| イングランド国教会の聖職者の子として生まれる。 |
| 1588年、スペインの無敵艦隊襲来というニュースにショックを受けた母親は産気づき、予定より早く出産した。 |
| このため「恐怖と共に生まれた」といわれる。 |
| オックスフォード大学を卒業した後、キャヴェンディッシュ男爵家(のちのデヴォンシャー公家)に家庭教師として仕える。 |
| ピューリタン革命前の1640年に絶対王政の支持者とみなされフランスへ亡命し、のちに国王となったチャールズ2世の家庭教師を務める。 |
| もっともよく知られる著作『リヴァイアサン』は亡命中に執筆し、1651年帰国の年に刊行された。 |
| ベーコンやガリレオ、デカルトらと交友があった。 |
| 1655年に円積問題の解を見つけたと公表し、数学者のジョン・ウォリスとの論争に発展した。 |
| ホッブズは、終始この問題の本質を理解することができず、自分の解の誤りを認識できずに死ぬまで激しい論争を続けた。 |
| 形而上学においては唯物論の立場に立ち、その考えは『物体論』において展開された。 |
| また、デカルトから『省察』の批判を書くよう頼まれた時はその立場から批判をおこなったが(デカルトは他の哲学者や神学者にも批判を頼み、ホッブズのそれは第三論駁と呼ばれる)、自身の哲学への不理解と解したデカルトからの反応は冷淡であった。 |
| この著作において、ホッブズは人間の自然状態を闘争状態にあると規定する。 |
| かれはまず、生物一般の生命活動の根元を自己保存の本能とする。 |
| そのうえで人間固有のものとして将来を予見する理性を措定する。 |
| 理性は、その予見的な性格から、現在の自己保存を未来の自己保存の予見から導く。 |
| これは、現在ある食料などの資源に対する無限の欲望という形になる。 |
| なぜなら、人間以外の動物は、自己保存の予見ができないから、生命の危険がおびやかされたときだけ自己保存を考えるからである。 |
| ところが人間は、未来の自己保存について予見できるから、つねに自己保存のために他者より優位に立とうとする福田歓一『政治学史』p.322、レオ・シュトラウス『ホッブズの政治学』p.12-13。 |
| この優位は相対的なものであるから、際限がなく、これを求めることはすなわち無限の欲望である。 |
| しかし自然世界の資源は有限であるため、無限の欲望は満たされることがない。 |
| 人は、それを理性により予見しているから、限られた資源を未来の自己保存のためにつねに争うことになる。 |
| またこの争いに実力での決着はつかない。 |
| なぜならホッブズにおいては個人の実力差は他人を服従させることができるほど決定的ではないからである。 |
| これがホッブズのいう「万人は万人に対して狼」、「万人の万人に対する闘争」である。 |
| ホッブズにおいて自己保存のために暴力を用いるなど積極的手段に出ることは、自然権として善悪以前に肯定される。 |
| ところで自己保存の本能が忌避するのは死、とりわけ他人の暴力による死である。 |
| この他人の暴力は、他人の自然権に由来するものであるから、ここに自然権の矛盾があきらかになる。 |
| そのため理性の予見は、各自の自然権を制限せよという自然法を導く。 |
| 自然法に従って人びとは、各自の自然権をただ一人の主権者に委ねることを契約する。 |
| だが、この契約は、自己保存の放棄でもその手段としての暴力の放棄でもない。 |
| 自然権を委ねるとは、自然権の判断すなわち理性を委ねることである。 |
| ホッブズにおいて主権は、第一義的に国家理性なのである。 |
| また以上のことからあきらかなように、自然状態では自然法は貫徹されていないと考えられている。 |