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つながりの強いひと
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佐藤八郎
勲三等瑞宝章を受章するが、同年11月13日永眠(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) |
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いわさきちひろ
こどもの水彩画に代表される福井県武生市(現在の越前市)生まれの日本の画家・絵本作家である。左利き。つねに「子どもの幸せと平和」をテーマとした。初期... |
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佐藤愛子
佐藤愛子(さとうあいこ、1923年11月5日-現在歳)は大阪市出身の小説家。小説家の佐藤紅緑、女優の三笠万里子の次女として生まれる。異母兄に詩人のサトウハ... |
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西條八十
日本の詩人、作詞家、仏文学者。親戚に外交官の石井菊次郎、久保田貫一郎がいる。長男の西條八束は陸水学者。長女の三井ふたばこ(西條嫩子)も詩人。漢字表... |
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河村光陽
昭和期の戦前から戦中にかけて活躍した作曲家。長女は歌手の河村順子。 |
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佐藤四郎
著者情報 佐藤 四郎 昭和20年栃木県生まれ。昭和44年3月法政大学卒業、同年4月神奈川県藤沢市の小学校教員となる。昭和47年4月相模原市に転勤。昭和56年より4... |
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古関裕而
作曲家。本名は古關勇治。1969年(昭和44年)、紫綬褒章受章。1979年(昭和54年)、勲三等瑞宝章。 |
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由紀さおり
群馬県桐生市出身の歌手及びタレント・女優・ナレーター。田辺エージェンシー・安田音楽事務所所属。血液型はA型。身長156cm、体重は59kg。洗足学園第一高等... |
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福士幸次郎
家族を放置して世捨て人のように日本各地を放浪し、独自の郷土論を著した。 昭和21年、 千葉県 で没する。 享年 58。 関連キーワード サトウハチロー 北杜夫 ... |
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藤山一郎
日本の歌手・声楽家・作曲家・指揮者。本名は増永丈夫(ますながたけお)。本名ではクラシック音楽の声楽家。バリトン歌手として活躍。東京府東京市日本橋区... |
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清水みのる
日本の作詞家。静岡県浜名郡伊佐見村(現在は浜松市西区伊左地町)生まれ。旧制浜松中学(現・浜松北高校)、立教大学英文科卒。 |
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角川春樹
日本の実業家、映画監督、映画プロデューサー、俳人、冒険家。角川春樹事務所会長兼社長、幻戯書房会長。 |
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湯山昭
湯山昭(ゆやまあきら、1932年9月9日-)は日本の作曲家。神奈川県平塚市に生まれる。神奈川県立湘南高等学校卒業。東京芸術大学音楽学部作曲科に入学。池内友... |
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並木路子
日本の歌手。本名は南郷庸子(なんごうつねこ(旧姓:小林))。東京浅草出身、台湾育ち。戦後の混乱期に歌った「リンゴの唄」が爆発的なヒットとなり日本の... |
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服部良一
日本の作曲家、編曲家。また作詞家として村雨まさを(むらさめまさお)の名がある。大阪府大阪市平野区出身。ジャズで音楽感性を磨いた、和製ポップス史にお... |
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中山晋平
作曲家。長野県下高井郡日野村(現・中野市)出身。多くの傑作といわれる童謡・流行歌・新民謡などを残した。多くの作品が、現在も抒情歌または日本歌曲とし... |
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友竹正則
日本の声楽家・バリトン歌手・詩人。広島県福山市出身。 |
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北原白秋
日本の詩人、童謡作家、歌人。本名は北原隆吉(きたはらりゅうきち)。詩、童謡、短歌以外にも、新民謡(「松島音頭」・「ちゃっきり節」等)の分野にも傑作... |
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プロフィール
- サトウハチローとは
- 経歴
- 主な作品
- 童謡
- 詩集
- 小説
- 少年少女小説
- 随筆集
- 歌謡曲
- 校歌
- 教育用音楽
- 市民歌
- 関連作品
- 関連項目
- 参考文献
- 関連サイト
サトウ・ハチロー(1903年(明治36年)5月23日-1973年(昭和48年)11月13日)は詩人、童謡作詞家、作家。本名は佐藤八郎(さとうはちろう)。別名に、陸奥速男、山野三郎、玉川映二、 星野貞志、清水操六、並木せんざなどがある。旧制早稲田中学校(現早稲田中学校・高等学校)中退。作家の 佐藤愛子は異母妹にあたる。
経歴
| 作家の佐藤紅緑の長男として、東京市牛込区市谷薬王寺前町(現在の東京都新宿区市谷薬王寺町)に生まれる。 |
| 中学に入学後、父が舞台女優の三笠万里子と同棲するようになり離婚、父への反発から中学を落第、退校、勘当、留置場入りを重ねる。 |
| 感化院のあった小笠原島で父の弟子であった詩人の福士幸次郎と生活を共にし、影響を受ける。 |
| 1919年(大正8年)福士の紹介により西條八十に弟子入りして童謡を作り始め、数々の雑誌や読売新聞などに掲載される。 |
| その一方で今東光などが参加した同人誌『文党』や、草野心平や宮沢賢治などが参加した同人誌『銅鑼』に参加する。 |
| 1926年(大正15年)には処女詩集『爪色の雨』を出版。 |
| 1930年代からは童謡や詩だけにとどまらず、小説や映画の主題歌なども盛んに執筆する。 |
| 1938年(昭和13年)には日本コロムビアと専属契約を交わす。 |
| 第二次世界大戦が激しくなる中でも妻子を千葉県に疎開させて、自身は東京に残って仕事を続けた。 |
| 1945年(昭和20年)第二次世界大戦後初めてとなる映画『そよかぜ』の挿入歌である「リンゴの唄」を作詞する。 |
| 並木路子の歌により大流行し、戦後の日本を象徴する歌となった。 |
| また8月6日の広島が原爆投下によって壊滅した際に弟、節を失っている。 |
| 広島中央放送局へ転勤する親友を見送った弟は別れがたくそのまま大阪駅から転勤先の広島までついて行ってしまい被爆死した。 |
| ハチローは探しに行き宿屋跡も見つけたが遺骨も遺品も何も見つけることは出来なかった。 |
| 白井久夫著:幻の声~NHK広島8月6日~)。 |
| 1946年(昭和21年)から東京タイムズでエッセイ「見たり聞いたりためしたり」の連載を始め、およそ10年の間、毎日連載された。 |
| 1950年(昭和25年)には美空ひばりをゲテモノと批判した。 |
| サトウハチローの作詞曲を美空ひばりが歌うことになる)-->また、同年の12月からNHKのラジオ番組『話の泉』のレギュラーとなり、1964年(昭和39年)まで出演した。 |
| 1951年(昭和26年)から1年間は、NHKのラジオドラマ『ジロリンタン物語』の原作を執筆する。 |
| 1953年(昭和28年)童謡集『叱られ坊主』を出版し、翌年これにより第4回芸術選奨文部大臣賞を受賞。 |
| 以後は童謡の詩作に専念し、1955年(昭和30年)「ちいさい秋みつけた」を作詞、1962年(昭和37年)レコード大賞童謡賞を受賞。 |
| 1963年(昭和38年)NHK放送文化賞受賞。 |
| 1966年(昭和41年)紫綬褒章受章。 |
| 勲三等瑞宝章を受章した1973年(昭和48年)に、心臓発作により死去。 |
| 1967年(昭和42年)に就任した日本作詩家協会会長、1969年(昭和44年)に就任した日本童謡協会会長、1971年(昭和46年)に就任した日本音楽著作権協会会長の職は、永眠するまで続けることとなった。 |
| 母親への想いなどをうたった叙情的な作風で知られ、2万にもおよぶ詩のうち3千が母の関する詩である反面、私生活は放蕩、奇行が多かった佐藤愛子の長編小説『血脈』に詳しい。 |
| なお、『血脈』によると、ハチローは小学生時代から不良少年で、実母に対しても愛情らしきものは示したことはなく、作品に表現されている「母親への想い」はフィクションだという。 |
| 一方で「木曜会」を結成し、後進の育成にも努めた。 |
| 自分の詞の作曲に、必ず中田喜直を指名したのは有名である。 |
| 父の故郷・青森には一度しか訪れていない一方、母の故郷・仙台への訪問は50回を越えている。 |
主な作品
| 童謡に「ちいさい秋みつけた」「かわいいかくれんぼ」「うれしいひなまつり」(1936年{昭和11年}山野三郎名義)、「わらいかわせみに話すなよ」「とんとんともだち」など。 |
| 歌謡曲に「リンゴの唄」「長崎の鐘」「うちの女房にゃ髭がある」、軍歌「台湾沖の凱歌」や戦時歌謡「敵の炎」などの作品もある。 |
| 他に校歌、CMソングなど多数の作品を発表。 |
| 作家としては『ジロリンタン物語』に代表される児童文学作品やユーモア小説を多数著した。 |
詩集
| 少年詩歌集(編著)。 |
| 好きな人のうた。 |
| あすは君たちのもの。 |
| たっけだっけの歌。 |
| もずが枯木で。 |
少年少女小説
| 三色菫(パンジー)組。 |
| 本塁打(ホームラン)クラブ。 |
| ぼくは中学一年生。 |
| チャア公四分の一代記。 |
随筆集
| 僕の東京地図春陽堂文庫1940。 |
| サトウハチロー―僕の東京地図ネット武蔵野2005ISBN978-4944237913。 |
| 見たり聞いたりためしたりロマンス社1946のち大陸書房1982。 |
| サトウ・ハチロー随筆集―昨日も今日も明日も草原書房1947。 |
| 夢多き街―抒情詩と随筆草原書房1947。 |
| 青春野球手帖石狩書房1949。 |
| 僕の野球手帖(出野久万治との共著)。 |
| 青春風物詩―ハチロー半生記東成社1952。 |
| サトウハチローの生活と意見。 |
| 落第坊主―サトウハチロー随筆集R出版1971。 |
| サトウハチロー―落第坊主日本図書センター1999ISBN4820543377ISBN-13978-4820543374。 |
歌謡曲
| 麗人の唄(映画『麗人』の主題歌)。 |
| 二人は若い(「玉川映二」というペンネームで作詞)。 |
| あゝそれなのに(「星野貞志」というペンネームで作詞)。 |
| うちの女房にゃ髭がある(同上)。 |
| 誰かさんと誰かさん。 |
| ずずんとずずんと(テレビ番組『坊やとママ』テーマソング)。 |
| エンゼルはいつでも(森永製菓)。 |
| グラスをのぞくフラミンゴ(千福のテーマ)。 |
| ありがとう(「ありがとう(テレビドラマ)」主題歌)。 |
| ほんとかしらほんとかしら(美空ひばり)。 |
| わが母の姿は(美空ひばり)。 |
校歌
| 広島県立尾道商業高等学校校歌(作詞)。 |
| 東村山市立大岱小学校校歌。 |
| 学校法人東京聖徳学園学園歌。 |
| 世田谷区立弦巻小学校校歌。 |
| 世田谷区立松丘小学校校歌。 |
| 千葉県立船橋高等学校校歌。 |
| 千葉県立国府台高等学校校歌。 |
| 八千代市立八千代台西小学校校歌(作詞)。 |
| 荒川区立第九中学校校歌。 |
| 川崎市立南百合丘小学校校歌。 |
| 北区立滝野川第四小学校校歌。 |
| 横須賀市立公郷小学校校歌(作詞)。 |
| 江戸川区立小松川第一中学校校歌(作詞)。 |
| 昭島市立拝島第一小学校校歌(作詞)。 |
| 学校法人同朋学園同朋高等学校校歌(作詞)。 |
| 白根市立庄瀬中学校校歌(作詞)(平成15年3月閉校)。 |
| 釜石市立八雲小学校(作詞):閉校(現双葉小学校)。 |
| 大網白里町立大網小学校校歌(作詞)。 |
| 岐阜市立加納小学校校歌(作詞)。 |
| 東京都調布市染地小学校校歌(作詞)。 |
教育用音楽
| ライオン歯磨「くまの子りすの子」(歯磨体操用音楽「歯磨教練」の歌入り版を作詞)。 |
関連作品
| 彼の人生はたびたびテレビドラマ化されており、1977年のNHK「少年ドラマシリーズ」の一作『叱られ人生』では少年時代が、2005年のやはりNHKの「月曜ドラマシリーズ」の『ハチロー~母の詩、父の詩~』では壮年期の生涯が描写された。 |
| 後者ではサトウハチロー役を唐沢寿明が演じた。 |
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