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プロフィール
- サイモン&ガーファンクルとは
- 略歴
- シングル(日本編集盤)
- シングル(米国)
- アルバム
- アルバム(米国)
- 日本公演
- サイモン&ガーファンクルが影響を与えた日本人
- 関連サイト
略歴
| ニューヨークの小学校時代からの親友だった、ポールとアートは、1957年に「トム&ジェリー」を結成(ポールはジェリー・ランディス(JerryLandis)、アートはトム・グラフ(TomGraph)という芸名を使用)し、デビュー曲「ヘイ・スクールガール(Hey,Schoolgirl)」を小ヒットさせた。 |
| その後、2人は大学での学業に専念するが、1963年に再びコンビを組み、1964年にグループ名をサイモン&ガーファンクルと改めて、アルバム『水曜の朝、午前3時(WednesdayMorning,3A.M.)』でデビューした。 |
| しかし、発売初年度の売上が3,000枚と惨憺たるものであったので、ポールはヨーロッパ放浪の旅へ出てしまい、アートもデビュー前に通っていた大学院へと戻ってしまったが、プロデューサーのトム・ウィルソンが、アルバム収録曲『サウンド・オブ・サイレンス(TheSoundofSilence)』にエレキギターやドラムなどを別テイクで加えてシングル発売したところ、これが大ヒット。 |
| サイモン&ガーファンクルは、一躍人気フォークロック・デュオとなる。 |
| なお、『キャシーの歌(Kathy'sSong)』は、ポールがイギリスに長期滞在していた際に交際していたガールフレンドに贈った曲である。 |
| キャシーは、ポールが歌っていたパブで券もぎ係りをしていた女性であった。 |
| また、『アメリカ(America)』の歌詞で触れているKathyと同一人物で、2人でアメリカ旅行に出掛けた際に書いたとされている。 |
| ポールのアルバム『ポールサイモン・ソングブック(PaulSimonSongBook)』に、若かりし頃のポールとキャシーが写っている。 |
| その後も、ポールの作り出す深い内容の詞・曲とアートの美しい歌声、そして2人の絶妙なハーモニーが受けて『スカボロー・フェア/詠唱(ScarboroughFair/Canticle)』『ミセス・ロビンソン(Mrs.Robinson)』などが大ヒット。 |
| 1967年に映画『卒業』(日本公開は1968年)の音楽を担当したことで、日本をはじめ世界的にも大きな成功を収めた。 |
| だが、1970年発表のアルバム『明日に架ける橋(BridgeOverTroubledWater)』の制作中に、ポールとアートの音楽に対する意見の違いが表面化した。 |
| 『明日に架ける橋』は、全世界で売上が1,000万枚を超える大ヒットとなり、グラミー賞の最優秀レコード賞・最優秀アルバム賞を受賞したものの、このアルバムを最後に2人はそれぞれのソロ活動に入った。 |
| 1972年6月14日、民主党大統領候補ジョ-ジ・マクガバン支援コンサ-トに揃って登場し「スカボロ・フェア」、「ザ・ボクサ-」、「明日に架ける橋」などを歌った。 |
| 1975年には『マイ・リトル・タウン(MyLittleTown)』をS&Gで録音し、それぞれのソロ・アルバム(ポール『時の流れに』、アート『愛への旅立ち』)に収録しているほか、1978年にアートが発表した「ウォーターマーク(Watermark)」に収録されている「(WhatA)WonderfulWorld(同:ワンダフル・ワールド)」では、ジェームス・テイラーと共にギターとボーカルでポールも参加しており、透明感あふれる3人のハーモニーを披露している。 |
| 1981年9月19日には、ニューヨークのセントラル・パークで再結成チャリティコンサートを開いて53万人もの観衆を動員し、世界ツアーを行った(1982年にはS&Gとして初来日し、後楽園球場と大阪球場でコンサートを行っている)。 |
| この時、サイモンの作品にガーファンクルが参加する形でアルバム制作が行われたが、作品に対する意見の食い違いから、結局サイモンのソロ・アルバム(『ハーツ・アンド・ボーンズ』)としてリリースされた。 |
| このアルバムに収録された曲のいくつかは、ガーファンクルも録音に参加し、発売直前まで完成していた。 |
| その後、2人の間は疎遠になっていった(サイモンが、2003年にソロとしてロックの殿堂入りした際に、わざわざ「ガーファンクルとは仲直りしたい」とスピーチで述べているほど、2人の関係は冷え切っていた)。 |
| しかし、この疎遠な関係はあくまで音楽家としてであり、音楽を離れたプライベートでは、一緒にスイスへスキー旅行へ行くなど、旧友としての親交はその間も続いていたと言われている。 |
| 近年は1993年、2003年と度々再結成を行い、全米ツアーなどを行っている。 |
| 1993年12月1日には「EventofalifetimeTour」の東京公演・福岡公演としてそれぞれ東京ドームと福岡ドームで再来日公演を行なった。 |
| この際、南こうせつが前座を務めた。 |
| 2009年7月には16年ぶりの来日公演を行い、約15万人を動員する成功を収めた。 |
| 2人の年齢からして最後の来日公演となるのではと言われている。 |
| ポール・サイモン本人も「2人とも年齢の事もあるし」と、今回の再結成が最後になることを示唆した発言をしている。 |
| また、彼らの作品は多くのミュージシャンにカヴァーされ、歌い継がれている。 |
| 例えばエルヴィス・プレスリーは、1970年以降のライヴで頻繁に「明日に架ける橋」を取り上げている。 |
シングル(日本編集盤)
| サウンド・オブ・サイレンス-''TheSoundofSilence''(1966年、1968年)。 |
| アイ・アム・ア・ロック”IamaRock"(1966年。 |
| 早く家へ帰りたい”HomewardBound”(1966年)。 |
| 冬の散歩道”A Hazyshadeofwinter”(1967年)。 |
| フェイキン・イット”Fakinit"(1967年。 |
| 動物園にて(CBSソニーでのアルバム『ブックエンド』でのタイトル)夢の動物園(日本コロムビアでシングル盤として 発売された当時のタイトル)"At theZoo"(1967年)。 |
| スカボロー・フェア(1968年)。 |
| ボクサー-''TheBoxer''(1969年)。 |
| 明日に架ける橋-''BridgeoverTroubledWater''(1970年)。 |
| いとしのセシリア-''Cecilia''(1970年)。 |
| コンドルは飛んで行く-''ElCondorPasa~IfICould''(1970年)。 |
| バイ・バイ・ラブ(1970年)。 |
| アメリカ(1971年)。 |
| エミリー・エミリー(1972年)。 |
シングル(米国)
| ''TheSoundsofSilence/We'veGotaGroovyThingGoin(1965,USHOT100#1)。 |
| ''HomewardBound/LeavesThatAreGreen''(1966,USHOT100#5)。 |
| ''IAmaRock/FlowersNeverBendwiththeRainfall''(1966,USHOT100#3)。 |
| ''TheDanglingConversation/TheBigBrightGreenPleasureMachine''(1966,USHOT100#25)。 |
| ''AHazyShadeofWinter/ForEmily,WheneverIMayFindHer''(1966,USHOT100#13)。 |
| ''AttheZoo/The59thStreetBridgeSong(Feelin'Groovy)''(1967,USHOT100#16)。 |
| ''Fakin'It/YouDon'tKnowWhereYourInterestLies''(1967,USHOT100#23)。 |
| ''ScarboroughFair/Canticle/AprilComeSheWill''(1967,USHOT100#11)。 |
| ''Mrs.Robinson/OldFriends-Bookends''(1968,USHOT100#1)。 |
| ''TheBoxer/BabyDriver''(1969,USHOT100#7)。 |
| ''BridgeoverTroubledWater/KeeptheCustomerSatisfied''(1970,USHOT100#1)。 |
| ''Cecilia/TheOnlyLivingBoyinNewYork''(1970,USHOT100#4)。 |
| ''ElCondorPasa(IfICould)/WhyDon'tYouWriteMe''(1970,USHOT100#18)。 |
| ''ForEmily,WheneverIMayFindHer(live)/America''(1972,USHOT100#53/#97)。 |
| ''MyLittleTown/RagDoll(ArtGarfunkel)/You'reKind(PaulSimon)''(1975,USHOT100#9)。 |
| ''WakeUpLittleSusie(Live)/MeandJulioDownbytheSchoolyard''(1982,USHOT100#27)。 |
アルバム
| 水曜の朝、午前3時-''WednesdayMorning,3A.M.''(1964年)。 |
| サウンド・オブ・サイレンス-''SoundsofSilence''(1966年)。 |
| パセリ・セージ・ローズマリー・アンド・タイム-''Parsley,Sage,RosemaryandThyme''(1966年)。 |
| ブックエンド-''Bookends''(1968年)。 |
| 卒業-オリジナル・サウンドトラック-''TheGraduate''(1968年)。 |
| 明日に架ける橋-''BridgeOverTroubledWater''(1970年)。 |
| サイモン&ガーファンクル-''Simon&Garfunkel''(1970年)※日本編集盤。 |
| サイモン&ガーファンクルのすべて-''TheBestofSimon&Garfunkel''(1971年)※日本編集盤。 |
| グレイテスト・ヒット-''SimonandGarfunkel'sGreatestHits''(1972年)。 |
| S&Gゴールド・ディスク-''SimonandGarfunkel'sGreatestHitsII''(1972年)※日本編集盤。 |
| ギフト・パック(1972年)※日本編集盤。 |
| パック20(1973年)※日本編集盤。 |
| ニュー・ギフトパック'75(1974年)※日本編集盤。 |
| グランプリ20(1976年)※日本編集盤。 |
| 若き緑の日々TheSimonAndGarfunkelCollection-17OfTheirAllTimeGreatestRecordings(1981年)。 |
| セントラル・パーク・コンサート-''TheConcertinCentralPark''(1982年)※ライヴ・アルバム。 |
| TheDefinitiveSimon&Garfunkel-''TheDefinitiveSimon&Garfunkel''(1994年)※日本編集盤。 |
| ライブ・フロム・ニューヨーク・シティ1967-''LivefromNewYorkCity1967''(2003年)※ライヴ・アルバム。 |
アルバム(米国)
| ''WednesdayMorning,3A.M.''(1964,US200#30)。 |
| ''SoundsofSilence''(1966,US200#21)。 |
| ''Parsley,Sage,RosemaryandThyme''(1966,US200#4)。 |
| ''TheGraduateOriginalSoundtrack''(1968,US200#1)。 |
| ''Bookends''(1968,US200#1)。 |
| ''BridgeoverTroubledWater''(1970,US200#1)。 |
| ''SimonandGarfunkel'sGreatestHits''(1972,US200#5)。 |
| ''TheConcertinCentralPark''(1982,US200#6)。 |
日本公演
| 1982年''SonyWalkmanSpecial''。 |
| 5月7日・8日大阪球場、10日・11日・12日後楽園球場。 |
| 当時南海ホークスの本拠地だった大阪球場公演で、ポール・サイモンが阪神タイガースの帽子を着用した。 |
| 1993年''AsahiBeerBigSpecial''。 |
| 12月1日福岡ドーム、2日東京ドーム。 |
| 2009年''OldFriendsTour2009''。 |
| 7月8日ナゴヤドーム、10日・11日東京ドーム、13日京セラドーム大阪、15日日本武道館、18日札幌ドーム。 |
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1957年
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「トム&ジェリー」を結成(ポールはジェリー... |
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1964年
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デビュー、1970年に活動停止 |
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