| ガレノスは、ヒポクラテスの医学をはるばるルネサンスにまで伝えた。 |
| 彼の''OntheElementsAccordingtoHippocrates''は、ヒポクラテスの四体液説を叙述している。 |
| 四体液説は人体が血液、粘液、黒胆汁、黄胆汁から成るとする説で、それらは古代の四大元素によって定義付けられ、かつ四季とも対応関係を持つとされた。 |
| 彼はこの原理を基にして理論を創出した。 |
| しかし、それらは純粋に独創的なものというよりも、ヒポクラテスの人体理論の上に構築されたものと見なしうるものである。 |
| プラトンにも一致するガレノスの理論は、単一の造物主による目的を持った自然(ギリシャ語''physis''ピュシス、英"Nature")の創造、を強調した。 |
| 後のキリスト教徒やムスリムの学者たちが彼の見解を受け入れえた理由がここにある。 |
| 彼の生命に関する根源的原理は「生気」(プネウマ)であり、後の書き手たちはこれを魂と結びつけた。 |
| 哲学に関するこれらの作品は、ガレノスの十分に円熟した教養の産物であり、彼は生涯を通じて医学への哲学的要素を強調することを頻りに行った。 |
| 彼によれば、脳の中の動物精気(Pneumaphysicon)が運動、知覚、感覚を司る。 |
| 心臓の生命精気(Pneumazoticon)が血液と体温を統御する。 |
| 肝臓にある自然精気が栄養の摂取と代謝を司る。 |
| しかし、彼は血よりもむしろ生気が静脈を流れるという生気主義的理論(Pneumatisttheory)には同意しなかった。 |
| ガレノスの知識は、生きた動物を使った臨床実験によって広がりを見せた。 |
| その一環として、一度に神経の束を切断するために生きた豚を解剖することを行った。 |
| その際に、豚に悲鳴を上げさせないために喉頭の神経を切断したが、この神経は現在、少なくとも英語では「ガレノスの神経(Galen'snerve)」とも呼ばれている。 |
| 彼はまた、腎臓から尿が送られることを見るために生きた動物の尿管を結び、また麻痺を示すために脊髄の神経を切断した。 |
| ガレノスは、豚はいくつかの観点から解剖学的に人体とよく似ているということを理由に豚を使う旨を強調していたものの、猿や山羊も解剖に使った。 |
| しかし、ガレノスは、自身を医学のより職人的な要素とは常に峻別していた。 |
| 公開解剖は、他の論者たちの理論に対する論駁のためには高い価値のあることでもあったし、古代ローマで学ばれていた医学の主要な手法の一つであった。 |
| それは、出席し、しばしば議論に突入する多くの医学生たちにとって、全くの開かれたものであった。 |
| 現代から見れば、ガレノスの理論は部分的には正しく、部分的には誤りである。 |
| 正しいことを示したこととしては、彼は、動脈が運ぶものは生気ではなく血液だということを示したし、神経機能、頭脳、心臓に関する最初の研究も行った。 |
| 彼はまた、アリストテレスが心は心臓にあるとしたことに対し、心は脳に宿ることも示した。 |
| しかし、現代の視点に照らしたときに、誤りがあることとしては、彼は循環系を認識していなかったし、動脈と静脈がそれぞれ切り離されたシステムであると考えていた。 |
| この考えの変更には、17世紀のウィリアム・ハーヴェイを俟たねばならなかった。 |
| 彼の解剖学的知識の大半は、犬、豚、猿などの解剖に基づいていたために、彼は:w:retemirabile(奇網:ラテン語で「驚異の網」の意、有蹄動物がもつ血管の網で一種の熱交換器官)が人体にも具わっていると推測していた。 |
| 彼はまた、流血の手当てに止血帯を用いることに抵抗し、治療法の一つとして瀉血を盛んに宣伝した。 |
| ガレノスの権威は16世紀までの西洋医学を支配した。 |
| 「ガレノスが全てを書いてくれていた」とされ、解剖学の実践は停滞したし、瀉血は標準的な医療行為となった。 |
| こうした権威への最初の真摯な挑戦を行ったのが、16世紀の解剖学者ヴェサリウスである。 |