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プロフィール
- ディオン・サンダースとは
- 人物・来歴
- アメフト選手として
- メジャーリーガーとして
- NFLでの成績・獲得タイトル等
- 関連項目
ディオン・サンダース(DeionLuwynnSanders,1967年8月9日-)は、アメリカ合衆国フロリダ州フォートマイヤーズ出身のアメリカンフットボール(主にコーナーバック、 リターナー)及びプロ野球選手(外野手、左投げ左打ち)。NFLとMLBの同時出場を果たしたマルチアスリート。現在はスポーツ・コメンテーターを務めるほか、アリーナフットボールのオースティン・ラングラーズのオーナーを務める。2011年、プロフットボール殿堂入りした。ニックネームは「ネオン・ディオン」(NeonDeion)又は「 プライム・タイム」(PrimeTime)。プレーも言動も派手であり、ファッションも普段 ...
人物・来歴
| 北フォートマイヤーズ高ではアメフト・野球に加えバスケットでも活躍し、3つのスポーツでフロリダ州の賞を受賞している。 |
| 卒業時に野球のカンザスシティ・ロイヤルズからドラフト指名を受けるが、この時には入団を拒否している。 |
| フロリダ州立大学に進学し、こちらではアメフト・野球の他に陸上競技(短距離)選手としても試合に出場した経験を持つ。 |
| アメフトでは1987年、1988年の2年連続全米大学選抜チームに選出され、1988年にはジム・ソープ賞(1986年に創設された優秀なコーナーバックに与えられる賞、原則として各年度で全米1名)を受賞した。 |
| 1989年5月31日にヤンキースでメジャー昇格。 |
| この際にはすぐにマイナーリーグに降格。 |
| この年6月のNFLドラフトでアトランタ・ファルコンズから一巡目(全米5位)で指名されるが、入団交渉は難航し、その間に再びヤンキースに昇格し、まずまずの活躍を見せるが、8月末にファルコンズとの契約が合意に達し、すぐにキャンプに参加。 |
| 開幕戦でタッチダウンを記録し、「同じ週にMLBでホームランを打ち、NFLでタッチダウンを記録した最初の(2010年時点で唯一の)選手」となった。 |
| その後も、NFL、MLBの両スポーツで現役選手を続けた。 |
| 9月には両方のシーズンが重なるが、原則としてNFL優先であった。 |
| (もう一人の兼業選手ボー・ジャクソンはMLB優先であった)。 |
| また、野球では1991年、1992年とワールドシリーズに出場(いずれも敗退)し、アメフトでは1995年、1996年にスーパーボウルに出場(いずれも勝利)し、「ワールドシリーズとスーパーボウルの両方に出場した最初の(2010年時点で唯一の)選手」にもなっている。 |
| 派手なファッションを好み、言動も派手で、チーム批判やチームメイトとの論争も多く、チーム内ではトラブルメーカーの一面があり、それも影響して両方のスポーツでチームを転々とすることともなる。 |
| 以下、MLBでは1997年まで(途中引退時期あり)現役を務め、NFLに専念するが2000年で(一時)引退すると、翌2001年には1年だけMLBに現役復帰。 |
| そして、NFLでも2005年に1シーズンだけ現役に復帰した。 |
| (以下、それぞれの種目での詳細は各項目を参照)。 |
| 1991年、MLBではアトランタ・ブレーブスに移籍し、故障者が続出した中でプレイオフ・ワールドシリーズを戦うチーム事情にあってヘリコプターをチャーターしての同時二刀流に挑戦した。 |
| 後述のように、アメフトでは一流選手であったが、野球選手としては打力不足であった。 |
| また、1994年12月26日にはラップのシングル、アルバムを発売。 |
| また、MCハマーのプロモーションビデオにも出演している。 |
| 現役時代にはナイキ、ペプシ・コーラ、バーガーキング、ピザハット、アメリカン・エクスプレス等多数のCMに出演した。 |
| そのナイキからは「ダイヤモンドターフ」という名のシグネチャーモデルのシューズが発売されていたが、シンボルはNFLとMLBの『両刀使い』から取った、野球のホームベースとアメフトのゴールポストを組み合わせたものであった。 |
| また、1997年の自殺未遂(後述)の後、キリスト再降臨者になっている。 |
| 2011年2月5日にプロフットボール殿堂入りが決まった。 |
アメフト選手として
| 先述のように1989年のドラフトでアトランタ・ファルコンズから一巡目(全米5位)で指名され入団。 |
| コーナーバック(以下CB)、キックオフリターナー(KR)、パントリターナー(PR)、時折ワイドレシーバー(WR)として活躍した。 |
| 1992年(2月)に初のプロボウル出場を果たすプロボウルはスーパーボウルの1週間後にシーズンの締めくくりとして開催されるため、1992年のプロボウルは1991年の成績に基づいて選出されたものである。 |
| 以下もプロボウルの選出年度に関しては開催年度で表記するが、いずれもその前年の活躍に応じて選出されている。 |
| 1992年にはキックオフ・リターンで1,067ヤード、平均26.7ヤード、2リターンタッチダウンを記録(いずれもリーグ1位)し、1993年にはキャリア最高の7インターセプトを記録。 |
| 1993年、1994年にもプロボウルに出場している。 |
| ただし、本拠地ジョージア・ドームに不満を漏らすなど、野球だけでなくアメフトでも問題児ともなった。 |
| ただし、実力の方は高く相手QBがサンダースの居るサイドにはパスを投げにくくなり、インターセプトの数はそれほど伸びなくなったが、1992年のプロボウルでは、ジム・ケリーからスティーブ・タスカーにサンダースと反対サイドに投げられたパスを見事にインターセプトした。 |
| 背番号「21」は、アメフトにおいてはディオン・サンダースの背番号というイメージが強かった(野球でも一時背番号21をつけていた)。 |
| 1994年にはサンフランシスコ・フォーティナイナーズに移籍し、前年まで在籍していたファルコンズ戦で、ジョージア・ドームでインターセプト・タッチダウンを記録するなど活躍し、チームをスーパーボウル制覇に導く活躍をあげ、自身も最優秀守備選手に選出された。 |
| しかし、WRジェリー・ライスとの確執もあり、1年限りで移籍することとなる。 |
| なお、この年にはプロボウルの出場を辞退している。 |
| 数チームによる争奪戦の末、1995年9月9日に、ダラス・カウボーイズと7年総額3500万ドル、プラス契約金約1300万ドル実際には1299万9999ドル99セントで、1300万ドルに1セント足りない金額であった。 |
| で契約。 |
| この時点でNFLの守備選手として最高給選手となった。 |
| この時点でアメフト専念を発表(のち撤回)。 |
| 後年、オークランド・レイダーズの方がサラリーの提示額は高かったが、親友であるWRマイケル・アービンが居ること、スーパーボウル制覇を狙えるチームという理由でカウボーイズを選んだと語った。 |
| この1995年シーズンにも自身2度目のスーパーボウル(開催は1996年)制覇を成し遂げた。 |
| スーパーボウルではWRとしても47ヤードのレシーブを記録し、(現時点で)史上唯一の「スーパーボウルでパスレシーブとパスインターセプトの両方を記録した選手」となっている。 |
| カウボーイズには結局5シーズン在籍し、全てのシーズンでプロボウル出場を果たしたが、先述の1996年を最後にスーパーボウル出場はならなかった。 |
| 自身も悩み、1997年には未遂に終わったが自殺を試みている。 |
| カウボーイズとの契約を2年残して2000年にワシントン・レッドスキンズに移籍し、1年限りで引退し、野球に専念した(こちらは2001年限りで引退)。 |
| その後、2004年にボルチモア・レイブンズと年俸150万ドルで契約し現役復帰。 |
| 本来の背番号「21」ではなく、当時の年齢「37」を背番号に選ぶ。 |
| 10月24日のバッファロー・ビルズ戦では自身9度目のインターセプト・タッチダウンを記録したほか、5インターセプトを記録するが、結局1年限りで再度の引退となった。 |
| 大学とNFLの両方でブレット・ファーヴのパスをインターセプトした唯一の選手でもある。 |
| 1990年代のオール・ディケイド・チームにも選出されている。 |
| そして、先述の通り2011年にプロフットボール殿堂入りが決まり、同時に選出されたマーシャル・フォークらと喜びを分かち合った。 |
メジャーリーガーとして
| 元は高校時代ののMLBでカンザスシティ・ロイヤルズから6巡目で指名されたが、契約せずにフロリダ州立大学に進学。 |
| アメフトでその能力を遺憾なく発揮していた通り、野球でも守備と足は一流であったが、打力不足もあり、またその派手な言動がチーム内外で顰蹙を買うことも多く、1991年にはアトランタ・ブレーブスに移籍。 |
| この年にはファルコンズの試合(マイアミ・ドルフィンズ戦)に出場した後ヘリコプターで移動してピッツバーグ・パイレーツとのナ・リーグチャンピオンシップシリーズに出場する「同時二刀流」に挑戦。 |
| チームはワールドシリーズ出場を果たしミネソタ・ツインズに敗れはしたものも、後年のスーパーボウル出場と合わせて、「ワールドシリーズとスーパーボウルに出場した最初の選手」という称号を得た(現時点でも唯一の選手である)。 |
| 1992年には開幕から打撃好調で、前半戦はレギュラーに定着。 |
| 特に序盤戦活躍し、97試合で打率.304、盗塁26を記録。 |
| 三塁打14はこの年メジャー全体で1位であった。 |
| この年もチームはワールドシリーズ出場を果たす。 |
| 今度はトロント・ブルージェイズに敗れたが、8安打を放って打率.533を記録。 |
| 1994年途中にはシンシナティ・レッズに移籍するが、この年には38盗塁を記録。 |
| 翌1995年途中にサンフランシスコ・ジャイアンツに再び移籍5対4の交換トレードであったが、レッズからジャイアンツに移籍した選手の中にスコット・サービス(元中日ドラゴンズ)もいた。 |
| し、この年も28盗塁を記録するが、9月にNFLカウボーイズと大型契約(先述)を結んだ時点で「NFL専念」を宣言し、一時MLBからは離れる。 |
| しかし前言を撤回して1997年には再びレッズと契約。 |
| この年には115試合に出場して、ほぼレギュラーとしての起用で、打率こそ.273に終わったが、自己最多の56盗塁(ナ・リーグ2位、盗塁王はトニー・ウォマック=当時パイレーツで60盗塁)を記録。 |
| この時点で30歳であった。 |
| その後再び野球から離れたが、2001年に再度レッズと契約し、32試合に出場したのを最後にメジャーからは退いている。 |
NFLでの成績・獲得タイトル等
| 14シーズンの通算成績。 |
| (インターセプトリターン9回、パントリターン6回、キックオフリターン3回、レシーブ3回、ファンブルリカバー1回)…守備+リターンの通算19タッチダウンはNFL史上最多。 |
| インターセプト52回(1,331ヤード獲得、平均25.1ヤード)。 |
| ファンブルリターン4回(15ヤード獲得)。 |
| キックオフリターン155回(3,523ヤード獲得)。 |
| パントリターン212回(2,199ヤード獲得)。 |
| NFL最優秀守備選手1回(1994年)。 |
| プロボウル選出8回(1992年、1993年、1994年、1996年、1997年、1998年、1999年、2000年)。 |
| 1990年代オール・ディケイド・チーム。 |
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1967年
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ディオン・サンダース(Deion Luwynn Sanders... |
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1987年
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1988年の2年連続全米大学選抜チームに選出さ... |
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