| 漫才ブーム隆盛当時、一般の芸風としてボケとツッコミを早口で捲し立てる「掛け合い喋繰り」が幅を利かせていたが、その中において松本と浜田の妙に間の開くシュールな漫才スタイルは異質な存在であった。 |
| この喋りのテンポが遅い点を指摘した島田紳助は芸風の方向性を松本に問いただすと、問われた松本は模索中ながらもある程度の確信がある旨を明かす。 |
| 後に紳助は、ダウンタウンの漫才(の方向性が正しかった事)に衝撃を受け、同時にそれまで培った漫才がすでに通用しなくなっている現状を自覚する事になる。 |
| これが漫才を引退するきっかけとなりダウンタウンDXゲスト:島田紳助から、紳助・竜介を解散した紳助は、記者会見の席上で解散の理由について、「うめだ花月で巨人・阪神とか、サブロー・シローとか、ダウンタウンを見てると(自分達は)明らかに負けている。 |
| それが悔しくて辛い」と述懐した。 |
| かつて関西ローカルで放送されていた番組等で番組観覧者に若年の女性層が多かった事から、芸風が若年層に向けた漫才のスタイルのイメージが幅広く定着する事になるが、舞台上では子供から老人まで幅広い年齢層を笑わせ、その場の観客に合わせたネタを即興で駆使するテクニックがズバ抜けており、それを舞台袖で観ていた芸人達は、そのネタの的確さと柔軟なスタイルに感心していたという。 |
| 上岡龍太郎は「昔はボケもツッコミも観客から見下されていた。 |
| それがコント55号ではツッコミ(萩本欽一)が客よりも高い位置に行った。 |
| ツービートはボケ(ビートたけし)が客よりも高くなった。 |
| ダウンタウンは2人とも客よりも高い位置で芸をやっている。 |
| これからの漫才(≒コンビ芸)はどうなるんやろ」と評した。 |
| ダウンタウンの漫才は、前述の島田紳助を始め一部の芸人からは高い評価を受けていたが、漫才師や演芸評論家の中には酷評する者も少なくなかった。 |
| 特に横山やすしは、『ザ・テレビ演芸』内のコーナー、新人勝ち抜きオーディションにライト兄弟の名で出場した際、家庭内暴力についてのネタを披露したところ、二人の漫才を「チンピラの立ち話」と酷評し、「テレビでやるものではない」と叱責した。 |
| やすし以外にも、NHK上方漫才コンテストでは大爆笑をとったにも関わらず、最優秀新人賞を逸し(トミーズが受賞)、ABCお笑い新人グランプリでは最優秀新人賞をとったが、一部の審査委員から「理解出来ない」「(観客には)受けていたようだが、どこが面白いのか分からなかった」と酷評されている。 |
| 後に、松本はやすしが酷評した事に対し、「チンピラの立ち話で結構。 |
| チンピラが立ち話をしていて聞いてみたら面白かった、それこそがオレの目指す漫才」「ベテランの『漫才とはこうあるべき』という押し付けが漫才を衰退させる」と、自身の著書『遺書』において反論している。 |
| 他にも読売テレビで生放送された『100万円争奪!爆笑エンターティナー全員集合』というお笑い勝ち抜き番組に新人時代のダウンタウンが独特なシュールな漫才を披露し、持ち時間を余らせて終了したところ審査員だった藤本義一に「真面目にやれ」などと怒られ松本が「こんな所、二度と来るか」と生放送中に憤慨したという。 |
| この様な事がありその後、松本は自著『遺書』において藤本を「素人以下」など痛烈に批判している。 |
| お笑い芸人を劇的に増やしたのは、この2人の芸風が簡単に見えて、誰でも出来そうに思われた事が影響したとも言われている。 |
| これは、ダウンタウンが1期で卒業したNSCの創設も関係しており、島田紳助はダウンタウンとの対談でそのことに言及し、「ダウンタウンはしっかりとした漫才ができているうえでの芸風だが、初めからダウンタウンと同じような芸風でやろうとしている芸人が多い」と過去に指摘していた。 |
| ダウンタウンと同期で友人のトミーズ雅も「みんな松本のダラダラしたしゃべりの表面だけ真似してるけど、それだけじゃ駄目。 |
| 松本は本当は150km/hの球を投げることができるのに、それをわざと100km/hで投げている。 |
| 他の奴らは110km/hしか投げられないのに100km/hで手を抜いている」と評している。 |
| 『アメトーーク!』での東野幸治曰く、若手芸人たちは一度はダウンタウンの芸風に感化されて、特に松本のポーカーフェイスなボケのスタイルを真似してしまう事が多いらしく、そう言った状態のことを「ダウンタウン病」と評している。 |
| その時に山崎弘也(アンタッチャブル)は、デビュー当時の芸風が現在と全く違っていたことを突っ込まれると、「(当時は)松本さんの様に、ボケをクールにやらないと売れないのかと思っていた」と回顧している2009年6月23日放送回『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!後輩の山崎に憧れている芸人』より。 |
| ダウンタウンとしての本格的な漫才は、ビデオ『ダウンタウンの流』を最後に披露していないが、その後も自身を「漫才師」と称している。 |
| 『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』でのフリートークと漫才では、もしかしたら調子の良い時のトークに漫才が負けてしまうかもしれないと語っていた。 |
| ダウンタウンの漫才の大半は、2009年現在、ビデオ・DVD化されておらず、見ることが難しい状況になっている。 |
| しかし、松本と浜田の二人の間ではコンビ解散のときは最後になんば花月で漫才をやろうと決めている松紳にて島田紳助からのダウンタウンの最後はどうするのか?という問いに対しての松本の発言などより。 |
| 第10回(2010年)M-1グランプリに審査員として松本が出演した際は「漫才の歴史は彼(ダウンタウン)以前、彼以後に分かれる。 |
| 」「全芸人がリスペクトする、笑いの生きる伝説」と登場時に紹介された。 |