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プロフィール
- ダリル・スペンサーとは
- 来歴・人物
- 年度別打撃成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
ダリル・スペンサー(DarylDeanSpencer,1929年7月13日-)は、アメリカ合衆国カンザス州出身の元プロ野球選手(内野手)・プロ野球指導者。
来歴・人物
| また1965年には打撃好調で、当時パシフィック・リーグ最強打者として君臨していた野村克也(南海)と激しい三冠王争いをした。 |
| このとき野村に三冠王を取らせようというような雰囲気があったらしく、スペンサーと対戦する投手はことごとく四球攻撃をした。 |
| 特に8月14日から8月15日にかけては東京オリオンズの投手陣により8打席連続で歩かされた。 |
| 8月15日のダブルヘッダー第1試合の先発は「精密機械」の異名をとる大投手小山正明であったが、スペンサーに対しては4打席全てでストレートの四球であった。 |
| 第2試合も2打席連続四球で、しびれを切らしたスペンサーは次の打席で敬遠球を無理矢理打ち、連続四球は8打席で終わった。 |
| この8打席連続四球は当時の日本記録である。 |
| また、10月3日には野村克也率いる南海と対戦。 |
| このときスペンサーはバットのグリップとヘッドを逆さまに構えて打席に立つという抗議行動に出た。 |
| しかし南海は、その打席でもスペンサーを敬遠した。 |
| 度重なる四球攻撃で徐々に調子を崩し、さらにはシーズン残り2週間というところで交通事故に巻き込まれて左足を骨折し、欠場を余儀なくされた。 |
| スペンサーは最高出塁率のタイトルを獲得したものの、野村の.320、42本塁打、110打点には届かず戦後初の三冠王を許す結果となった。 |
| 来日4年目の、38歳となったスペンサーはなお30本塁打を放ち阪急のパ・リーグ初制覇の原動力となった。 |
| 実はこの年の開幕前、阪急西宮球場のラッキーゾーンが3m前方に移設されていた。 |
| これは30本打つための条件としてスペンサーが球団に要望し実現していたものであった。 |
| 阪急のヘッドコーチであった青田昇は、"D"(スペンサーのこと)こそが史上最高の外国人選手であると評している。 |
| 技術・パワー・走塁など全てが桁外れであったと回想している。 |
| 伊東一雄の愛称「パンチョ」の名付け親である。 |
| メジャーリーグ時代にワイルドランナーとして知られており、日本でも危険な走塁を何度か試みている。 |
| 野村克也などはスペンサーがホームに突っ込んでくると、最初からへっぴり腰だったという。 |
年度別打撃成績
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
| NYG(ニューヨーク・ジャイアンツ)は、1958年にSF(サンフランシスコ・ジャイアンツ)に球団名を変更。 |
表彰
| ベストナイン:2回(1964年、1965年)。 |
| 日本シリーズ優秀選手賞:1回(1967年)。 |
| 日本シリーズ打撃賞:1回(1968年)。 |
| オールスターゲームMVP:1回(1965年第1戦)。 |
記録
| オールスターゲーム出場:2回(1964年、1965年)。 |
| サイクルヒット:1回(1965年7月16日、対近鉄バファローズ戦、西京極球場) ※史上23人目。 |
背番号
| 30(1952年)。 |
| 12(1953年)。 |
| 20(1956年-1961年)。 |
| 7(1961年)。 |
| 20(1962年-1963年)。 |
| 9(1963年)。 |
| 25(1964年-1968年、1971年-1972年)。 |
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1929年
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ダリル・スペンサー(Daryl Dean Spencer , ... |
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1965年
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打撃好調で、当時パシフィック・リーグ最強打... |
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