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つながりの強いひと
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ゲイリー・ムーア
北アイルランド出身のロック・ギタリスト、歌手、作曲家。1974年のシン・リジィ参加でメジャーになり、以降1980年代はハード・ロック、フュージョン等を中心... |
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フィル・ライノット
アイルランドのロック・シンガー、ベーシスト、詩人。その功績に敬意をこめて"ザ・ロッカー"(TheRocker)と呼ばれる、ロック・ミュージック・シーンの立役者。... |
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ジョン・サイクス
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ブラック・ローズ
大ベストセラー小説のドラマ化を画策する。欺き、出し抜き、裏切り、でっち上げ…。テレビ業界を舞台とした美しい復讐劇。 著者紹介 〈新堂冬樹〉芸能プロダク... |
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スコット・ゴーハム
アメリカ合衆国カリフォルニア州グレンデール出身のロック・ギタリスト。1970年代から活躍するロック・バンド、シン・リジィ(ThinLizzy)のギタリストとして著... |
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フィル・リノット
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ブライアン・ダウニー
ブライアン・マイケル・ダウニー(BrianMichaelDowney 1951年1月27日-)はアイルランド・ダブリン出身のロック・ドラマー。幼馴染のフィル・ライノットとと... |
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ディープ・パープル(DeepPurple)は1968年にイギリスで結成されたハードロックバンド。代表作「ハッシュ」「ブラック・ナイト」「ハイウェイ・スター」「ス... |
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作品提供
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北アイルランドのロックギタリスト。1970年代から80年代にかけて人気を博したロック・バンド、シン・リジィの創設メンバーである。 |
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モーターヘッド
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プロフィール
- シン・リジィとは
- 結成~デッカ・レコード時代
- ツイン・リード・ギター体制の確立
- 最盛期~衰退
- 解散とその後、再編成
- 備考
- 主なカヴァー・ヴァージョン
- ディスコグラフィー
シン・リジィ(ThinLizzy)は、アイルランド、ダブリン出身のハードロックバンドである。しばしば「アイルランドの英雄」と形容される。アイリッシュ・ミュージックを取り入れたメロディと、 ギブソン・レスポールによるツイン・リードスタイルが特徴(1974年から解散するまでの間、常に レス・ポールのツイン・リードにこだわった)。リーダーの フィル・ライノット没後20年以上が経過した現在でもなお、イギリスやアイルランドでは絶大な支持を得ているバンドのひとつである。
結成~[[デッカ・レコード]]時代
| 1969年、フィル・ライノット(ベース&ヴォーカル、作詞・作曲 元スキッド・ロウ)を中心に、フィルの学生時代からのバンド仲間であるドラムスのブライアン・ダウニー、元ゼムのギタリスト、エリック・ベルとともにダブリンで結成(当初キーボーディストもいたがまもなく脱退)。 |
| 当初はOrphanage(孤児院)というグループ名で、パブなどで演奏を開始する。 |
| ある日、ジョン・メイオール・ブルース・ブレイカーズのセカンド・アルバム『ブルースブレイカーズ・ジョン・メイオール・ウィズ・エリック・クラプトン』のジャケットで、エリック・クラプトンが読んでいる雑誌"Beano"に興味を持ち(ジャケット写真)、買って読んでみると、そこに掲載されていた漫画の中に"Tin-Lizzie"(ブリキのエリザベス)という名のロボットが登場していたのを見つけ、ライノットたちはその名を拝借し、アイルランド人が発音しやすいように綴りを変え、バンド名をシン・リジィ(ThinLizzy)とした。 |
| 1970年7月31日、アイルランド・パーロフォン・レーベルからシングル「ザ・ファーマー」(''TheFarmer'')でデビュー。 |
| たまたまあるアイルランド人シンガーのレコーディング・セッションに呼ばれ、そこでの演奏を気に入られたことからUKデッカ・レコードとのレコーディング契約を獲得する。 |
| 1971年4月、ファースト・アルバム『シン・リジィ』(''ThinLizzy'')をリリースする。 |
| 初期はアイリッシュ・フォークとロックの融合を軸にしたサイケデリック・サウンドを展開、同年ロンドンでの初ライブを行う。 |
| 8月、印象的な詞の作品「ダブリン」(''Dublin'')を収録した4曲入りEP『ニュー・ディ』(''NewDay'')を発表。 |
| 1972年3月、『ブルー・オーファン』(''SHADESOFABLUEORPHANGE'')発表。 |
| フィル・ライノットの書く美しい詞が充実した佳作だが、セールスにはつながらなかった。 |
| バンドは次第にステージ・パフォーマンスを含め、ロック・バンドへと様変わりし、ライノットの詞もダンディズムを押し出したものへと変貌していく。 |
| 同年トラディショナルなアイリッシュ・フォーク・ミュージックをロック風にアレンジした『ウィスキー・イン・ザ・ジャー』(''WhiskeyInTheJar'')がシングル・カットされ、アイルランドで1位を獲得、英国国内でもスマッシュヒットとなる。 |
| 善くも悪くもこのヒットによりショウ・ビジネスの中で生き残ることを選択させられる。 |
| BBCテレビの長寿音楽番組TopOfThePopsにも初登場。 |
| 1973年9月、エリック・ベルの印象的なストラトキャスターのカッティングで始まる「ザ・ロッカー」(''TheRocker'')を収録した『西洋無頼(ごろつき)』(''VagabondsoftheWesternWorld'')をリリース。 |
| しかし、精神的・身体的な理由からベルがこの年いっぱいでバンドを離れる。 |
| 後にベルはジミ・ヘンドリックス・エクスペリアンスのノエル・レディングのグループTheNoelReddingBandに参加する。 |
ツイン・リード・ギター体制の確立
| 1974年1月、ベルの代役に同じくアイルランド人(北アイルランド)のギタリスト、ゲイリー・ムーアに加入を要請。 |
| ムーアは約5ヶ月の間ツアーとデッカ・レコードでの最終レコーディングに参加する。 |
| だがムーアはライフスタイルの相違から程なく脱退したため、新たにギタリストのオーディションを実施。 |
| スコットランド人のブライアン・ロバートソン、アメリカ・カリフォルニア州出身のスコット・ゴーハムが加入。 |
| ツイン・ギターの4人編成となる。 |
| 新メンバーにより7月よりアイルランド・ツアーを開始。 |
| デッカとの契約終了後、ワールド・ワイドでの活躍を求めて新たにUKフォノグラム傘下のヴァーティゴと契約、同年10月、グループ4作目にあたる『ナイト・ライフ』(''NightLife'')をリリース。 |
| 解散まで続くレス・ポール・ギターによるツイン・リード・ギター・スタイルにフィル・ライノットの表現力豊かなヴォーカル、ブライアン・ダウニーの堅実なドラミングがマッチし、1975年8月発売の『ファイティング!!』(''Fighting'')でそのスタイルは確立される。 |
| 前後して1975年3月、初のアメリカ・ツアーバックマン・ターナー・オーヴァードライヴ、ボブ・シーガーのサポート)へ向かう。 |
| なおリジィは、元々はシーガーのナンバーである「ロザリー」(''Rosalie'')をカバーしている(『ファイティング!!』に収録)。 |
最盛期~衰退
| 1976年3月、代表作ともいわれる『脱獄』(''Jailbreak'')を発表。 |
| 全世界で200万枚を超えるセールスを記録する。 |
| 3月より英国ツアー、4月にはシングル「ヤツらは町へ」(''TheBoysAreBackinTown'')をリリース。 |
| さらに5月には全米ツアー(REOスピードワゴン、クイーン、スティクス、ジャーニー、ラッシュ、リッチー・ブラックモアズ・レインボーらのサポート・アクト)、7月には再びイギリスで追加公演とハードスケジュールをこなす。 |
| さらに同年8月、コンセプト・アルバム色の強い『サギ師ジョニー』(''JohnnyTheFox'')を制作、10月にリリースする。 |
| これらの精力的な活動の結果、シン・リジィはスタジオ・プロデュース作品/ライブ・パフォーマンスのいずれでも非常に高い評価を得る。 |
| 11月よりプロモーション・ツアー。 |
| この時期の熱狂的なライヴは後に『ライヴ・アンド・デンジャラス』としてリリースされる。 |
| 1977年、前年末に負傷したブライアン・ロバートソンの代役として、再びゲイリー・ムーアにツアー参加を依頼。 |
| 当時コロシアムIIのメンバーだったムーアは同バンドを脱退しないままこの要請を受託し、1月よりクイーンとの全米ツアー"TheQueenLizzyTour"に参加。 |
| 帰国後、バンドは再びロバートソンとともにレコーディングを開始する(プロデュースはトニー・ヴィスコンティ)。 |
| 9月『バッド・レピュテイション〜悪名』(''BadReputation'')発表。 |
| 1978年6月、初のライヴ・アルバム『ライヴ・アンド・デンジャラス』(''Live&Dangerous'')発表。 |
| 7月の全英・欧州でのショウの後、8月にブライアン・ロバートソンが脱退、バンドはゲイリー・ムーアの加入を正式に告知(ロバートソンはその後、レインボーを解雇されたベーシストジミー・ベインとともにワイルド・ホーシズ(WildHorses)を結成する)。 |
| スコット・ゴーハムを除くメンバーは、ムーアのソロ・リーダー・アルバム『バック・オン・ザ・ストリーツ』(''BackOnTheStreets'')の制作に参加。 |
| グループとしてはロンドン、パリで新しいアルバムの制作を開始。 |
| 1979年4月、トニー・ヴィスコンティ・プロデュースによるアルバム『ブラック・ローズ』(''BlackRoseaRockLegend'')を発表。 |
| タイトル曲はケルト・ミュージックと独自の叙事詩を融合した曲であり、シン・リジィの集大成ともいえる曲である。 |
| 4月より全英ツアー、9月にはジャーニー、AC/DC、ドゥービー・ブラザーズらとの全米ツアーを行う。 |
| このツアーの最中に、バンド内でのトラブルからゲイリー・ムーアが失踪。 |
| 急遽ヴィサージ、ウルトラヴォックスのミッジ・ユーロを呼びスケジュールを消化、既に日程を組まれていた日本公演にもメンバーとして来日させている。 |
| 1980年、バンド存続の為、ピーター・グリーン、ピンク・フロイドなどのセッション・ギタリストをしていたスノウィー・ホワイトを参加させ、先行シングル「ヤツらはレディ・キラー」(''KillerontheLoose'')をリリース。 |
| しかし、続くフルアルバム『チャイナタウン』(''Chinatown'')や、キーボーディストのダーレン・ウォートンを加えて制作した1981年の『反逆者』(''Renegade'')ではバンドの方向性を見失い、1982年、自らのライフ・スタイルを揶揄したシングル''TroubleBoys/MemoryPain''が不発に終わると、まもなくスノーウィ・ホワイトが脱退する。 |
解散とその後、再編成
| バンドの人気の低下と、スコット・ゴーハムが自身のリハビリテーションを望んだことがきっかけとなり、メンバーはライノットにバンドの解散を提案、さらに彼らの所属先のレーベルもフィル・ライノットのソロ活動のみを良しとする回答を出していた。 |
| しかし、アイアン・メイデンがステージで「虐殺」(''Massacre'' 『サギ師ジョニー』に収録をカバーしてオマージュを捧げたことや、欧州でのハードロック・マーケットの拡大、当時のNWOBHMブームなどに新たな光明を見出したフィル・ライノットは、ソロとして独立しようとしていた元タイガース・オブ・パンタンのギタリスト、ジョン・サイクスをグループに加入させる。 |
| 1983年、サイクスを迎えて制作された『サンダー・アンド・ライトニング』(''Thunder&Lightning'')は、サイクスとスコット・ゴーハムのギターが激突する、最後のスタジオ・アルバムとなった。 |
| 3月にはイギリス最終公演。 |
| 9日から12日までの4日間、ロンドン・ハマースミス・アポロ(オデオン)では歴代メンバーをピック・アップしてレコーディングを敢行、不本意ながらも契約最終作としてライヴ盤『ラスト・ライヴ』(''LIVE/LIFE'')をリリースした。 |
| 同年4月にアイルランド公演、日本での最終公演は5月17日の中野サンプラザ。 |
| 解散後の1985年頃には、ブームタウン・ラッツ時代からシン・リジィの前座に起用されるなどライノットに恩義のあるサー・ボブ・ゲルドフの依頼により、ライヴ・エイドでの一日限りの再結成に向けての話し合いも行われていた。 |
| 1986年1月4日、フィル・ライノット、ヘロインの過剰摂取による内臓疾患、敗血症により死亡。 |
| 同年5月、アイルランドの失業者支援コンサートSelfAidにおいて、シン・リジィは一夜のみの再結成ライブを行った。 |
| メンバーはゲイリー・ムーア、ブライアン・ダウニー、スコット・ゴーハム、ボブ・デイズリー(元オジー・オズボーン・バンド)。 |
| 1996年からジョン・サイクス、スコット・ゴーハムが核となり、シン・リジィの名前で活動を開始する。 |
| 2004年にはディープ・パープルのサポートとして全米ツアーに参加。 |
| この間にはフィルへの追悼盤や新たなベスト盤が多く発売されている。 |
| 2005年8月20日、フィル・ライノットのアイルランドへの功績を記念してダブリン市内にブロンズ像が建立され、式典ではゲイリー・ムーアを中心に過去のメンバーが集結してシン・リジィの曲が演奏された。 |
| 2006年3月から、英国・欧州でフィル・ライノットの没後20周年を記念したツアー"20/20"が行われた。 |
| このツアーのメンバーはサイクスとゴーハムの他に、マイケル・リー(元ロバート・プラント・バンド)とマルコ・メンドーサ(ブルー・マーダー)。 |
| 2010年5月、ゴーハム、ダウニーを中心に再結成し、現在も活動中。 |
| その他のメンバーはダレン・ウォートン(キーボード)、ヴィヴィアン・キャンベル(ギター)、マルコ・メンドーサ(ベース)、リッキー・ワーウィック(ジ・オールマイティーのギター・ボーカル)。 |
備考
| 1970年代中盤、全米ツアーに出ていたシン・リジィのメンバーは、移動の車内でラジオから頻繁に流れるピーター・フランプトンの大ヒットライブアルバム『フランプトン・カムズ・アライヴ』を耳にする。 |
| その頻度があまりにも多かったため、フィルは(アルバムの良さを認めた上でだが)ついに激怒し、「こんなもの俺たちにだって作ることができる!」と言い放つ。 |
| その結果製作されたのが、リジィのライブアルバムで代表作のひとつでもある『ライヴ・アンド・デンジャラス』である(DVD『LIVEANDDANGEROUS』内のゴーハムの発言より)。 |
ディスコグラフィー
| 1971年「シン・リジィ」ThinLizzy。 |
| 1975年「ファイティング!!」Fighting。 |
| 1976年「脱獄」Jailbreak。 |
| 1976年「サギ師ジョニー」JohnnytheFox。 |
| 1977年「バッド・レピュテイション〜悪名」BadReputation。 |
| 1978年「ライヴ・アンド・デンジャラス」LiveandDangerous |
| 1979年「ブラック・ローズ」BlackRose:ARockLegend。 |
| 1983年「サンダー・アンド・ライトニング」ThunderandLightning。 |
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1969年
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フィル・ライノット(ベース&ヴォーカル、作... |
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1970年
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アイルランド・パーロフォン・レーベルからシ... |
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