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プロフィール
- ジム・ロジャーズとは
- 経歴
- 投資
- クォンタム・ファンド
- RICI
- 商品市場
- 中国市場
- 米ドル
- 旅
- シンガポールへ移住
- 中央銀行
- 家族
- 発言
- 著書
- 関連サイト
ジム・ロジャース(JimRogers、1942年10月19日-)は、アメリカ合衆国アラバマ州出身の投資家。クォンタム・ファンドの共同設立者(Co-Founder)。現在はRogersHoldingsの会長。
経歴
| 初めての仕事は5歳のときのピーナッツ売りだった。 |
| 1964年-エール大学を卒業(学士)。 |
| 夏休みのアルバイトにウォール街で働いたことで投資に興味を持つ。 |
| ウォール街で初めての仕事を投資銀行Dominick&Dominickで得る。 |
| 当時、ウォール街については何も知らず、株式と債券の違いについてさえ知らなかったが、仕事にはすぐに熱中した。 |
| この後、オックスフォード大学へ留学。 |
| 奨学金で株式投資を行う。 |
| 1966年-オックスフォード大学を卒業し(修士)帰国。 |
| 数年間アメリカ陸軍に所属する。 |
| 1968年-見習いアナリストとしてウォール街で働き始める。 |
| 1970年-投資銀行Arnhold&S.Bleichroederに入社。 |
| 1973年-ジョージ・ソロスとともにクォンタム・ファンドを設立。 |
| 1980年-仕事を引退。 |
| その後、コロンビア大学ビジネススクールの客員教授になる。 |
| 1989年-WCBSの"TheDreyfusRoundtable"で司会を務める。 |
| 1990年-FNNの"TheProfitMotivewithJimRogers"で司会を務める。 |
| 2002年-毎週土曜日放送のFOXNewsCavutoonBusinessでレギュラーゲストになる。 |
| 2002年-シンガポールに移住。 |
投資
| 投資手法は保守的な"BUYANDHOLD"ではなくて、利益が出る状況に応じてロング(買い持ち)とショート(売り持ち)のどちらでもポジションをとり、投資対象も株式だけでなく通貨・商品と幅広く、また現物取引だけでなく先物取引やオプション取引も行う等、ジョージ・ソロスともに1970年代におけるヘッジファンドの先駆者であった。 |
| 国際情勢、マクロ経済、金融政策、社会のトレンドなどによる需給の変化を徹底的に調査して、そこから価格の大きな上昇または下落を予想してポジションをとる、後にグローバル・マクロと呼ばれたスタイルの走りでもあった。 |
| ただし、いつもポジションをとるのが早過ぎるとして、下手なトレーダーを自称しているクォンタム・ファンドを2人で始めたときは、ジム・ロジャーズがアナリスト的な役割で、ジョージ・ソロスがトレーダー的な役割だったと、"MarketWizards,JackD.Schwager著"の中で答えている。 |
| また、ジョージ・ソロスも自著"SorosonSoros"の中で、クォンタム・ファンド運営ではジム・ロジャーズがアナリストだったと述べている。 |
クォンタム・ファンド
| Arnhold&S.Bleichroeder勤務時にジョージ・ソロスに出会ったことがきっかけで、1973年、ジョージ・ソロスとともにクォンタム・ファンドを設立する。 |
| クォンタム・ファンドは10年の間に3365%のリターンを得た(ちなみにこの間、ダウ平均株価は20%上昇したにすぎなかった)。 |
| この成功とともに、juniorpartnerであったジム・ロジャーズがスタッフの増強に反対し"SorosonSoros",GeorgeSoros著,ISBN:978-0471119777"MarketWizards",JackD.Schwager著,ISBN:978-0887306105、クォンタム・ファンド運営の考え方に違いが生じたためジョージ・ソロスと袂を分かち、1980年にクォンタム・ファンドを去るとともに仕事を引退した。 |
RICI
| 1998年、RogersInternationalCommodityindex(RICI)を設立。 |
| このファンドは、1998年8月1日以来326%の上昇を達成している(2007年12月時点)。 |
| 2005年に、書籍''HotCommodities''を著し、従来の投資における考え方とは逆に、商品投資は最良の投資のひとつであることを示した。 |
| RICIのリターンは、1998年7月31日-2004年7月30日の6年間で次のようになっている(株式、債券、不動産と比較)。 |
| RogersInternationalCommoditiesIndex(RICI)+167.441%。 |
| S&P500Index-1.69%。 |
| LehmanLongTreasuryBondIndex+49.36%。 |
| VanguardREITIndex+28.04%。 |
| ちなみに、RICIと連動する日本のファンドとして、大和証券の「ダイワ・コモディティインデックス・ファンド」と三貴商事の「商品新時代」がある。 |
商品市場
| 1990年代から商品市場が強気相場になることを予見するとともに投資を実践し、21世紀初めの商品相場の高騰を的確に捉えた。 |
| 原油相場が100ドル(NYMEX:WTI先物)を超えた後も、大型油田の発見が無いことをもとに強気相場の終焉を否定しているBloombergTV,2008年9月25日。 |
| 2008年に発生した未曾有の金融危機の際にも、ファンダメンタルズが損なわれていないとして商品投資を奨めている |
中国市場
| 中華人民共和国の株式市場の将来性を高く評価して、積極的に中国株投資を行っていた。 |
| 「19世紀はイギリスの時代、20世紀はアメリカの時代、21世紀は中国の時代」と評して、中国に関する著書("ABullinChina")も発刊している。 |
| インドへの投資には懐疑的な見方をたびたび表明して、中国への投資が有望と一貫して主張し続けている |
| また、娘には中国語(Mandarin)を学ばせている。 |
| 2007年1月26日上海総合指数が2,800まで上昇すると中国株式市場のバブルを主張した |
| そして上海総合指数が6,000近くになると中国株に楽観的な考えを表明し、2007年10月には中国株式市場のバブル崩壊にもかかわらず中国株の長期投資を表明した |
| しかし、実際は2007年7月保有株が4倍になった時点で売り抜けていたと、中国で指摘された。 |
| 2009年7月に上海総合指数が3,300まで反発すると、株価上昇はファンダメンタルズに対して行き過ぎているとの見解を示す |
| なお、自身の中国株投資の運用成績は公表していない。 |
米ドル
| 米国経済の破綻によって米ドルは暴落すると主張し続けている。 |
| 自身は米ドル建て資産の処分と中華人民共和国の通貨である人民元の将来性を表明している |
旅
| 1980年代、中国の各地をオートバイで旅行。 |
| 1990年-1992年、オートバイで世界6大陸に渡って65,065マイルを走破(ギネスブック記録)。 |
| 1999年1月1日-2002年5月2日、メルセデス・ベンツで116カ国を走破(もう一つのギネスブック記録)。 |
| 総走行距離は、245,000キロメートルにも及んだ。 |
| レイフ・エリクソンのアメリカ大陸到達千年記念の日にアイスランドを出発し、2002年1月5日ニューヨークの自宅に到着した。 |
シンガポールへ移住
| 2007年に家族とともにニューヨークからシンガポールに移住した。 |
| 「1807年にロンドンに移住することはbrilliant(素晴らしい、明晰なこと)だった、1907年に米国に移住することはbrilliantだった、そして2007年にアジアに移住することが次のbrilliantにだろう |
| 」と英Telegraphのインタビューに答えている。 |
| 娘たちには将来を見越して、華僑圏で中国語を学ばせている人生と投資で成功するために娘に贈る12の言葉日本経済新聞出版社2007年4月28日出版。 |
中央銀行
| 米国の中央銀行(連邦準備制度理事会)の金融政策には厳しい見方をとることが多い。 |
| たとえば、2008年の金融危機の際には英Telegraphのインタビューの中で、米国の連邦準備制度理事会の低金利・過剰流動性や金融機関の倒産回避指向の政策を批判する一方で、高金利政策や預金準備率でインフレーション抑制策を重視していた中華人民共和国の中央銀行(中国人民銀行)を高く評価した。 |
家族
| 著書"AdventureCapitalist"にも登場する米国人女性と3回目の結婚をし、2003年に長女、2008年に次女をもうけている。 |
発言
| ロシア政府や、世界銀行から発表された情報を信じるなんて、正気か?。 |
| 自分で調べた会社の株を買いなさい。 |
| さもなければ、家で映画を見ているほうがいい。 |
| (他人からの情報を信じるな)。 |
| 幸運は、常に努力を怠らない人のもとへ訪れる。 |
| 口を開いてあれこれ喋って、自分が疑いようのない馬鹿だということを証明するよりも、黙っていて、他人に愚か者を見るような目で見られた方がよい。 |
| 中央銀行の連中は、木がなくなるまで紙幣を刷っているだけじゃないか?。 |
| 私の母でさえ、あれがバブルだと気づいていたよ。 |
| (90年代のハイテクバブルを指しての発言)。 |
| 子供や孫には、中国語を教えなさい。 |
| 2005年頃から株より商品先物相場を推奨していた。 |
| 彼の説によれば世界的な人口増加と発展により生活向上の変化から今までボックス圏で推移していた市場が底離れした事で大きく値上がると本などで紹介していた。 |
| またドル安を唱えて来ており、さらにリーマンショック後はユーロも通貨としてダメになったと説明している。 |
| 日本の株は子ども手当が政府の方針で出た事からサンリオの株を購入しておりそれが3年以上値上がりつ続けている。 |
| また2009年からゴールドに代わってシルバーも投資の対象となると積極的に自らも買い続けていた。 |
| 結局同氏の場合アナリストとして評価が高いのは、自分が買った物を人に勧めてさらにそれが上がり続けている事だろう。 |
| またサブプライムショックが2007年の夏に起きた頃、株式は殆ど手仕舞いして損失を出さなかったからだ。 |
| 同氏の場合、マクロエコノミーを中心にロングスタンスで需給の読みをしているため、一般的な投資家にとっても安心して同氏のアドバイスや相場観に適応できる。 |
| 同氏は日本の人口減少と円高問題によって基本的に日本の株を推奨してない。 |
| つまり人口が減少する国においてはかっての英国のように経済が鈍化することを予知していた。 |
| 逆に中国市場などは20年前から目をつけていた市場であり実際同氏の場合、世界中を旅して肌で国の人々の変化を感じ取っている。 |
| 同士は2009年からシルバーを集め、ドルやユーロの通貨の価値が下がることを主張している。 |
| 日本の経済の鈍化については政府が余計な支援をして駄目な会社を倒産させないのが問題であると指摘。 |
| 増刷で対応している事から通貨危機を問題視していた。 |
著書
| 「ジム・ロジャーズが語る商品の時代」(日経ビジネス人文庫、2008/10、ISBN4532194652)。 |
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1942年
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ジム・ロジャース(Jim Rogers)は、アメリカ... |
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1973年
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ジョージ・ソロスとともにクォンタム・ファン... |
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