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つながりの強いひと
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プロフィール
- ジェリー・モローとは
- 来歴
- 得意技
- 獲得タイトル
- 関連サイト
ジェリー・モロー("Champagne"GerryMorrow、1949年9月10日-)は、フランス領マルティニーク出身、アフリカ系フランス人のプロレスラー。本名はジェラール・エティフィア(GerardEtifier)。日本の国際プロレスでは、 稲妻二郎(いなずまじろう)のリングネームで日本人陣営の一員となって活躍した。
来歴
| ジャック・クレイボーンことエディ・モローの実弟。 |
| パリのレスリング・スクールを経て、1971年に兄エディが日本での主戦場としていた国際プロレスに留学入門し、同年7月6日にデビュー。 |
| トリニダード・トバゴ出身の黒潮太郎(テディ・ハーバード)に次ぐ留学生第2号であることから、稲妻二郎のリングネームが与えられた。 |
| 以降は日本人陣営の一員として活動したが、「正体不明の黒人覆面レスラー」という触れ込みのもと、ザ・ワイルド・ヌウなどのマスクマンに変身し、外国人陣営としてシリーズに参戦したこともある。 |
| 1975年よりジェリー・モローのリングネームでカナダに遠征し、兄のエディ・モローとのタッグチームで活動。 |
| モントリオールのグランプリ・レスリング(マッドドッグ・バション主宰)、カルガリーのスタンピード・レスリング(スチュ・ハート主宰)、バンクーバーのNWAオールスター・レスリング(ジン・キニスキー主宰)など、カナダの主要テリトリーを転戦した。 |
| 、ポジションは日本同様にベビーフェイスで、カルガリーでは1976年にミスター・ヒト&ヒゴ・ハマグチの悪党日本人コンビやラリー・シャープ&リッパー・コリンズのボーディシャス・ブロンズとインターナショナル・タッグ王座を争っている。 |
| 1978年4月に日本に凱旋し、同年7月には国際プロレスの韓国遠征に参加。 |
| 最終戦の7月28日、ソウルにて当時大木金太郎が保持していたインターナショナル・ヘビー級王座に挑戦したDVDBOX『不滅の国際プロレス1974-1981』DISC-3(2007年、ポニーキャニオン)。 |
| その後も中堅選手として国際プロレスのミッドカード戦線で活躍し、1979年末から1980年にかけては鶴見五郎&大位山勝三の独立愚連隊と抗争。 |
| 弘前では鶴見との髪切りマッチに勝利し、鶴見を坊主頭にした『GスピリッツVol.17』P73「実録・国際プロレス第7回鶴見五郎」(2010年、辰巳出版、ISBN4777808297)。 |
| 1981年8月の国際プロレス崩壊後は古巣のカルガリーを主戦場に活動し、デビッド・シュルツやバッドニュース・アレンなどのヒール勢と対戦。 |
| 1983年7月にはジェリー・モロー名義で全日本プロレスに初登場。 |
| 1984年8月からは新日本プロレスに参戦し、同年11月の第5回MSGタッグ・リーグ戦では、同じくフランス語を母国語とするアンドレ・ザ・ジャイアントのパートナーに起用された。 |
| 1987年1月の来日ではレフェリーも務めている。 |
| その間、主戦場のカルガリーではクリス・ベノワ、オーエン・ハート、ジョニー・スミス、ブライアン・ピルマン、日本から海外武者修行に来ていた馳浩や山田恵一などの若手選手の育成にも助力。 |
| 1980年代末からはキューバン・アサシンを相棒に傭兵ギミックのヒールに転向し、キューバン・コマンドス(CubanCommandos)なるフレンチ&スパニッシュのタッグチームを結成。 |
| WWFを離脱したダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミスのブリティッシュ・ブルドッグスとも対戦している。 |
| 1989年にはザ・マーセナリーズ(TheMercenaries)のチーム名でプエルトリコのWWCにも遠征し、カリビアン・タッグ王座を獲得した。 |
| キャリア晩年の1990年代は、SWS、PWC、IWA格闘志塾などに来日。 |
| PWCでは当初、ジェリー・モローのリングネームで参戦予定であったが、本人の希望で「稲妻ジロー」として出場。 |
| 鶴見五郎の主宰するIWA格闘志塾には、国際プロレス時代と同様に「稲妻二郎」の名義で参戦した。 |
| 1983年にカナダ国籍を取得し、引退後はカルガリーに居住している。 |
得意技
| ダイビング・クロス・ボディ。 |
| フライング・クロス・チョップ。 |
獲得タイトル
| スタンピード・インターナショナル・タッグ王座:7回(w/エディ・モロー×3、ジョージ・ウェルズ、マッカン・シン、キューバン・アサシン×2)。 |
| NWAカナディアン・タッグ王座(バンクーバー版):1回(w/エディ・モロー)。 |
| AGPWノースアメリカン・タッグ王座:1回(w/キューバン・アサシン)。 |
| WWCカリビアン・タッグ王座:1回(w/キューバン・アサシン)。 |
| WFWAカナディアン・ヘビー級王座:1回。 |
| CNWAヘビー級王座:1回。 |
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1949年
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ジェリー・モロー("Champagne" Gerry Morrow... |
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1971年
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兄エディが日本での主戦場としていた国際プロ... |
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投票数
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| ふりがな |
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ジェリー・モローさんについてのひとこと紹介
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