| 320x320px|thumb|元妻のエリン・ノルデグレン。 |
| 1975年12月30日、アメリカ・カリフォルニア州サイプレスに生まれる。 |
| 父親アールは米陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」の退役軍人で、母親クンティダーはタイ人である。 |
| 1992年「ニッサン・オープン」でPGAツアー大会に初出場。 |
| 1994年-1996年全米アマチュア選手権に3連覇を達成。 |
| 1994年スタンフォード大学入学。 |
| 1995年マスターズ・トーナメント初出場。 |
| 予選を通過し、第3ラウンドを日本の尾崎将司選手と同組で回る。 |
| 1996年大学を2年で中退し、8月27日にプロ転向。 |
| 1997年4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ・トーナメント初優勝。 |
| 6月に初の世界ランキング1位になる。 |
| 9月からアサヒ飲料の缶コーヒー「ワンダ」のTVCMに出演し始める。 |
| 1998年11月に「カシオ・ワールド・オープン」で日本ツアー初出場。 |
| 1999年8月15日、全米プロゴルフ選手権で初優勝。 |
| 2000年全米オープン、全英オープン、全米プロゴルフ選手権でメジャー大会連続優勝記録会3連覇。 |
| これは1953年のベン・ホーガン以来47年ぶりの快挙。 |
| 第1回「ローレウス・スポーツ賞」の男子最優秀選手賞など、多数のスポーツ賞を受賞する。 |
| 前年8月末の「NEC招待選手権」から年2月の「AT&Tペブルビーチ・ナショナル・プロアマ選手権」まで、PGAツアー出場大会連続優勝記録6を達成。 |
| 2001年4月8日、マスターズ・トーナメントで4年ぶり2度目の優勝。 |
| 11月15日-18日に日本の「太平洋クラブ御殿場コース」(静岡県御殿場市)で開催された世界ゴルフ選手権の「EMCワールドカップ」に、デビッド・デュバルとのコンビで出場(この来日を機会に、ウッズの公式サイトが日本語版で読めるようになった)。 |
| 2002年マスターズと全米オープンで優勝。 |
| マスターズでの大会連覇は、1989年&1990年の大会を連覇したニック・ファルド以来12年ぶり、大会史上3人目となる。 |
| 11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」で4年ぶり2度目の日本ツアー出場。 |
| 2003年世界ゴルフ選手権の「アクセンチュア・マッチプレー選手権」で初優勝。 |
| 11月に「ダンロップ・フェニックス選手権」2年ぶり2度目の出場で日本ツアー初優勝。 |
| 2005年マスターズで4度目、全英オープンで2度目の優勝。 |
| 11月の「ダンロップ・フェニックス選手権」で横尾要とのプレーオフ(4ホール)を制して大会2連覇。 |
| 6月の全米オープンで予選落ちを喫し、(プロ転向後)1997年のマスターズ以来続けてきたメジャー大会の連続予選通過記録が「37」で止まった。 |
| 全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。 |
| 2007年アクセンチュア・マッチプレー選手権3回戦でニック・オハーン(オーストラリア)に敗れ、前年の全英オープンからの連勝は7で止まったが、自己の持つPGAツアー出場大会連続優勝記録は更新。 |
| 復帰戦となった全米オープンでロッコ・ミーディエートとの死闘(72ホール+18ホールのプレーオフ+1ホールのサドンデス=計91ホール)を制し、32歳6ヶ月で「トリプル・グランドスラム」を達成。 |
| アクセンチュア・マッチプレー選手権で8か月ぶりにツアー復帰し、3月末の「アーノルド・パーマー招待選手権」で優勝。 |
| 7月の全英オープンで予選落ちし、彼にとっては2006年全米オープン以来3年ぶり、プロ生活5度目の予選落ちとなったが、その2週間後のビュイック・オープン、3週間後のWGCブリヂストンインビテーショナルで連続優勝を飾りPGAツアー通算「70」勝を達成。 |
| その翌週の全米プロゴルフ選手権では2位に終わり5年振りのメジャー無冠となるとともに、過去のメジャーで3日目の時点で首位に立っていた場合の勝率は100%だったが、初めて勝利を逃す結果になった。 |