| グラウンダーの高速スルーパスを多用したゲームメークが得意。 |
| またフリーキックやシュートも正確である。 |
| カンテラ時代はトップ下で毎シーズン30得点前後を記録していた「つねに自分らしく」『WORLDSOCCERDIGESTNo.303』第15巻第22号、日本スポーツ企画出版社、2009年、74-77頁。 |
| 1984年にレアル・マドリードの下部組織(カンテラ)に入団した。 |
| 金髪をなびかせた風貌や優雅なプレースタイルがベルント・シュスターに似ていたことから、小さい頃は「リトル・シュスター」というあだ名があった。 |
| シュスターは2007年夏にレアル・マドリードの監督に就任し、1シーズンではあるが選手と監督の関係になった。 |
| レアル・マドリードに入団したころはストライカーだったが、後にミッドフィールダーに転向し、1995年、ホルヘ・バルダーノ監督が率いるトップチームに初めて招集され、12月2日のセビージャFC戦でトップチームデビューした |
| 1995-96シーズンは9試合に出場して1得点を決めた。 |
| 1996-97シーズンは17試合に出場し、リーガ・エスパニョーラのタイトルを獲得した。 |
| 1997-98シーズンにはスーペルコパ・デ・エスパーニャ、UEFAチャンピオンズリーグのトロフィーを掲げた。 |
| 1998-99シーズンにはトヨタカップで優勝し、シーズン途中にはMFホシコやMFフアン・カルロス・バレロンらとともにUEFAU-21欧州選手権で優勝した。 |
| この大会では背番号14を着けており、これ以来ラッキーナンバーとしてクラブでもこの背番号をつけた。 |
| 1999年5月5日、クロアチア代表戦でスペイン代表デビューした。 |
| 同年6月22日に結婚し、子供を2人授かるも、2009年に離婚している。 |
| 1999-2000シーズンはクラレンス・セードルフにポジションを奪われ、倒れた相手を蹴って退場になったこともあったが、ビセンテ・デル・ボスケ監督に信頼されて中盤の軸になった。 |
| 試合中に感情をあらわにする欠点があり、2010年までにリーグ戦だけで8度の退場処分を受けている。 |
| 同シーズンには再びUEFAチャンピオンズリーグのタイトルを獲得し、自身はリーグ戦28試合に出場して6得点を決めた。 |
| 2000-01シーズンはFWフェルナンド・モリエンテスが怪我で離脱したため、シーズンの大半の試合でフォワードとして出場し、キャリアハイの得点数(14得点)を記録した。 |
| 27度目のリーグタイトルを獲得し、スーペルコパ・デ・エスパーニャでも優勝した。 |
| 人口約5万人の小都市に本拠地を置くビジャレアルCFとのアウェー戦では彼らのファンに対して「田舎者」と言い放って中指を突きたて、スペイン国内すべての新聞で報じられる問題を引き起こした。 |
| 2002年にFWロナウドが加入すると、グティは再び中盤でプレーするようになり、2度目のUEFAチャンピオンズリーグ、UEFAスーパーカップ、インターコンチネンタルカップのタイトルを獲得した。 |
| 2004-05シーズンは過去7シーズンで初めてリーグ戦ノーゴールに終わり、このシーズンの彼のゴールは、2005年2月にスペイン代表のサンマリノ戦で挙げた1点だけだった。 |
| 2005-06シーズンは公式戦を通じて43試合に出場し、リーグ戦で4ゴール、欧州カップ戦で2ゴールを挙げた。 |
| 2006年夏、ACミランからMFカカを引き抜くことを公約に掲げたラモン・カルデロンがクラブの新会長に当選したため、カカとポジションが重なるグティの将来に暗雲が漂った。 |
| 彼はローカルライバルのアトレティコ・マドリードに移籍することも検討したが、結局移籍することはなく、カカもACミランに残留した。 |
| 2006FIFAワールドカップをもってジネディーヌ・ジダンが現役引退したため、2006-07シーズンは司令塔のポジションに定着し、チームで唯一違いが生み出せる選手と評価された。 |
| 多くのゴールをアシストし、30回目のリーグ優勝に貢献した。 |
| 後に、過去の優勝の中でこのシーズンのリーグ優勝が一番嬉しかったとインタビューで語っている。 |
| 2008年2月10日のレアル・バリャドリード戦では2得点3アシストの大活躍で7-0の大勝に貢献し、マン・オブ・ザ・マッチに輝いた |
| 2007-08シーズンはリーグ優勝を果たし、自身はアシストランキングでトップに立った。 |
| 9月14日のCDヌマンシア戦ではクラブの通算5000得点目を決めた |
| 2009年夏、監督がマヌエル・ペジェグリーニに交代し、ACミランからカカが加入したため、出場機会は減少した。 |
| 格下相手に0-4の敗戦を喫したコパ・デル・レイのADアルコルコン戦では、ハーフタイムに屈辱的な途中交代をさせられ、試合後には首脳陣を批判するコメントを残したため |
| ADアルコルコン戦後には8年前同様に相手ファンに中指を突き立てて議論を醸した。 |
| カカが負傷によりチームを離脱すると、再びレギュラーとして出場した。 |
| レアル・マドリードとの契約を1年残していたが、2010年7月25日、下部組織時代も含めると25年間在籍したレアル・マドリードからの退団を発表した |