| しかし5枚のシングルを発表するもヒットを生み出せずにバンドは解散。 |
| 解散後ケヴィンは再びロルはコンビを組む。 |
| グレアムのマネージメントで二人は1967年"YellowBellowRoomBoom"名義でシングルをリリース。 |
| その後グレアムが元マインドベンダーズのエリック・スチュワートとレコーディング・スタジオ"ストロベリースタジオ"の共同出資者となったことから、スタジオミュージシャンとして出入りを始め、やがてエリック、グレアム、ロル、ケヴィンの4人でバンド活動を開始する。 |
| 1969年ヤードバーズのマネージャー、ジョルジオ・ゴメルスキーの設立したレーベル"Marmalade"より、"Frabjoy&RuncibleSpoon"名義でシングルをリリース。 |
| アルバムも企画されるがレーベルの資金繰り悪化に伴いキャンセルとなる。 |
| 1970年にはロル、エリック、ケヴィンの3人でレコーディングした「ネアンデルタール・マン」が"ホットレッグス"名義でリリース。 |
| 全世界で200万枚以上を売り上げるヒットを記録するも以降不発に終わる。 |
| その後も4人は"DoctorFather""FighterSquadron""AmazonTrust""TheNewWaveBand"などとバンド名を変えながらシングルを次々とリリースし次のヒットを狙っていく。 |
| その前後スタジオミュージシャンとして、ニール・セダカ、オハイオ・エキスプレス、ラマセスなど数多くのアーティストのレコーディングを行った。 |
| 1972年4人は、ジョナサン・キングのUKレコードから"10cc"名義でシングル「ドナ」をリリース。 |
| これが全英2位の大ヒットとなり以降バンドの活動は10cc名義が中心となっていく(74年以降は10ccに固定)。 |
| 3枚目のシングル「ラバー・ブリッツ」で全英チャート1位を獲得、次々とヒットを飛ばす。 |
| 1975年にマーキュリーレコードに移籍、「アイム・ノット・イン・ラブ」等を発表するも、1976年に音楽性の違いから(公式にはギターアタッチメント"ギズモ"の開発のため)10ccを脱退。 |
| 以降ゴドレイ&クレームとしてレコードをリリースする。 |
| 1980年自分たちのシングル曲「ニューヨークのイギリス人」でプロモーションビデオを監督。 |
| その後ポリス、デュラン・デュラン他のアーティスト達のビデオを手がけ、高い評価を受ける。 |
| 1985年のMTVVideoMusicAwardsでは"VideoVangardAward"を受賞した。 |
| またCM演出も手がけ始め、カンヌ国際広告祭では銀賞を受賞。 |
| 1981年には画集"TheFunStartsHere-OutakesfromARockMemoir"を出版するなどマルチアーティストとしての評価を固める。 |
| 一方音楽活動では1985年のシングル「クライ」がプロモビデオの高評価も伴い彼らの代表曲となった。 |
| 1988年にコンビを解消。 |
| ケヴィンはその後もプロモーションビデオの監督を続け、U2、ポール・マッカートニーらの作品を手がけている。 |
| また反アパルトヘイトキャンペーンソング「サン・シティ」のビデオ制作をきっかけにチャリティー活動に目覚め、その後「ファッションエイド」「バンドエイドII」など様々なプロジェクトに参加するようになる。 |
| 1990年には自らが企画した環境問題チャリティアルバム「ワン・ワールド・ワン・ヴォイス」を発表。 |
| 50分強もある1曲を制作するために世界26ヶ所のスタジオで292名以上のミュージシャンが参加。 |
| この映像版は、1990年5月20日~26日に放送されたスペシャル・プログラム「ワン・ワールド・シンフォニー」の一環としてイギリスBBCを始め、NHKほか各国のTVで放送された。 |
| 2006年7月からグレアムと新ユニット"GG/06"を結成。 |
| 一緒に作曲、レコーディングした新曲をダウンロード販売で発表している。 |
| 2007年3月にはグレアムのライブにゲスト参加、10cc時代の曲を含む2曲でリードヴォーカルを担当した。 |
| 2008年にはエイドリアン・ディーヴォイと共同執筆したサスペンス・コメディー長編映画"WhereTheTreetopsGlisten"がクランクイン直前まで進むも、制作中止に終わっている。 |