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プロフィール
- ジェフ・ウィリアムスとは
- メジャー時代
- 阪神時代
- ドーピング疑惑問題
- プレースタイル
- 人物
- 記録
- 背番号
ジェフリー・フランシス・ウィリアムス(JeffreyFrancisWilliams,1972年6月6日-)は、オーストラリア・キャンベラ出身の元プロ野球選手(投手)。
メジャー時代
| 9歳からティーボール、11歳から野球を始め、ベルコネン高校時代にはキャンベラのクラブチームに所属。 |
| そこで優秀な左投手と評判になった。 |
| これを聞きつけたメジャーリーグ関係者からアメリカ留学を薦められた。 |
| 地元のホーカー大学からサウスイースタン・ルイジアナ大学に進学して心理学を専攻。 |
| 4年生の時には全米大学リーグのナショナルチームにも選出された。 |
| またアトランタオリンピックのオーストラリア代表として活躍し、日本戦では2番手として投げて勝利投手になっているベースボールマガジン社『週刊ベースボール』2008年5月19日号「白球入魂『出会いに恵まれて-ジェフ・ウィリアムス』」、43-47ページ。 |
| その後、ドラフト外でロサンゼルス・ドジャースと契約。 |
| にメジャー昇格し、オーストラリア人9人目のメジャーリーガーとなる。 |
| メジャーデビューは同年9月12日、ドジャー・スタジアムでの対ニューヨーク・メッツ戦で、9回表にドジャースの5番手投手として登板し、最初の打者ロビン・ベンチュラを四球で歩かせている。 |
| 同じ試合で、後に千葉ロッテマリーンズに所属したベニー・アグバヤニとも対戦し三ゴロに仕留めた。 |
| これがウィリアムスが討ち取ったメジャーにおける初アウトである。 |
| また当時のメッツには、ボビー・バレンタイン監督や控え選手のマット・フランコもいたが、のちに彼らとは日本の交流戦や日本シリーズなどで顔を合わせることになる。 |
| 2001年のシーズン終盤、ジム・コルボーンコーチの指示によりサイドスローに転向する。 |
| にはドジャース傘下の3Aラスベガスでリーグ最多の28セーブを記録した。 |
| MLBにおける最後の被本塁打は2002年5月23日、ミラー・パークでの対ミルウォーキー・ブルワーズ戦で、打者は後に中日ドラゴンズ・広島東洋カープでもプレーしたアレックス・オチョアである。 |
| この試合では、ヤクルトスワローズからドジャースに移籍してチームメートとなった石井一久が先発しており7勝目を挙げている。 |
阪神時代
| 2002年オフに阪神タイガースに入団。 |
| 入団当初はセットアッパーとして起用されていたが、開幕当初にクローザーに起用されていたルー・ポートの不調から、急遽クローザーを務めることとなった。 |
| 入団1年目は52試合に登板、防御率1.54,25セーブを挙げチームのリーグ優勝に貢献。 |
| 日本シリーズでは、福岡ダイエーホークス監督の王貞治をして「あのピッチャーが出てくるのは嫌だ」と言わしめたほどの大活躍を見せる。 |
ドーピング疑惑問題
| 2007年12月13日に公表されたメジャーリーグの薬物使用実態調査「ミッチェル報告書」において、薬物の取引に関与した選手として名前があげられた。 |
| 同報告書では、ニューヨーク・メッツの元職員で、薬物の違法取引で逮捕されたカーク・ラドムスキが、ステロイドホルモン剤をウィリアムスに販売したと証言しているミッチェル報告書227ページ参照。 |
| 「送金者ジェフ・ウィリアムス」「受取人カーク・ラドムスキ」と記載された1,820ドルの小切手(オフィシャルチェック)の日付は、阪神在籍中の2004年12月10日であった。 |
| ラドムスキの住居から連邦捜査官が押収したアドレス帳に、ウィリアムスの名前、住所、電話番号が記されていた。 |
| ウィリアムスはこの証言についての話し合いを要求されたが、要求に回答しなかった。 |
| ミッチェル報告書では、ウィリアムスがアルバカーキ・デュークスに所属していたにも薬物を使用していたことが、当時デュークスのコーチをしていたトッド・セイラーの証言を基に述べられているミッチェル報告書230ページ参照。 |
| 当時のデュークスはロサンゼルス・ドジャース傘下のAAA級チームであり、セイラーの証言によると、1999年5月ごろから、ウィリアムスとチームメイトのマット・ハージェス、ポール・ロデューカ、マイク・ジャッド、リッキー・ストーンの5選手は、最高の体調でドジャースに昇格するために薬物を使用することをセイラーに相談していた。 |
| 1999年7月にウィリアムスら5選手とセイラーは、ストーンのアパートに集まり、ステロイドを注射した。 |
| ウィリアムスとハージェスがステロイドを臀部に注射しているところを、セイラーは目撃した。 |
| ウィリアムスら5選手は、ステロイドの効果を高めるためにセイラーが作成したトレーニング・プログラムの提供を受けた。 |
| なお、ハージェスとロデューカは、ウィリアムスと同様にカーク・ラドムスキから薬物を購入した選手としても名前をあげられている。 |
| 阪神の南信男社長によると、ウィリアムスは日本において2006年5月31日にオーストラリア五輪委員会、7月15日に日本野球機構によるドーピング検査を受けているのに加え、2004年のアテネオリンピックの際にもドーピング検査を受けており、3回とも検査の結果は陰性であったとされる。 |
| 阪神はウィリアムスの潔白という主張を信じるとして、2007年12月19日にウィリアムスとの契約更新を発表した。 |
| 2008年1月29日に来日直後、関西国際空港で会見を行い、公式サイトと同様の主張を繰り返したのに加え、ミッチェル報告書にコピーが掲載された小切手について代理人に調査を依頼したと述べた。 |
| 一方、告訴など法的な手続きについては今のところ考えていないと話した。 |
| なお、この会見時にウィリアムスは"Idon'ttakesteroids"(私はステロイドを使用していない)とプリントされたTシャツを着用していた。 |
| 2008年2月13日、ミッチェル報告書においてウィリアムスと一緒にステロイドを注射したとされたマット・ハージェス、同16日にはポール・ロデューカが同報告書に関する声明を発表、過去の薬物使用を認めて(ロデューカは「過去の誤り」と称している)謝罪した |
プレースタイル
| 左のサイドスローからクロスファイヤーを活かして投げ込む、最速156km/hのストレート、変化が豊富で驚異的な切れ味を誇るスライダーと鋭い切れ味のツーシームファストボールが最大の武器。 |
| 特に左打者に対するスライダーの効果は抜群で、「背中からボールが入ってくる」と形容されている。 |
| 中にはストライクボールにもかかわらず避ける打者もいた。 |
| また右打者にも強く、2003年にはスライダーのあまりに大きな変化に右打者が空振りしたボールが体に当たるという珍事を数回起こしている(空振りしているため、デッドボールにはならない)。 |
| 珍しい左投右打の選手であったが、リリーフ投手であるため打席に立つシーンは滅多に見ることができなかった。 |
人物
| 外国人選手にありがちな「プライドが高い」「年俸などの契約でもめる」といったことがほとんどなかった。 |
| 2005年にまだ実績のなかった久保田が抑えに抜擢された時も、「最善の策」とウィリアムスは快くセットアッパーを引き受けた。 |
| メジャーからオファーが来ていたときも、矢野燿大・金本知憲・藤川球児らチームメイトの引き留めとチームへの愛情から残留を決めた。 |
| 2005年に阪神が優勝した際のインタビュー番組で「JFKのリーダーは誰か」と質問された時には「ジェフ」という答えが藤川球児から返ってきており、ウィリアムスが阪神リリーフ投手のリーダー的存在であることが明らかになった。 |
| また、同年に好成績を残した桟原将司・橋本健太郎・江草仁貴の3人を「SHE」と名付けたのもウィリアムスである。 |
記録
| 初登板:2003年3月29日、対横浜ベイスターズ2回戦(横浜スタジアム)、7回裏に救援登板、1回2/3無失点。 |
| 初奪三振:同上、7回裏に佐伯貴弘から。 |
| 初セーブ:2003年3月30日、対横浜ベイスターズ3回戦(横浜スタジアム)。 |
| 初勝利:2003年7月20日、対広島東洋カープ17回戦(阪神甲子園球場)。 |
| 初ホールド:2005年4月6日、対広島東洋カープ2回戦(広島市民球場)。 |
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1972年
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ジェフリー・フランシス・ウィリアムス(Jeff... |
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1999年
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ウィリアムスら5選手とセイラーは、ストーン... |
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