟ラニー・ポッフォ)、後にボビー・ヒーナンをマネージャーにヒールサイドのトップグループに迎えられ、1990年8月には王座決定トーナメントの決勝でティト・サンタナを下しインターコンチネンタル王座を獲得。 |
| タイトルは一度テキサス・トルネードに奪われるが奪回し、サマースラム'91ではブレット・ハートを相手に防衛戦を行った。 |
| 試合には敗れたものの、この試合はWWE史・プロレス史に残る名勝負として名高い。 |
| しかし、この頃から首などの怪我に悩まされ始め、WCWから移籍してきたリック・フレアーのマネージャーやテレビ放送のコメンテーターなどを主に務めるようになる。 |
| その後も生涯ケガによる長期欠場と復帰を繰り返した。 |
| ケガが多くなってからはコーチとしても活動。 |
| ブロック・レスナー、ドン・フライ、ブライアン・ジョンストンらが教えを受けている。 |
| また、一時期は貴族ギミック時代のトリプルH(ハンター・ハースト・ヘルムスリー)のマネージャーも担当していた。 |
| 1997年、ライバル団体WCWに移籍。 |
| USヘビー級王座の獲得、nWoやフォー・ホースメンへの加入、バリー・ウインダムらとのカウボーイ系ユニット「ウエスト・テキサス・レッドネックス」(世界タッグ王座も奪取)などで活躍した後、2000年夏に退団。 |
| 2002年、ロイヤルランブル2002でWWEに復帰。 |
| 同大会のロイヤルランブル・マッチでは最後の3人まで残るなど大活躍したが、わずか3か月後に退団。 |
| その後は当時旗揚げされたばかりのTNAに参戦した。 |
| 2003年2月9日、試合出場のため訪れていたフロリダ州タンパのホテルで急死。 |
| 怪我による鎮痛剤の過剰な服用が死因とされる。 |
| 2007年4月にはWWE殿堂に迎えられた。 |
| 同年には息子のジョー・ヘニングが父ラリーの弟分だったハーリー・レイスの指導の下、WLWでプロレスラーとしてデビュー。 |
| その後WWEと契約し、下部団体FCWでの修行を経てRAWに昇格した。 |
| 日本には、1983年11月に新日本プロレスに初来日。 |
| MSGタッグリーグ戦にてボビー・ダンカンのパートナーを務めた。 |
| 1985年にはニック・ボックウィンクルのパートナーとして全日本プロレスの世界最強タッグ決定リーグ戦に出場。 |
| ハーリー・レイス、ドリー・ファンク・ジュニア、スタン・ハンセンら大物に混じって新鮮なファイトを展開した(ボックウィンクルとは同じ年にWWE殿堂入りをしている)。 |
| 以降も全日本に度々参戦し、1987年1月には新日復帰直前の長州力のPWFヘビー級王座に挑戦。 |
| 1988年1月にはAWA世界ヘビー級王者として来日し、二代目タイガーマスクの挑戦を受けて防衛に成功している。 |
| WWF移籍後の1990年には日米レスリングサミットにてリック・マーテルと元AWA世界王者コンビを結成、ジャンボ鶴田(同じく元AWA世界王者)とタッグマッチで戦っている。 |
試合スタイル
| 投げ技・大技はほとんど使用せず、基本的な打撃技と関節技だけで試合を構成してしまうプロレス史上屈指の試合巧者。 |
| また受身の技術も高く評価され、ミスター・パーフェクトの名は伊達ではなかった。 |
| そのためプロレスの手本的存在として高くリスペクトを受け、ヘニングの試合を観戦してプロレスを勉強する若手選手も多かった。 |
| 試合スタイルと同様、入場時に常に右手に持っていた白タオルは、バディ・ロジャースからニック・ボックウィンクル、そしてヘニングへと受け継がれたものである。 |
| 死後もなお多くの選手から賞賛を受けており、WWEの若手選手からも憧れの存在として名を挙げられることも珍しくない。 |
| ジェフ・ジャレットもインタビューで「史上最高の選手」を問われ彼の名を挙げている。 |
得意技
| パーフェクト・プレックス(''Perfect-Plex'')。 |
| パーフェクトDDT(フィッシャーマン式DDT)。 |
獲得タイトル
| NWAパシフィック・ノースウエスト・ヘビー級王座:1回。 |
| NWAパシフィック・ノースウエスト・タッグ王座:3回(w/ラリー・ヘニング、バディ・ローズ、スコット・マギー)。 |
| AWA世界ヘビー級王座:1回。 |
| AWA世界タッグ王座:1回(w/スコット・ホール)。 |
| WWFインターコンチネンタル王座:1回。 |
| WWEHallofFame(2007年)。 |
| WCWUSヘビー級王座:1回。 |
| WCW世界タッグ王座:1回(w/バリー・ウインダム)。 |
| WWCユニバーサル・ヘビー級王座:1回。 |
| FOWヘビー級王座:1回。 |
| MECWヘビー級王座:1回。 |
| i-ジェネレーション・ヘビー級王座:1回。 |
逸話
| WWE初登場時にはテレビでプロモーションビデオが流された(選手用に作られたのはこれが初めて)。 |
| 内容はヘニングが野球、バスケットボール、ゴルフ、ダーツ、ボウリングなどで次々とスーパープレイを披露し、最後に「I'mPerfect.」と呟くものだったが、これは合成映像などではなく、すべて撮影時に実際にヘニングが(しかもほぼ1回で)決めてみせたものだ、というエピソードが残っている。 |
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1980年
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デビュー(兄ランディはレスラー志望ではなか... |
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1984年
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父が主戦場としていたAWAに参戦 |
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