| ニューヨーク州スタテンアイランドにて1918年に生まれる。 |
| 出生時の名はエドワード・ハミルトン・ウォルドー(EdwardHamiltonWaldo)。 |
| 父はペンキ業者、母は教師。 |
| 父親はエドワードの幼少時に別居し、のちに離婚。 |
| 母の再婚により、義父方の姓であるスタージョンに改姓。 |
| この際にファースト・ネームも改名し、シオドア・ハミルトン・スタージョン(TheodoreHamiltonSturgeon)となる |
| このため時に「シオドア・スタージョン」がペンネームだと誤解されることがあるが、本名である |
| サーカスの空中ブランコ乗りにあこがれるが、リューマチ熱の病後の心臓肥大により断念。 |
| 船員生活をへて創作をはじめる。 |
| 1938年、SFやファンタジーではない作品をMcClureSyndicateに売ったのが作家デビューとなった。 |
| 翌年、アスタウンディング誌に"EtherBreather"が掲載され、SF作家としてデビュー。 |
| 当初はSF短編を主に書き、アンノウン誌やアスタウンディング誌といったSF専門誌に主に掲載されていたが、時にはアーゴシー・マガジンのような一般大衆誌に掲載されることもあった。 |
| アスタウンディング誌の同じ号に2作品が掲載されたことがあり、ペンネームとしてE・ウォルドー・ハンターという名前を使った。 |
| 初期作品の一部にはシオドア・H・スタージョンという名前を使っていた。 |
| スタージョンはエラリー・クイーン名義のミステリー『盤面の敵』(1963年)をゴーストライターとして書いている。 |
| この小説は高く評価された。 |
| 評論家H.R.F.Keatingはこれがスタージョンの作であることを知り、「私は''CrimeandMystery:the100BestBooks''を書き上げたばかりで、その中で『盤面の敵』をクイーンの作品として疑いもなく言及していた」と記しているKeating,H.R.F.,''TheBedsideCompaniontoCrime'',NewYork:MysteriousPress,1989。 |
| 同様に作家で賞も受賞したことのあるWilliamDeAndreaは雑誌''ArmchairDetective''の記事で好きなミステリー10冊を挙げているが、その中に『盤面の敵』が入っていた。 |
| 彼はこの作品で人生が変わり、熱心なミステリーファンとなって、最終的に作家になったことを告白し、同作品を最大級に褒め称えている。 |
| スタージョンは『宇宙大作戦』のエピソード「おかしなおかしな遊園惑星」と「バルカン星人の秘密」の脚本も書いている。 |
| 後者のエピソードでは、初めて「ポンファー」というバルカン人の発情期のようなものが描かれ、「長寿と繁栄を」という挨拶と手のしぐさ(バルカン・サリュート)も初めて描かれた。 |
| 他にもスタートレックの脚本を書いているが、エピソードとして採用されなかった。 |
| 他にもいくつかのテレビ番組の脚本を書いており、1985年のトワイライトゾーンには2本の短編(「孤独の円盤」と「昨日は月曜日だった」)が採用されている。 |
| 1944年の中編「殺人ブルドーザー」は1970年代にテレビ映画化され、マーベル・コミックで漫画化され、原題の"Killdozer"をバンド名にするロックバンドも登場した。 |
| 1950年代の絶頂期にはSFアンソロジーに選ばれる常連作家となっており、評論家の受けもよかったが(JohnCluteは''TheEncyclopediaofScienceFiction''の中で「彼のハーラン・エリスンやサミュエル・R・ディレイニーといった作家への影響は明らかで、第二次大戦後のアメリカSFに強力で解放的な影響を及ぼした」と記している)、一般にはあまり人気は高くなく、賞もあまり受賞できなかった(SF関連の賞が創設される前に絶頂期が終わっていたという点は考慮しなければならない)。 |
| レイ・ブラッドベリも影響を受けた作家としてスタージョンを上げている。 |
| カート・ヴォネガットの作ったキャラクターであるキルゴア・トラウトはシオドア・スタージョンをモデルにしている。 |
| 1985年、肺繊維症をわずらい、オレゴン州ユージーンで亡くなった |
| 亡くなる数年前からユージーン近郊のスプリングフィールドに住んでいたObituaryfromthe''Register-Guard'',May10,1985,retrievedfromGeorgeC.Willick's"Spacelight"webpageMay4,2007.。 |