| 1997年10月11日、アメリカ合衆国アイオワ州で開催された「TheContenders」(組み技限定の格闘技イベント)でフランク・シャムロックと対戦。 |
| 開始56秒、アンクルホールドで一本負け。 |
| 1998年5月15日、UFC17で行われたUFCミドル級(現ライトヘビー級)トーナメントにおいて、アラン・ゴエス、カーロス・ニュートンに判定勝ちし優勝を果たした。 |
| 1999年10月28日、リングスKOKトーナメントに参戦。 |
| 予選Aブロックで、ゴキテゼ・バクーリ、金原弘光に勝利。 |
| 翌2000年2月26日、リングスKOKトーナメント決勝ラウンドで、ギルバート・アイブル、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ、レナート・ババルとすべて判定勝ちし、優勝を果たした。 |
| 2000年12月23日、PRIDE初参戦となったPRIDE.12でヴァンダレイ・シウバと対戦、シウバをKO寸前まで追い詰めるも、判定負け。 |
| その後、PRIDEにおいてヘンゾ・グレイシー、ムリーロ・ニンジャなどに勝利する。 |
| 2003年11月9日、『PRIDEGRANDPRIX2003決勝戦』のミドル級GPリザーブマッチでムリーロ・ブスタマンチに、パウンドによるTKO勝ち。 |
| 2005年4月23日、『PRIDEGRANDPRIX2005開幕戦』のミドル級GP1回戦でアントニオ・ホジェリオ・ノゲイラに一本負け。 |
| その後、本来の階級であるウェルター級(83kg級)に転向。 |
| 2005年9月25日、ウェルター級トーナメントに参加。 |
| 1回戦で長南亮にKO勝ち、続いて行われた準決勝でも郷野聡寛をKOで破り、ウェルター級GP決勝に進出、2005年12月31日のPRIDE男祭り2005でムリーロ・ブスタマンチを判定で破り優勝した。 |
| その後、2006年3月31日に正式な認定を得て、初代PRIDEウェルター級王者となる。 |
| 2006年に行われた『PRIDEウェルター級GP2006』では、8月26日、シード参戦で挑んだ2回戦で三崎和雄に判定負け。 |
| 2007年2月24日、PRIDE.33にてヴァンダレイ・シウバをKOで破りミドル級タイトルを獲得、PRIDE史上初の2階級王者となる。 |
| 2007年5月26日のUFC71に来場。 |
| 新ライトヘビー級王者クイントン・"ランペイジ"・ジャクソンの持つ王座への挑戦を表明し、ジャクソンもこれを快諾。 |
| 2007年9月8日、UFC75でのライトヘビー級王座戦では3-0の判定負けを喫し、王座には届かなかった。 |
| また、この試合でUFC・PRIDEのライトヘビー級王座が統一され、PRIDEミドル級王座は消滅した。 |
| 従来のライトヘビー級からミドル級へ階級を下げ、2008年3月1日のUFC82でアンデウソン・シウバとUFC世界ミドル級・PRIDEウェルター級王座統一戦で対戦。 |
| チョークスリーパーで敗れ、PRIDEウェルター級王座を失った。 |
| この試合はファイト・オブ・ザ・ナイトとなった。 |
| 2008年9月6日、UFC88でホジマール・パリャーレスに判定勝ち。 |
| UFC17以来、10年3か月ぶりのUFCでの勝利であった |
| 2009年、リアリティ番組「TheUltimateFighter」シーズン9にてチームUSのコーチを務め、7月11日のUFC100ではチームUKのコーチであったマイケル・ビスピンと対戦。 |
| 右フックでダウンを奪った直後の飛び込みながらのパウンドでKO勝ちを収め、ノックアウト・オブ・ザ・ナイトを受賞した |
| その後、UFCとの契約交渉がまとまらず、2009年12月に競合団体Strikeforceと契約した |
| 2010年4月17日、Strikeforce:Nashvilleにおいてジェイク・シールズの持つ世界ミドル級王座に挑戦。 |
| 1Rにはパンチでダウンを奪ったが2R以降は優位なポジションを取られ続け、判定負けにより王座獲得には至らなかった |
| 2010年12月4日、Strikeforce:Hendersonvs.Babalu2でレナート・ババルと対戦し、パウンドによるKO勝ちを収めた |
| 2011年3月5日、Strikeforce:Feijaovs.Hendersonで行なわれたStrikeforce世界ライトヘビー級タイトルマッチでハファエル・フェイジャオと対戦し、TKO勝ち。 |
| 2011年7月30日、Strikeforce:Fedorvs.Hendersonのメインイベントでエメリヤーエンコ・ヒョードルとヘビー級契約で対戦し、TKO勝ち。 |
| ヘビー級契約ながら前日計量では94kgほどでヒョードルとは約7kg差あった。 |