| 聖ルーペルト修道院長・初代司教(St.Rupert)696年-718年。 |
| 聖ヴィルギル修道院長・行政長官(St.Virgil)747年-784年,749年から司教。 |
| 聖アルノ修道院長・司教(St.Arno)785年-821年,798年から大司教(以下大司教を略す)。 |
| アダルラム(Adalram)821年-836年。 |
| ロイトラム(Leutram)836年-859年。 |
| アダルウィン(Adalwin)859年-873年。 |
| アダルベルト1世(AdalbertI)873年。 |
| ディートゥマール1世(DietmarI)873年-907年ハンガリーとの戦いで没。 |
| ピルグリム1世(PilgrimI)907年-923年。 |
| アダルベルト2世(AdalbertII)923年-935年。 |
| エギルホルフ(Egilholf)935年-939年。 |
| ヘルホルト(Herhold)939年-958年。 |
| フリードリヒ1世(FriedrichI),958年-991年。 |
| 聖ハルトヴィク(St.Hartwik),991年-1023年。 |
| グンター(Gunther)1024年-1025年。 |
| ディートゥマール2世(DietmarII)1025年-1041年。 |
| ヒポルトシュタイン伯聖エーベルハルト1世(St.EberhardI,GrafvonHippoltstein)1147年-1164年。 |
| コンラート2世(KonradII)オーストリア出身1164年-1168年。 |
| アダルベルト3世・フォン・ベーメン(AdalbertIIIvonBoehmen)1168年-1177年。 |
| ヴィッテルスバッハ伯コンラート3世、初代枢機卿(KonradIII,GrafvonWittelsbach)1177年-1183年。 |
| アダルベルト3世・フォン・ベーメン(AdalbertIIIvonBoehmen復職)1183年-1200年。 |
| レーゲンスベルク伯エーバーハルト2世、(EberhardII,GrafvonRegensberg)1200年-1246年。 |
| ベルンハルト1世・フォン・ツィーゲンハイン、(BernhardIvonZiegenhain)1247年。 |
| フィリップ・フォン・シュポンハイム(PhilippvonSponheim)、ケルンテン出身1247年-1256年。 |
| ウルリッヒ・フォン・ゼッカウ(UlrichvonSekau)1256年-1265年。 |
| ヴラディスラフ・フォン・シュレージエン(WladislawvonSchlesien)1265年-1270年。 |
| フリードリッヒ・フォン・ヴァルヒェン(FriedrichvonWalchen),1270年-1284年。 |
| ルドルフ・フォン・ホーエネック(RudolfvonHoheneck)1284年-1290年。 |
| コンラート4世・フォン・ブライテンフルト(KonradIVvonBreitenfurt)1291年-1312年。 |
| ヴァイハルト・フォン・ポルハイム(WeichardvonPollheim)1312年-1315年。 |
| フリードリッヒ3世・フォン・リープニッツ(FriedrichIIIvonLiebnitz)1315年-1338年。 |
| ハインリッヒ・ピルンブルンネル(HeinrichPyrnbrunner)1338年-1343年。 |
| オルドゥルフ・フォン・ヴィーセネック(OrdulfvonWiesseneck)1343年-1365年。 |
| ピルグリム2世・フォン・プフハイム(PilgrimII,vonPuchheim),1365年-1396年。 |
| グレゴール・シェンク・フォン・オスターヴィッツ(GregorSchenkvonOsterwitz)1396年-1403年。 |
| エーバーハルト3世・フォン・ノイハウス(EberhardIIIvonNeuhaus)1403年-1427年。 |
| エーバーハルト4世・フォン・シュタルヘンベルク、(EberhardIVvonStarhemberg)1427年-1429年。 |
| ヨハン2世・フォン・ライスベルク(JohannIIvonReisberg)1429年-1441年。 |
| フリードリヒ4世・トゥルフゼース・フォン・エマーベルク(FriedrichIVTruchseesvonEmmerberg)1441年-1452年。 |
| ジークムント1世・フォン・フォルカースドルフ(SigmundIvonVolkersdorf)1452年-1461年。 |
| ブルクハルト2世・フォン・ヴァイスプリアッハ、2代枢機卿(BurkhartII,vonWeisspriach)1461年-1466年。 |
| ベルンハルト・フォン・ローア(BerhardvonRohr)1466年-1482年。 |
| ヨハン3世・ベッケンシュラーガー(JohannIIIBeckenschlager)1482年-1487年行政長官、1487-1489年大司教。 |
| シャウンベルク伯フリードリヒ5世(FriedrichVGrafvonSchaunberg)1489年-1494年。 |
| ジークムント2世・フォン・ホレネック(SigmundIIvon.Hollenegg)1494年-1495年。 |
| レオンハルト・フォン・コイチャッハ(LeonhardvonKeutschach)1495年-1519年ユダヤ人の追放を行う。 |
| マッテウス・ランク・フォン・ヴェレンブルク、、3代目枢機卿(MatthaeusLangvonWellenburg)1519年-1540年。 |
| バイエルン公エルンスト(Ernst,HerzogvonBayern)1540年-1554年。 |
| ミヒャエル・フォン・キューンブルク(MichaelvonKuenburg)1554年-1560年。 |
| ヨハン・ヤコブ・フォン・キューン=ベラースィ(JohannJakobvonKuen-Belasy)1560年-1586年。 |
| ゲオルク・フォン・キューンブルク(GeorgvonKuenburg)1586-1587年。 |
| ヴォルフ・ディートリヒ・フォン・ライテナウ(WolfDietrichvonRaitenau)1587年-1612年ホーエンザルツブルク城に幽閉され1617年に獄中で没。 |
| ホーエネムス伯マルクス・ジッティクス(MarkusSittikus,GrafvonHohenems)1612年-1619年。 |
| ロドロン伯パリス(ParisGrafvonLodron)1619年-1653年。 |
| トゥーン伯グイドバルト、4代目枢機卿(GuidobaldGrafvonThun)1654年-1668年。 |
| マックス・ガンドルフ・フォン・キューンブルク、5代目枢機卿(MaxGandolfGrafvonKhuenburg)1668年-1687年。 |
| ヨハン・エルンスト・フォン・トゥーン(JohannErnstGrafvonThun)1687年-1709年。 |
| ハラッハ侯フランツ・アントン(FranzAntonFurstvonHarrach)1709年-1727年。 |
| フィルミアン男爵レオポルド・アントン・エロイテリウス(LeopoldAntonEleutheriusFreiherrvonFirmian)1727年-1744年プロテスタント教徒を迫害。 |
| ヤコブ・エルンスト・フォン・リーヒテンシュタイン-カステルコルノ(JakobErnstvonLiechtenstein-Castelcorno)1744年-1747年。 |
| ディートリヒシュタイン伯アンドレアス・ヤコブ(AndreasJakobvonDietrichstein)1747年-1753年。 |
| シュラッテンバッハ伯ジークムント3世(SiegmundIII.GrafvonSchrattenbach)1753年-1771年。 |
| コロレド伯ヒエロニュムス(HieronymusGrafvonColloredo)、1803年のザルツブルク世俗化まで聖界諸侯、以後は単に大司教,1772年-1812年モーツァルトが1781年に決別する。 |
| ザルツブルク最後の領主司教。 |
| ジークムント・クリストフ・フォン・ツァイル・ウント・トゥラウハブルク(SigmundChristophvonZeilundTrauchburg)(1812年-1814年Administrator)。 |
| レオポルト・マクシミリアン・フォン・フィルミアン(LeopoldMaximilianvonFirmian)1816年-1822年、1831年にウィーン大司教として死亡。 |
| アウグスト・グルーベル(AugustinGruber)1823年-1835年。 |
| フリードリヒ・ヨハネス・フォン・シュヴァルツェンベルク、6代目枢機卿(KardinalFriedrichJohannesvonSchwarzenberg)1835年-1849年、1885年プラハ大司教として死亡。 |
| マクシミリアン・ヨーゼフ・フォン・タルノーツィ、7代目枢機卿(KardinalMaximilianJosephvonTarnoczy)1851年-1876年。 |
| フランツ・アルベルト・エーダー(FranzAlbertEder)1876年-1890年。 |
| ヨハネス・ハラー、8代目枢機卿(KardinalJohannesHaller)1890年-1900年。 |
| ヨハネス・バプティスト・カッチャタラー、9代目枢機卿(KardinalJohannesBaptistKatschthaler)1900年-1914年。 |
| アンドレアス・ローラッハー(AndreasRohracher)1943年-1969年。 |
| エドゥアルト・マッハイナー(EduardMacheiner)1969年-1972年。 |
| DDr.カール・ベルク(DDr.KarlBerg)1973年-1988年、1997年死亡。 |
| ゲオルク・エーダー、博士(Dr.GeorgEder)1989年-2002年解任。 |
| Dr.アロイス・コートガッセル大司教、サレジオ会員(Dr.AloisKothgasserSalesianerDonBoscos)2003年-。 |