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つながりの強いひと
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トミー・レメンゲサウ
トーマス・エサン・レメンゲサウ・ジュニア(ThomasEsangRemengesau,Jr.,1956年2月28日-)はパラオの第6代大統領。コロール出身。1992年にクニオ・ナカムラ第... |
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村山富市
日本の政治家。勲等は桐花大綬章。社会民主党名誉党首、学校法人明治大学顧問。大分県大分市議会議員(2期)、大分県議会議員(3期)、衆議院議員(8期)、衆... |
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アルベルト・フジモリ
第91代ペルー大統領(在職:1990年7月28日-2000年11月17日)。ペルーの公用語であるスペイン語では"j"(ホタ)は日本語のハ行の発音に近く、ペルーを含むスペ... |
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ジョン万次郎
幕末の日本で日米和親条約の締結に尽力した人物である。その後、通訳・教師などとして活躍した。ジョン・マン(JohnMung)とも呼ばれた。本名は中濱萬次郎(... |
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李登輝
中華民国の政治家・農業経済学者。元・中華民国総統(1988年-2000年)。コーネル大学農業経済学博士、拓殖大学名誉博士。信仰する宗教はプロテスタント・長老... |
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大塚明夫
日本の男性俳優・声優・ナレーターである。マウスプロモーション(旧・江崎プロダクション)所属。東京都出身。身長182cm、体重71kg。血液型はB型。父は同じ... |
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山本太郎
日本の俳優。反原発活動家。兵庫県宝塚市出身。ネスト(1991年-1998年)シス・カンパニー(1998年-2011年5月27日)を経てフリーランス(2011年5月28日-)。 |
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杉江浩平
1946年 杉江浩平 (ジャズ)
1948年 沼田早苗 (写真家)
1948年 蟇目亮 (俳優)
1959年 大塚明夫 (声優) → マウスプロモーションによるプロフィール
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中川志郎
中川 志郎(ナカガワ シロウ) 1930年、茨城県に生まれる。宇都宮農林専門学校獣医科(現宇都宮大学)を卒業後、1952年、東京都立上野動物園に勤務(獣医)。... |
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ギラケル・エピソン
パラオ共和国の政治家。1989年1月1日から1993年1月1日まで同国の大統領を務めた。 |
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古村比呂
古村比呂(こむらひろ、1965年11月24日-)は女優。北海道江別市出身(名寄市生まれ)。江別市立大麻中学校を経て北海道札幌啓成高等学校卒業。血液型:O。サ... |
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城内実
日本の外交官、教授、衆議院議員(2期、無所属)。 |
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清川虹子
日本を代表する喜劇女優。本名は関口はな(せきぐちはな)。千葉県東葛飾郡松戸町(現:松戸市)出身。 |
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エリック・シンセキ
アメリカ合衆国陸軍の元軍人(退役大将(四つ星))で、元陸軍参謀総長(第34代、在任:1999年6月21日-2003年6月11日)。現在はオバマ政権において退役軍人長... |
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池内博之
レプロエンタテインメント所属の俳優。茨城県勝田市(現・ひたちなか市)出身。ひたちなか市立大島中学校卒業、茨城県立佐和高等学校卒業。特技は柔道。血液... |
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阿部信行
日本のアニメプロデューサーについて記述しています。日本の政治家については「 阿部信行 」を、日本のサッカー選手については「 阿部伸行 」をご覧ください... |
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未來貴子
日本の女優。本名河原井緑(かわらいみどり)、東京都出身、血液型O型。旧芸名は高山さつき→園みどり。所属事務所はスペースクラフト。 |
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川合玉堂
川合玉堂 Kawai Gyokudo かわい ぎょくどう 1873-1957 日本画家 川合玉堂 の絵画を高価買取しております 川合玉堂 を売りたい(高価買取) 川合玉堂 を買い... |
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プロフィール
- クニオ・ナカムラとは
- 来歴
- 政治キャリア
- リアリストとしてのナカムラ
- 参考文献
クニオ・ナカムラ(KuniwoNakamura、中村國雄、1943年11月24日-)は、パラオの政治家、元パラオ大統領。日系人。
来歴
| 南洋群島(当時は南洋庁管轄下の日本委任統治領)の中心都市・コロール(パラオ共和国の旧首都)で、ペリリュー首長部族の娘アリール・ベトックと三重県伊勢市大湊町出身の船大工・中村善七との間に8人兄弟姉妹の7番目として生まれた(二番目の兄のダイジロウは元パラオ議会議員で現在は駐日大使。 |
| 三番目の兄のトシオはパラオ立法議会の長となり憲法の非核条項はトシオの主導で作成されることとなる。 |
| 4番目の兄のマモルはパラオ最高裁判所初代判事長。 |
| 戦時中はペリリューからパラオ本島アイメリークのエウレイ村に強制移住、2歳の夏、日本の敗戦によってパラオは米国の信託統治領「太平洋諸島信託統治領」となる。 |
| ナカムラ一家は父の故郷の日本に引き上げるが、食糧不足と差別のため一家はパラオに戻る。 |
| パラオは母系制社会であるため、子供たちの帰郷には問題は無かったが善七のパラオ在住許可を得るため一家は苦労する(1955年に永住許可が出された)。 |
| 当然、クニオは日本語教育を受けていない(現在は多少、日本語は喋れるようである)。 |
| ペリリューで幼少期を過ごす。 |
| バプテスト教会牧師の家に寄宿しグアムのタモン高等学校(現在のジョン・F・ケネディ高等学校)を卒業した後、ハワイ大学に進学。 |
| 島に戻ってからは、教師となった。 |
政治キャリア
| 1967年にミクロネシア議会選挙に出馬、当時のパラオ政界の大物であるローマン・メチュールと争ったが落選。 |
| その後、国連信託統治領の経済アドヴァイザーやヤップ地区の経済開発職員を務める。 |
| 1970年、アイメリークの有力部族の娘と結婚、これが後に政治的に大きな財産となる。 |
| 1978年、憲法制定会議のメンバー38人の中に兄のトシオとともに選ばれる(クニオはコロール州、トシオはペリリュー州選出)。 |
| 1981年、パラオ独立に向けた第一歩として、自治政府が発足。 |
| 憲法も制定され、いわゆる非核条項が国際的に注目された。 |
| これは核など有害物質を国内に持ち込む可能性のある外国との条約・協定には住民投票で75%以上の承認が必要であるとするものである。 |
| しかしこの条項は、独立=信託統治を終了させるためには、アメリカとの間で1982年に締結された50年間の自由連合盟約(Compact)を住民投票で75%以上の賛成で承認することを意味し、1983年以降の7回の住民投票でいずれも承認されなかった。 |
| その中で、大統領の暗殺や自殺、ストライキや爆破事件などが多発し、政情が不安定になった。 |
| 1989年副大統領に就任したナカムラはアメリカとの自由連合盟約とセットでの独立を訴え続け、1992年に憲法のこの条項は「アメリカとの自由連合盟約に関する部分だけ住民投票で50%以上の承認」と限定的に修正された参照: |
| 1993年、大統領に就任。 |
| 自由連合盟約の条件を折衝。 |
| アメリカとの自由連合盟約が住民投票で承認される。 |
| 1994年には独立と国際連合加盟を果たす。 |
| ナカムラは自由連合盟約に基づく経済援助や諸外国からの政府開発援助を有効活用すべく、インフラ整備に着手した。 |
| コンパクト・ロードの建設や憲法に明記されていたバベルダオブ島への遷都事業もこの時に始まった。 |
| また、パラオ政府の足枷となっていたIPSECO社への負債も2000万ドルに値切ることに成功し、5年間かけて完済した。 |
| これらの甲斐あって、パラオの国内総生産は2倍近く上昇し、税収も倍増した。 |
| アメリカを除いては他のいかなる国よりも、日本との外交・貿易関係を重視、何度も訪日し両国関係の発展に力を尽くす。 |
| 2001年まで2期つとめた(第5代)。 |
| 退任後も来日を繰り返し、早稲田大学での講演なども行っている。 |
| 2009年12月23日には『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』に出演。 |
リアリストとしてのナカムラ
| アメリカからの独立の象徴としての「非核憲法」はアメリカの譲歩=援助を引き出すための取引材料でもあった。 |
| 憲法制定後のナカムラはアメリカとの自由連合盟約締結のため尽力し、任期中に成立させている。 |
| またアメリカの援助が減る2009年以降を見越して、日本との経済関係強化をはかっている。 |
参考文献
| マルウ・L・セイソン編『クニヲ・ナカムラ草の根から』2001年。 |
| 須藤健一監修『パラオ共和国過去と現在そして21世紀へ』おりじん書房、2003年。 |
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1943年
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クニオ・ナカムラ(Kuniwo Nakamura、中村 國... |
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1955年
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永住許可が出された) |
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