| 1998年にはシングルスに先立ち、ウィンブルドンと全米オープンの混合ダブルス部門においてマックス・ミールヌイ(ベラルーシ)と組み、2大会連続優勝を遂げる。 |
| 1999年2月末の「パリ・インドア選手権」と3月前半の「エバート・カップ」で女子ツアーのシングルス2大会連続優勝を飾り、続く「リプトン国際選手権」で姉ビーナスとの“姉妹対決の決勝”に敗れたが、「16連勝」を挙げて世界の舞台に名乗りを上げた。 |
| (プロ初優勝のパリ・インドア決勝では地元フランスのアメリ・モレスモを破り、エバート・カップ決勝では12歳年上のシュテフィ・グラフを破っている)1999年の全米オープンで、「17歳11ヶ月」の若さで4大大会初優勝を達成。 |
| 決勝でマルチナ・ヒンギスを6-3,7-6で破り、1958年全米選手権のアリシア・ギブソン(1927年-2003年)以来2人目の黒人女性チャンピオンとなった。 |
| (ギブソンは1957年と1958年の全米選手権で大会連覇を達成した人である)姉よりも早くシングルス初優勝を決めたが、ビーナスは2000年のウィンブルドン選手権で妹に追いついた。 |
| left|170px|thumb|2002年。 |
| セリーナはその後、しばらく姉ビーナスの活躍の陰に隠れていた。 |
| 2001年の全米オープンで初めて「4大大会の姉妹対決決勝」を実現させるが、最初の時は姉に2-6,4-6で敗れている。 |
| 2002年の全仏オープンから2003年の全豪オープンまで「4大会連続」で姉妹対決の決勝を実現させ、妹のセリーナが4連勝を果たした。 |
| テニス4大大会の4連勝はシュテフィ・グラフ以来6人目の偉業達成となった(グラフは1988年に女子テニス史上3人目の「年間グランドスラム」を達成したが、1993年全仏オープンから1994年全豪オープンまでの4連勝も記録している)。 |
| この偉業を本人が「セリーナ・スラム」と命名した(姉妹が憧れてきたゴルフのタイガー・ウッズのメジャー大会4連勝が、同じく2年間にまたがる記録として“タイガー・スラム”と呼ばれたので、それにあやかっての命名であろう)。 |
| しかし2003年全仏オープンの準決勝でジュスティーヌ・エナン・アーデンに敗れて連勝記録が止まる。 |
| 続くウィンブルドン選手権でもう1度姉妹対決の決勝を戦い、この時も妹のセリーナが勝利した。 |
| その後姉妹2人ともに体調を崩し、2003年度テニス・ツアーの後半戦を欠場した。 |
| セリーナは2004年のウィンブルドン選手権決勝で17歳のマリア・シャラポワに敗れ、大会3連覇を逃した。 |
| しかし2005年の全豪オープン決勝でリンゼイ・ダベンポートを破り、2年ぶり2度目の優勝を果たす。 |
| 2006年は故障のため試合出場が少なかったが、2007年の全豪オープンでは世界ランキング81位のノーシードから勝ち上がった。 |
| 決勝で(3年前のウィンブルドン決勝で敗れた)マリア・シャラポワを6-1,6-2で破り、3度目の全豪優勝を達成。 |
| これでセリーナの4大大会シングルス優勝は「8勝」となった。 |
| 全豪オープンの女子シングルスでノーシードから優勝した選手は、1978年の優勝者クリス・オニール(オーストラリア)以来である。 |
| 2008年ウィンブルドンにおいて、セリーナとビーナスは5年ぶりに「4大大会の姉妹対決決勝」を復活させた。 |
| セリーナはこの大会の第6シードとして、準々決勝でアグニエシュカ・ラドワンスカ(ポーランド)、準決勝で鄭潔(中国)を破って勝ち進んだ。 |
| 決勝戦では姉のビーナスに5-7,4-6のストレートで敗れ、2007年全豪オープン以来の4大大会シングルス優勝を逃した。 |
| 姉ビーナスの勝利は2001年全米オープン以来となる。 |
| 北京五輪の女子シングルスでは、2人ともベスト8止まりに終わった。 |
| 全米オープンでは準々決勝が姉妹対決になり、セリーナがビーナスに勝利を収める。 |
| 6年ぶりの決勝戦で、セリーナはエレナ・ヤンコビッチ(セルビア)を6-4,7-5で破り、全米オープン女子シングルスで6年ぶり3度目の優勝を達成した。 |
| right|thumb|170px|2009年全豪オープンにて。 |
| 2009年の全豪オープンで、セリーナは決勝でディナラ・サフィナを6-0,6-3で圧倒し、2年ぶり4度目の全豪優勝を決めた。 |
| これでセリーナの4大大会女子シングルス優勝は「10勝」となり、9勝のモーリーン・コノリーとモニカ・セレシュを抜いて単独8位に躍進した。 |
| ウィンブルドンで、セリーナはビーナスとの2年連続の姉妹対決決勝を7-6,6-2で制し、6年ぶり3度目の優勝を決めた。 |
| これで4大大会の姉妹対決決勝戦は、妹セリーナの「6勝2敗」となった。 |
| 全米オープンでは準決勝でキム・クライシュテルス(ベルギー)との試合中に判定への不満から審判に暴言を吐き敗れ、テニス界史上最高額の罰金8万2500ドルの処分を受けている。 |
| 2010年は全豪オープンとウィンブルドンで連覇を果たし、4大大会女子シングルス優勝が単独6位になる13勝となった。 |
| だが、ウインブルドン以降故障により欠場を続け、世界ランキング1位を明け渡すことになった。 |
| セリーナ・ウィリアムズは姉のビーナスとともに、女子テニス界にパワーテニスを持ち込んだ選手であると言われる。 |
| 彼女たちのショットを見て“女子テニスの中に男子が混じっているようだ”と評されたことさえあったほどである。 |
| 特に、サービスのスピードは男子選手並みである。 |
| とはいえ、姉妹でダブルスでのキャリア・グランドスラムを達成したことからも分かるように、パワー一辺倒のプレーではなく、様々なショットをバランス良くこなし、その中で強打を生かすというプレーが見られる。 |
| 姉妹の4大大会ダブルス優勝は12度あり、オリンピックでもシドニー・北京の2大会で金メダルを獲得している。 |
| 初めて姉妹ダブルスで4大大会に出場した1998年全豪オープンでは、3回戦で日本の雉子牟田直子&宮城ナナ組に敗れるなど振るわなかったが、1999年全仏オープンの女子ダブルス決勝でマルチナ・ヒンギス&アンナ・クルニコワ組を破って初優勝して以来、姉妹で組めば無敵の強さを誇っていた。 |
| しかし、2003年のウィンブルドン女子ダブルス3回戦でエレーナ・デメンチェワ&リナ・クラスノルツカヤ組に敗れ、その後は姉妹のどちらかが体調不良となる大会が多く、なかなかこのペアで試合にエントリーできなくなっていたが、2008年ウィンブルドンでは決勝まで勝ち進み、リサ・レイモンド(アメリカ)&サマンサ・ストーサー組を6-2,6-2で圧倒、6年ぶり3度目の女子ダブルス優勝を果たした。 |
| 2009年は全豪オープンで6年ぶり3度目の優勝をし、ウィンブルドンから2010年全仏オープンで4大大会女子ダブルス4連勝を達成した。 |