| 高校卒業時に身長190cm以上あったほどの巨漢。 |
| その恵まれた体格を活かし大学中退後、シルムの選手となり、日本の相撲の横綱に相当する「天下壮士」の大会で優勝し、天下壮士となる。 |
| シルム時代にはテレビ番組で韓国巡業中の朝青龍とも対面、日韓横綱対決と称してリンゴを握り潰すなど才覚を競っていた。 |
| だが、2004年12月6日に所属チームが解散し、その後参戦を考えていたK-1に参戦。 |
| 2005年3月19日、デビュー戦になったK-1WORLDGP2005INSEOULのASIAGPで若翔洋、曙、ガオグライ・ゲーンノラシンを破り優勝。 |
| GPへの出場権を手に入れた。 |
| 2005年9月23日、K-1WORLDGP2005INOSAKA開幕戦で行われたGP1回戦でボブ・サップと対戦し勝利を収め、GP決勝ラウンドへの出場権を手に入れた。 |
| 2005年11月19日、K-1WORLDGP2005INTOKYO決勝戦で行われたGP準々決勝でレミー・ボンヤスキーと対戦するも判定負け。 |
| 2006年6月3日、K-1WORLDGP2006INSEOULでセーム・シュルトと対戦し、2-1の判定勝ち。 |
| しかし、手数・有効打共に圧倒されながらも勝利したことから、雑誌等に「疑惑の判定」と取り上げられることになった。 |
| 2006年9月30日、K-1WORLDGP2006INOSAKA開幕戦で行われたGP1回戦で、彼がデビュー前から見ていた憧れの人というジェロム・レ・バンナと対戦。 |
| 延長ラウンドまでもつれ込んだが、判定負け。 |
| 2006年12月31日、K-1PREMIUM2006Dynamite!!でボビー・オロゴンとHERO'Sルールで対戦。 |
| 開始16秒パウンドでTKO勝ち。 |
| 2007年3月4日、K-1WORLDGP2007INYOKOHAMAでマイティ・モーと対戦。 |
| モーの右フックによりK-1キャリアで初となるダウンを喫し、KO負け。 |
| 2007年6月2日、Dynamite!!USAでブロック・レスナーと総合格闘技ルールで対戦予定であったが、カリフォルニア州アスレチック・コミッションのメディカルチェックにより直前で出場できなくなった。 |
| 原因は、病院でMRI撮影を受けた結果、脳に腫瘍が見つかったことによるが、それはホンマンの巨人症の原因と推定されるものであり、試合には影響しないとの医師の診断もある。 |
| 当日、開会セレモニーで行われた聖火リレーに参加した。 |
| 2007年9月29日、韓国ソウルで開催されたK-1WORLDGP2007INSEOULFINAL16に開催国推薦選手として出場。 |
| GP1回戦でマイティ・モーと再戦。 |
| 2Rにローキックでダウンを奪い、2-0で判定勝ち。 |
| 10月4日にK-1競技委員会より発表があり、2Rのダウンは金的付近に当たった不可抗力のアクシデントだったとしてダウンを取り消したが、判定による勝敗には影響がないとされている。 |
| このことについてホンマンは、「ローブローはまったく当たっていません。 |
| 」と笑いながらコメントしたが、スロー映像ではハッキリと金的に直撃している様子が映っており、審判からの注意もない為何度も繰り返し前蹴りを放っていた。 |
| 2007年12月31日、やれんのか!大晦日!2007でエメリヤーエンコ・ヒョードルと対戦し、腕ひしぎ十字固めで一本負け。 |
| 2008年4月20日、兵役のため韓国軍に入隊するも、「身長196cm、体重130kg以上の場合は、兵役が免除される」という規定により3日後の4月23日に除隊となった |
| なお、これについて韓国のネット上でバッシングを浴びた。 |
| 2008年6月10日、脳腫瘍(脳下垂体腺腫)の除去手術を受け成功。 |
| 2008年9月27日、K-1WORLDGP2008INSEOULFINAL16でバダ・ハリと対戦し、2Rにダウンを奪うも攻めきれず判定でドローとなり、肋骨の負傷により延長戦開始前にセコンドからタオルが投入されTKO負け。 |
| 2008年12月6日、K-1WORLDGP2008FINALのリザーブファイトでレイ・セフォーと対戦し、判定負け。 |
| 試合後には谷川貞治に「前より悪くなっています。 |
| K-1のスピードがせっかく凄くなっているので、彼みたいなタイプは生態系を破壊してしまう。 |
| 総合格闘技なら持ち味を発揮できそうなので、やってもらいたい。 |
| 」と評価された |
| 反省がない」]GBR2008年12月7日。 |
| 2008年12月31日、Dynamite!!〜勇気のチカラ2008〜でミルコ・クロコップとDREAMルールで対戦。 |
| 両者にイエローカードが提示されるほど両者とも手が出ない試合となったが、左ローキックでKO負けを喫した。 |
| 2009年5月26日、DREAM.9のスーパーハルクトーナメント1回戦でホセ・カンセコと対戦し、パウンドでKO勝ち。 |
| 2009年10月6日、DREAM.11のスーパーハルクトーナメント準決勝でミノワマンと対戦し、踵固めで一本負け。 |