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プロフィール
- ゾマホン・ルフィンとは
- 幼少期
- 日本への興味、中華人民共和国への留学
- 来日
- テレビタレントとして
- 人物
- ゾマホンの道徳論及び考え
- 日本観
- 世界や国・アフリカ
- ベナン
- 略歴
- 教育普及・医療・福祉・環境への取り組み
- バラエティ
- 関連サイト
ゾマホン・イドゥス・ルフィン(ZomahounIdossouRufin、1964年6月15日-)は西アフリカ・ベナン共和国出身でオフィス北野所属のタレント。タレントであり、映画監督でもあり俳優の ビートたけしの付き人でもある。上智大学大学院博士後期課程単位取得退学(社会学専攻)。 ベナン大統領特別顧問。NPO法人IFEの創立者であり、責任者。TBS系列のバラエティ番組「ここがヘンだよ日本人」で大 ブレイクした。芸名として二代目「 そのまんま東(そのまんまひがし)」を襲名している。親日家で、カトリック 信者でもある。幼少時にカト ...
幼少期
| 1964年6月15日に西アフリカ・ベナン共和国のダサズメ・イガンガン村で生まれた。 |
| 公務員の父の下、10人兄弟の末っ子として生まれる。 |
| しかしベナンの高い児童死亡率の例にもれず、ゾマホンの兄・姉に当たる兄弟は、2人を残して皆ゾマホンが生まれる前に死んでしまったという。 |
| ゾマホンの父は厳格で、幼少時のゾマホンにとっては非常に怖い存在であり、常に敬語を使って会話をしていたという。 |
| 15歳の時にその父が過労による病気で急死し、ゾマホンは父方の叔父の家のあるコトヌー市に移り、叔父の家に住まいながら中学校に通う。 |
| 当時のベナンにおける義務教育は有料であったが、父が教育に熱心で貧しい生活ながらも力を入れて子ども達を小学校に通わせたこともあり勉強好きな性格となり、その為もあって成績は非常に優秀で、1986年に当時ベナン唯一の国立大学であった国立ベナン大学(現国立アボメ・カラビ大学)に合格したが、父親が既に他界していたため、学費はもちろん、文房具を買うお金にさえも困っていた。 |
日本への興味、中華人民共和国への留学
| ゾマホンが日本に興味を持つようになったきっかけは、中学時代に授業で習った日本の「姿」であったという。 |
| 「日本人は、日頃から刀を差して歩いている。 |
| すぐにハラキリをする野蛮な人」という非常に野蛮な国と教えられたという。 |
| しかし、同時に日本がベナンとは比べものにならない程の先進国であることに強い疑問を抱き、それが日本に対する興味、やがて日本へ行ってみたいという気持ちにつながっていったという。 |
| しかし、中学生という年齢と父の死という大きな壁にぶつかり、その想いを諦めていたが、大学在学中に漢字に興味を持ったことがきっかけで、再び日本に対する興味が湧き、1987年に中華人民共和国の北京語言与文化大学に国費留学した当時、ベナンと中華人民共和国との間に国費留学の制度があり、また、中華人民共和国は日本と非常に近いためである。 |
| 日本との間にはそのような関係は当時まだない。 |
| ここでも彼は、大学で学びながらアフリカ諸国の特命全権大使の専属通訳のアルバイトをしたり、また、大使達の車の清掃のアルバイトをして得たお金を、母国の親族に送金していたという。 |
| 中学生時代からお世話になった叔父さん宅では、「お金に困っているから」というのがその理由だそうである。 |
| 大学では、中国文化と中国語を専攻し、孫文や孔子の思想を学んだ。 |
| 特に孫文の思想には大変共鳴するものがあったという。 |
来日
| 大学で4年間学び、さらにその上の修士課程で学んだ後に、中国で知り合った日本人の友人のつてを頼り、1994年、自費留学生として来日。 |
| 江戸川区・小岩にある学旺日本語学校(現・東京日英学院)に通いながら、数多くのアルバイトをこなした。 |
| 主として、日本留学の保証人になってくれた、高橋政昭経営のビデオカメラの把手部品の製造工場での仕事、また、中国語を教える講師の仕事、また、肉体労働の仕事等。 |
| 自費留学生の為に学費や生活費を稼ぐアルバイトも増えていき、また、午前中の日本語学校での生活もあり、睡眠時間は通常でも1日3~4時間、少ない時は1~2時間という生活を送る。 |
| (午前中は、日本語学校に通い、午後は、製造工場でのアルバイトを中心に、肉体労働の仕事をし、家につくのが午前3時で、そこから翌日の日本語学校の勉強をする為)また、食事も生活費を切り詰めるため、1日1食で、玉ねぎに塩をかけただけの食事や、炊いたご飯だけを食べて過ごしたり、公園などの水を飲んで食事は一切取らない時期もあったという。 |
| このような生活がたたり、胃潰瘍になり、胃カメラも体験したという。 |
| また、留学の際に保証人になってくれた高橋政昭経営のビデオカメラの把手部品の下請け製造工場での作業中に、激しい眠気が襲い、左手の人指し指を切断してしまう。 |
| 懸命な治療を受けたが、指は元に戻らなかった。 |
| そのため、現在も左手人差し指なしで生活をしている。 |
| ちなみに、この事件が起こったのが、工場での作業中だった為に、労災が降りて、それを大学院の学費に充てたという。 |
| また、病院での入院費その他の諸費用は、全て高橋政昭が出してくれたというしかし、ゾマホンは怪我をしてしまったことに対し、高橋に愚痴をこぼしたりはせず、逆に彼を素晴らしい人間と賞賛する。 |
| それは、見知らぬアフリカの男を信用し、保証人を買って出てくれたばかりか、自分の経営している工場で働く場を提供してくれたなど、日本での生活をかなりサポートしてくれたからだという。 |
| その結果、彼は自身最初の著作の中でも高橋を「私にとっての神様です」と評したり、また、最初のページに「故・高橋政昭氏に捧ぐ」と書いている。 |
| また、ゾマホンが「日本とベナンの間の掛け橋になりたい」という夢を掲げるようになったのも、高橋との出会い、願いからだったという。 |
| そのような生活の中で、1997年2月、上智大学大学院博士前期課程(修士課程)に合格する。 |
| 専攻は、文学部・社会学科。 |
| 修士論文のテーマは、「母国ベナンにおける初等教育復旧の問題点~日本と中国を比較して~」。 |
テレビタレントとして
| 1998年に高円寺のラーメン屋にて、稲川素子事務所のスカウトマンにスカウトされ、TBS系列ビートたけし司会の「たけし×世界バトルⅡここがヘンだよ日本人」という2時間スペシャルの特番に出演する。 |
| その際のゾマホンのコメントが好評を博し、「変なアフリカ人」という事で、以降、稲川事務所所属の外国人タレントとして、同テレビ局でレギュラー化された「ここがヘンだよ日本人」に出演するようになる。 |
| また、フジテレビ系人気バラエティ番組「笑っていいとも」にも出演するようになる。 |
| 特に「ここがヘンだよ日本人」での独特の訛りと、議論が白熱する際のエキセントリックなリアクションでお茶の間の人気を博し、様々な番組内でのコメンテーターとして主演。 |
| さらには「小学校建設」などの社会福祉的な活動をはじめ、自著まで出版するに至る。 |
| 来日当初から講演会に招かれることもあったようだが、その数がより一層増し、様々な学校や会社などで講演活動を行っている。 |
| ビートたけしを尊敬しており、現在はオフィス北野に所属。 |
| たけしの付き人をしているので、ビートたけしのTVタックルの5秒番組予告に付き人として、2010年5月21日にカンヌ映画祭で帰国したたけしの側にいるといった感じでテレビ画面に映る事がある。 |
| また、たけしの協力を得て、母国ベナンに学校を作る計画を実現した。 |
| しかし、このような活動で著名になった為に、同時に日本人による詐欺まがいの被害にあったり、マスメディアでの様々な虚偽に当たる内容のコメントを書かれたり、また、マスメディアによる激しいバッシングを受けたりする事もあり、それが数度に渡り続いた為に、一時期日本人に対して人間不信状態に陥った事もあると、二冊目の自著「ゾマホン大いに泣く、みなさま心よりありがとう」(河出書房新社刊)にて告白している。 |
| その際に、精神的に不安定になり、自殺を考えるような状態になったり、また、日本人全体に対する強い不信感を抱き、母国ベナンに帰郷しようと考えるような、非常に厳しい精神状態にも陥ったという。 |
| これらの経験により、日本人論として、「日本人は銃(等の武器)で人を殺すのではなく、言葉で人を殺す、また、行動様式で人を殺す」と述べている。 |
| これは一冊目の自著「ゾマホンのほん」においても、日本の教育上の問題で、同時に社会問題化しているイジメ問題についてのコメントにおいても、同じように述べている。 |
| これらは、本人の言によると、有名になった為で、有名税を払っているとも語っている。 |
| これらの経験を活かし、以前より、より一層の努力精進を重ねようと思うと、前向きな姿勢である事も同時に告白している。 |
| 2007年2月26日付『東京スポーツ』紙上で、従来「そのまんま東」の芸名を使用していた東国原英夫宮崎県知事が今後は政治家として本名で活動を行っていく方針を表明している事に伴い、ゾマホンが二代目「そのまんま東」の名前を襲名することが師匠のビートたけしより発表された。 |
| しかし、「そのまんま東」の芸名に関しては初代のイメージが強く定着していることや、本人も「ゾマホン」の名称が広く知られていることから、この襲名が一般に定着しているとは言い難い(たけしもテレビ番組ではゾマホンと呼んでいる)。 |
| また、最近になってオフィス北野所属で、マダ村越と一緒に「ゾマホンズ」という名のお笑いコンビを始めた。 |
| バラク・オバマの「YesWeCan」の物真似の直後にノッチの「ノッチでーす」の物真似をするというのを持ちネタの一つにしている。 |
人物
| 仕事で得た金で贅沢等は一切せず、2009年時点でも東京中野区の家賃3万8,000円、風呂なしのアパートで一人暮らしをしていると答えている。 |
| かなりの銭湯好きであり、来日当初から近所の「白鷺湯」という銭湯にほぼ毎日のように通っていたという。 |
ゾマホンの道徳論及び考え
| 以下、ゾマホンの道徳論や、様々な物事に対する考え方を、特に本人がはっきりと明言している事のみ、箇条書きにて列挙する。 |
| 項目を設けて整理してあるが、内容によっては2つ以上の項目に該当し、重複(ちょうふく)しているものもある。 |
日本観
| 日本の発展は、教育にある。 |
| 何故ならば日本人の識字率は、100%だから。 |
| 国を発展させ、先進国にするには、教育が必要不可欠である。 |
| 明治時代に日本が義務教育を開始したのは素晴らしい政策である。 |
| 江戸時代と明治時代の日本人は素晴らしい。 |
| それが為にヨーロッパの植民地にならなかった。 |
| また、鎖国政策をしながら、同時に教育は大事にした。 |
| 安全というのは、ゾマホンにとって非常に大切な事で、人間社会にとって必要条件であると考えている。 |
| 日本の子供達は、外国人(特にアメリカ人)のように、髪を染め、ミニスカートを履く。 |
| それは良くない。 |
| 本当のアフリカを知ってもらいたい。 |
| 経済的にも困っておらず、技術も備わっていて力のある日本のマスコミがそれをしない現状は日本国民を馬鹿にする最低の行為である。 |
| 日本人は自分たちもマスコミに騙されないよう「本当に知りたいものは、自分の目で見て確かめる」ということを忘れないで欲しい。 |
世界や国・アフリカ
| アフリカ人であれ-アメリカやヨーロッパで会える黒人は、黒人の顔をしたヨーロッパ人。 |
| 中国留学中に孫文の思想に非常に共鳴した。 |
| 何故ならば、彼の考えは、自分の為に努力するのではなく、公の為に、みんなの為に努力するという考え、それが自分の考えと同じだからである。 |
| それが毛沢東を愛する理由である。 |
ベナン
| :こういった姿勢を日本にやってくる他のベナン人留学生にも持ってもらいたいと考えており、彼らに留学してもそのまま日本に残るのではなく、将来的には必ずベナンに帰国するように言っているという。 |
略歴
| 2008年 オフィス北野所属のマダ村越と共に、お笑いコンビ・ゾマホンズを結成する。 |
| 2009年 ゾマホン名義のCD「どんぐり野郎」(ユニバーサルJ)で歌手デビュー。 |
教育普及・医療・福祉・環境への取り組み
| ゾマホンは、ベナンやアフリカの様々な問題(主として経済発展や民主化の促進、医療の復旧等)の解決のためにはどうするべきかと高校時代から悩んできたという。 |
| 当初はアフリカ文学により、それらの問題の解決を図ろうとしていたが、来日して日本人の識字率が100%である事を知り、大変驚いたという。 |
| 母国であるベナン共和国はかつてフランスの植民地で、現在も公用語はベナンの現地語ではなくフランス語である。 |
| そう考えたゾマホンは教育の重要性を痛感し、当初は「日本とベナンの間の掛け橋になりたい」という理由で、私財を投じて母国ベナン共和国に日本語学校を設立しようとしていた。 |
| しかし、ベナン北部のあまりの発展の遅れや初等教育が復旧していない現実に愕然とし、識字率を上げなくては日本語学校に通う学生もおぼつかないとして、小学校建設を決意。 |
| 同時期に河出書房新社から刊行していた「ゾマホンのほん」の印税の全てと、自身のアルバイト等の働きを通して得た私財を通して、2000年4月、ボルグー県コロボロルに「たけし小学校」を開校。 |
| これらの功績により、2001年に世界最優秀青年賞(国際青年会議所(JCI))、2002年にベナン共和国の国民栄誉賞を受賞。 |
| 「IFE」とは、ベナンの現地語で「愛・分かち合い」等の意味で、その財団を通じ、教育・医療の普及や貧困・テロの撲滅、日本の援助を実際に国民の手に届ける為の活動、人権・民主化の促進など、ベナンやアフリカ諸国を中心に国際社会全体への福祉活動をも実践している。 |
| 『素敵な宇宙船地球号』によれば、ベナンにあるかつて「アフリカのヴェネツィア」と呼ばれたガンビエのあるノコエ湖の水質浄化の活動をしている。 |
| ビートたけしや所ジョージらがベナンを救う運動をやっており、2009年1月2日に放送されたクイズ$ミリオネアに出演したたけしは、賞金1000万円を獲得したらベナンに学校を建設するための資金として全額を寄付すると宣言しクイズに臨み、たけしは見事1000万円を獲得。 |
| 2009年4月19日に放送されたテレビ朝日系の特番ではたけしが子供の給食費としてタレントに1万円の寄付を呼びかけ(これで1年分以上の給食費になる)、その際所の知り合いに作ってもらった子供の顔写真入りカードを渡す。 |
バラエティ
| あいのり(2008年5月26日/6月2日、フジテレビ系)-ベナンでのロケ。 |
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1964年
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ゾマホン・イドゥス・ルフィン(Zomahoun Ido... |
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1986年
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当時ベナン唯一の国立大学であった国立ベナン... |
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