| 19歳になったパーカーはNBAドラフトにエントリーする。 |
| しかしサンアントニオ・スパーズでの最初のワークアウトは大失敗に終わり、グレッグ・ポポビッチHCからは大変に低い評価を受けた。 |
| しかし2度目のワークアウトで何とか眼鏡に適うようになり、2001年のNBAドラフトでスパーズから全体の28位指名を受けて入団した。 |
| スパーズの首脳陣はその時点でパーカーが他球団に指名されずに残っていることに驚いていた。 |
| NBAデビューを果たしてからも暫くの間はポポビッチHCの叱咤を受ける日々が続いたが、抜群のスピードとクイックネスは即戦力として通用し、01-02シーズンはルーキーながら、77試合中72試合にスターターで出場。 |
| 9.2得点、4.3アシストの成績を残し、オールルーキーファーストチームに選出された。 |
| 2年目となる2002-03シーズンにはチームの主力として全82試合出場を果たし、平均15.5得点はチーム2番目の成績だった。 |
| 大黒柱のティム・ダンカンとパーカーに牽引されたチームはプレイオフを勝ち進み、4シーズンぶりにファイナルに進出。 |
| 当時のトップPGジェイソン・キッド率いるニュージャージー・ネッツを4勝2敗で破り、NBAチャンピオンに輝いた。 |
| シリーズ中平均14得点を記録したパーカーは2年目にして早くも1つ目のチャンピオンリングを手に入れることになった。 |
| このシーズンを最後に長らくスパーズを支えてきたデビッド・ロビンソンが引退し、スパーズはダンカンにパーカー、そしてアルゼンチン出身のエマニュエル・ジノビリらを中心としたチームに移行した。 |
| 優勝を果たしながらもポポビッチらチームの首脳陣はパーカーのプレイ振りには満足しておらず、このオフにはジェイソン・キッドの獲得に動いたが、実現には至らず。 |
| パーカーはチャンピオンチームの先発の座を死守した。 |
| 03-04シーズンのプレイオフはカンファレンスセミファイナルでロサンゼルス・レイカーズに破れ、連覇はならなかった。 |
| 翌04-05シーズンのプレイオフでは勝ち進み、ファイナルに進出。 |
| 前シーズンチャンピオンチームのデトロイト・ピストンズと対戦し、パーカーは前シーズンファイナルMVPのチャンシー・ビラップスとマッチアップ。 |
| ピストンズの堅いディフェンスにスパーズは苦しめられたが、ジノビリがチームを牽引する活躍をし、またパーカーも平均13.9得点でチームに貢献、ゲーム7までもつれたシリーズをスパーズが制し、パーカーは2つ目のチャンピオンリングを手に入れた。 |
| 05-06シーズン、パーカーは苦手だったロングレンジからのシュートを封印し、得意のペネトレイトからの得点により磨きをかけたことにより、フィールドゴール成功率が急上昇し、PGとしては異例の54.8%を記録。 |
| 故障を抱え不調だったダンカンに代わりチームのリーディングスコアラーとして活躍し、平均18.9得点の成績を残し、初めてオールスターゲームに選出された。 |
| スパーズはチーム記録となる63勝19敗の成績を残したが、プレイオフではカンファレンスセミファイナルで宿敵ダラス・マーベリックスに敗れた。 |
| 06-07シーズンにはダンカンが復調し、スパーズは順調に勝ち続け、プレイオフでも対戦相手を次々と退けてファイナルに進出。 |
| レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズと対戦した。 |
| このシリーズでパーカーは独擅場とも言える働き振りを見せ、平均24.5得点5リバウンド3.3アシスト、フィールドゴール成功率は57%を記録し、キャバリアーズを4戦全勝のスイープで打ち破った。 |
| パーカーはファイナル制覇3回目にして初のファイナルMVPを獲得、7月に控えた婚約者との挙式に華を添えた。 |
| 24歳になる以前に出場したプレイオフの試合数がNBA史上最多という記録を持つ。 |
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| 07-08シーズン、スタッツは昨年とほぼ変わらないが足の怪我により13試合に欠場。 |
| 連覇が目標だったがカンファレンスファイナルでロサンゼルス・レイカーズに1勝しかできずに敗れる。 |
| 08-09シーズン、チームは73年以来の開幕3連敗をしてしまう。 |
| しかし4戦目のウルブズ戦でパーカーはキャリアハイの55得点10アシストの大活躍で連敗を止めた。 |
| NBA史上50得点、10アシストを成し遂げたのは彼で4人目であった。 |