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プロフィール
- トリプルHとは
- 初期
- WWF/1995-2001
- 2002-2006
- D-X再結成
- 2007-2010
- 2011-
- バックステージ
- 得意技
- 特記事項
- 関連サイト
トリプルH(TripleH、1969年7月27日-)は、アメリカ合衆国のプロレスラー。本名:ポール・マイケル・レヴェック(PaulMichaelLevesque)。ニューハンプシャー州ナシュア生まれ。WWE所属、同社タレント開発部門統括。正式のリングネームはハンター・ハースト・ヘルムスリー(HunterHearstHelmsley)だが、頭文字をとって トリプルHと略して表記、呼称される(JSPORTSのWWE系番組の字幕では、HHHと表記されている)。公式プロフィールではコネチカット州グリニッチ出身。D-GenerationX後期、2000年夏頃、2002年前半(大腿四頭筋断絶による長期欠場から復帰した直後)などの一時期を除いては、一 ...
初期
| 1986年に高校(NashuaHighSchool)卒業後、地元のスポーツジムにトレーナーとして就職。 |
| 共同マネージャーにまで出世する一方、14歳から始めたボディビルディングに努め、1988年にはアマチュア・ボディビルディングのタイトルである「ティーンエイジ・ミスター・ニューハンプシャー」を獲得した。 |
| 1992年からキラー・コワルスキーのもとで修行。 |
| プロレスのトレーニングを開始して3週間後の同年3月、コワルスキー主宰のインディー団体IWFでテラ・ライジング(''TerraRyzing'')のリングネームでデビューし、半年後には同団体の王座を獲得した。 |
| 1994年からはWCWに所属。 |
| 登場当初はIWF時代と同じくテラ・ライジングの名義でリングに上がっていた。 |
| その後、没落したフランス貴族の末裔と称し、リングネームをジャン=ポール・レヴェック(''Jean-PaulLevesque'')と改名。 |
| 英国貴族を称する"ロード"スティーブン・リーガル(現ウィリアム・リーガル)の子分となってタッグチームを結成し、ヒールのポジションで頭角を現した。 |
| なお、フランス貴族のキャラクターは、彼の本名"Levesque"がフランス系の名前だったことに起因している。 |
| 同年12月には年間最大のPPV『スターケード』に出場し、第2試合でアレックス・ライトとのシングルマッチが組まれた。 |
| また、リーガルとのコンビでWCWタッグ王者となる路線も用意されるなど、WCWでの出世の道も開かれつつあったが、WWF(現:WWE)のトライアウトを受けて合格し、翌1995年からWWFに移籍した。 |
WWF/1995-2001
| WWFでは1995年5月に、コネチカット州の似非貴族のギミックでデビュー。 |
| リングネームもハンター・ハースト・ヘルムスリー(''HunterHearstHelmsley'')に改名した。 |
| 当初はアーカンソーの養豚農夫をギミックにしていたヘンリー・O・ゴッドウィンと抗争を展開。 |
| 試合中に豚の餌を頭からぶちまけられたり、会場内に特設された豚小屋で戦ったりと、現在では考えられないような汚れ役を演じていた。 |
| 翌年のWrestleManiaXIIではアルティメット・ウォリアーの対戦相手としてレッスルマニア初出場。 |
| バックステージではクリックのメンバーとなり、5月19日のカーテンコール(CurtainCall)と呼ばれる事件をきっかけにマネージメントの怒りを買ったが、10月には初のIC王座を獲得。 |
| 1997年、キング・オブ・ザ・リングでの優勝後、ショーン・マイケルズ、チャイナと共にD-ジェネレーションX(略称DX)を結成、トップレスラーの仲間入りを果たした。 |
| 略称のトリプルHの呼称を使うようになったのもこの頃からである。 |
| 翌1998年、WrestleManiaXIV後、腰の負傷のためリングから離れなければならなくなったマイケルズに代わり、彼を追い出しリーダーとなって第二期DXを結成(構成メンバーはチャイナ、Xパック、ビリー・ガン、ロード・ドッグ)。 |
| その後、DXは次第にベビーフェイス的人気を得るようになったが、トリプルH自身はDXを裏切り1999年にヒール転向、WWF世界ヘビー級王座戦線に参入してザ・ロックらとの抗争に入る。 |
| 8月23日にはマンカインドを下しWWF世界ヘビー級王座を初戴冠。 |
| WWF社長ビンス・マクマホンと抗争を開始し、彼に王座を奪われるも王座決定戦を制し奪回に成功。 |
| 11月14日"ビッグ・ショー"ポール・ワイトによって再び王座から陥落するが、11月29日、まだ清純派役だったステファニー・マクマホンとストーリー上強引に結婚し、ビンスとの遺恨をさらに深める。 |
| 翌月ステファニーが父を裏切りトリプルHと組んだことで、いわゆる「性悪夫婦」が誕生しWWFにおける支配体制を確立した。 |
| 2000年1月ビッグ・ショーを下し王座を奪回、2月にはカクタス・ジャックとしてのフォーリーをハードコア戦で激闘の末退け防衛、WrestleMania2000のメインイベントでもWWF女子王者となったステファニーと共にロック、フォーリー、ビッグ・ショーの4人を相手に王座を守り切った。 |
| その後もプッシュの勢いは止まらず王座を巡りロック、更には妻ステファニーの『不倫相手』カート・アングルと激しい抗争を展開、9月からはもう一人のWWFの絶対のヒーロー、ストーン・コールド・スティーブ・オースチンとの抗争を繰り広げ、2001年のスリー・ステージ・オブ・ヘル戦ではWWE史に残る名勝負を演じた。 |
| WrestleManiaX-Sevenでは前年5月以来の因縁を引きずるジ・アンダーテイカーに挑戦して敗れるも、これは名勝負揃いの同大会中でも出色の強い試合であった。 |
| 完全にWWFの顔役となり全てがうまく行っているかに見えたが、5月21日のRAWにてオースチンとのタッグでクリス・ベノワ&クリス・ジェリコ組を相手にタッグ王座の防衛戦中、左脚の大腿四頭筋を断裂する重傷を負い、長期欠場を余儀なくされる。 |
2002-2006
| 220px|right|thumb|入場時にコーナーに上り、観客にアピールするトリプルH。 |
| 2002年1月、ロイヤルランブルのロイヤルランブル戦で復帰、優勝を果たしWrestleManiaX8での王座挑戦権を獲得。 |
| 2月にはステファニーと『離婚』し、レッスルマニアでは彼女と組んだクリス・ジェリコを下してWWF統一ヘビー級王座を獲得。 |
| 同年のブランド分割時には王者であったためどちらの番組にも属さず、7月にショーン・マイケルズの誘いでRAWを選択する。 |
| 後日、マイケルズからDXの再結成を持ちかけられるが、突如彼に襲い掛かると絶縁を宣言、サマースラムではマイケルズの復帰戦の相手を務めた。 |
| 翌日のRAWでアンダーテイカーを下しWWE王座への第一挑戦者権を獲得したが、WWE王座がスマックダウンの管轄になったために、9月2日エリック・ビショフからWCW王座の系譜を汲む新設の世界ヘビー級王座初代王者に認定される。 |
| 以降は同王座戦線の絶対的な主役として「負けそうで絶対に負けない王者」として君臨する。 |
| 2003年、リック・フレアー、バティスタ、ランディ・オートンと共にヒールのユニットとして自らの派閥エボリューションを結成。 |
| しかし若手の2人が相次いで怪我で長期欠場したため、すぐにフレアーと2人で行動することになった。 |
| 引き続きRAWでの中心的キャラクターであり続けたが、この時期はトリプルHのファン達からは不遇の時期ととられている。 |
| この頃抗争したスコット・スタイナー、ブッカー・T、ケビン・ナッシュやゴールドバーグ等元WCWのメインイベンターたちは、タイプ的には不器用な選手が多く、彼の技術を持ってしても名勝負は生まれず(彼の技術はエディ・ゲレロやマイケルズのように一人で試合を構築できるほど偉大ではなかった、とも解釈できる)。 |
| アンフォーギヴェンでゴールドバーグに王座を奪取されるが、バティスタとオートンの復帰と時を同じくしてアルマゲドンのトリプルスレット戦で再び王座に就く。 |
| 2004年、ショーン・マイケルズとの抗争が復活し、さらにWrestleManiaXXでクリス・ベノワに敗れて王座を手放してからはベノワとも抗争を開始。 |
| しかしマイケルズと争って王座を自分の手で取り返す前にサマースラムでエボリューションのメンバーのオートンがベノワに勝利し王座戴冠となる。 |
| この事からオートンに嫉妬し王座奪取記念の祝賀会で、バティスタとフレアー同意のうえでオートンを裏切り暴行、エボリューションから追放する。 |
| 以降はエボリューションとオートン、ベノワ、ジェリコ等ベビーのスーパースター軍との抗争がRAWのメインストーリーとなる。 |
| 2005年2月4日のさいたまスーパーアリーナ大会ROADTOWRESTLEMANIA21JAPANTOURで、メインの世界ヘビー級選手権試合でエッジの挑戦を退け、試合後、「お前達(ファン)がWWEだ」というメッセージを残し、大会を締めた。 |
| さいたま大会以降、ロイヤルランブルで優勝し着実に実力を付けているバティスタを脅威に感じ、SmackDown!へ移籍させようと画策したが、それに気づいたバティスタに欺かれWrestleMania21で対戦、敗れる。 |
| WrestleMania21でバティスタに王座を奪われた後もバックラッシュ、ヴェンジャンスで再挑戦するがいずれも敗北。 |
| 以降疲労から長期休養に入り、またフレアーもベビーターンしたためエボリューションは消滅した。 |
| 10月のWWEホームカミングにてフレアーとのタッグで復帰。 |
| タブー・チューズデイで敗れたが、翌月に行われたサバイバー・シリーズでのラストマン・スタンディング・マッチでは勝利を収める。 |
| ニュー・イヤーズ・レボリューションでビッグ・ショーに勝利した後、RAWで数週間に渡って開催されたWWE王座挑戦者決定トーナメントで優勝しWrestleMania22でジョン・シナと対戦するが敗れる。 |
| その後バックラッシュでシナ、エッジとのトリプルスレット戦で再挑戦したが、ここでも敗れた。 |
D-X再結成
| 220px|right|thumb|DX(2006年10月、左)。 |
| WrestleMania22でのシナとの王座戦ではD-GenerationXのポーズ(DXチョップ)を取り、同大会でビンス・マクマホンと対戦したショーン・マイケルズもDXチョップを行った為、第三期D-GenerationX結成の噂が流れた。 |
| WrestleMania22以降のRAWでもマイケルズと抗争しているビンスとの確執ストーリーが見え始め、特別レフェリーを命じられた試合でレフェリーを放棄し、その後マイケルズが代理のレフェリーとして登場する等数々の伏線が張られた後、ヴェンジャンスでついに第三期D-GenerationXが結成された。 |
| 復活後は再結成の発端となったビンスに標的を定め、ビンスの息子のシェイン・マクマホン、スピリット応援団、さらにビンスがECWから呼び寄せたECW世界王者のビッグ・ショーとの抗争を開始。 |
| サマースラムでビンス親子との直接対決で勝利し、続くアンフォーギヴェンで史上初となるハンディキャップ形式ヘル・イン・ア・セルでビンス親子&ビッグ・ショーとの2対3の苦しい戦いを強いられたが、流血戦の末にビンスをピンフォールし、抗争は決着した。 |
| その後10月2日のRAWでWWE王者ジョン・シナ対エッジの王座戦に乱入し妨害した事でエッジが激怒。 |
| 「DXを排除する」という共通目的の下結託したエッジ&ランディ・オートンの新タッグ「Rated-RKO」との抗争に突入した。 |
| サイバー・サンデーではエボリューション時代に共謀していた元RAWGMのビショフがスペシャル・レフェリーとなったが、ビショフはRated-RKOに加担し、結果スティール・チェアー上にオートンのRKOを受けて敗北。 |
| サバイバー・シリーズではトリプルH、マイケルズ、ハーディー・ボーイズ、CMパンクからなるTeamD-GenerationXで、TeamRated-RKOとの伝統の5対5エリミネーション・マッチに挑み史上初のスイープを達成した。 |
| しかし年明けのニュー・イヤーズ・レボリューションにて、Rated-RKOとの世界タッグ王座戦中に今度は2001年とは逆の右脚の大腿四頭筋を断裂する重傷を負ってしまい以降長期欠場に入る(状況を判断したマイケルズの判断で試合はノーコンテスト)。 |
2007-2010
| 夏頃よりトリプルHの復帰告知が始まり、これにキング・ブッカーが反感を示すストーリーが組まれる。 |
| サマースラムにて『"King"の称号』を巡りトリプルH対キング・ブッカーの対戦が行われ、復帰を勝利で飾る。 |
| その後ウマガとの抗争ののちノー・マーシーの第1試合でランディ・オートンとのWWE王座戦に挑み勝利、2年半ぶりの王座を手にする。 |
| 2008年、2月のノー・ウェイ・アウトのチェンバー戦に勝利し、WrestleManiaXXIVではオートン、ジョン・シナとの3つ巴のWWE王座戦に挑むが勝利を逃す。 |
| 4月のバックラッシュにてオートン、シナ、JBLとのフェイタル4ウェイ・エリミネーション形式王座戦を制し12度目の王座を獲得。 |
| シナとのナイト・オブ・チャンピオンズでの防衛戦に勝利したため、WWE王座と共に移籍となる。 |
| 11月のサバイバー・シリーズではジェフ・ハーディー、ウラジミール・コズロフと三つ巴のWWE王座防衛戦の予定が、当日ジェフが何者かの襲撃に遭い病院へ搬送されたため試合開始から暫くコズロフとシングル戦で対決。 |
| しかし試合途中でヴィッキー・ゲレロが現れサマースラムにおいてジ・アンダーテイカーに火葬されて以降休養していたエッジを参戦。 |
| アルマゲドンではエッジ、ジェフとの三つ巴のWWE王座戦で王座奪還を狙うも敗れ、ジェフが初載冠となる。 |
| 2009年に入り、ロイヤルランブルではレガシーの援護もあったランディ・オートンに優勝を奪われるが、その後のノー・ウェイ・アウトでエリミネーション・チェンバー・マッチで13度目の戴冠となるWWE王座を獲得。 |
| 時を同じくしてマクマホン家と抗争中だったオートンがステファニー・マクマホンを攻撃するに及んで、ストーリー上では離婚したとされていたはずのステファニーとの夫婦関係が復活(当時のストーリーによくある過程無視)し、WrestleManiaXXVでの対決を宣言、これに勝利し王座を防衛した。 |
| 移籍後もオートンと抗争を続けるが4月26日のバックラッシュでのオートン&レガシー対トリプルH&バティスタ&シェイン・マクマホンの変則WWE王座戦にてオートンのパントキックを受け王座陥落、休場に入る。 |
| その後6月に復帰、オートンにレガシーの介入で敗れてからは王座戦線から離れショーン・マイケルズとD-ジェネレーションXを再結成、レガシーのテッド・デビアスJrとコーディ・ローデスにターゲットを変更する。 |
| 12月のTLC:テーブルズ・ラダーズ・アンド・チェアーズではクリス・ジェリコ&ビッグ・ショーに勝利し統一タッグ王座を獲得。 |
| 2010年、マイケルズがレッスルマニアでのジ・アンダーテイカーとの再戦に固執し始めたことでチームワークが乱れ始め、2月のRAWでは息が合わず、ミスを連発しタッグ王座を失う。 |
| その後4月のエクストリーム・ルールズでのシェイマスとの再戦にて頭部に5発のブローグ・キックを受けるなど猛襲に遭い長期離脱に入った(疲労、首の手術、古傷である腿の治療、映画の撮影、ステファニーの出産、将来の舞台裏やクリエイティブチーム本格参加のための勉強など多くの要因が絡んだ休場であり、サマースラムでの復帰も予定されていたようだが、ダニエル・ブライアンにポジションを譲り復帰は延期となったようである)。 |
2011-
| 2011年2月21日のRAWにて「2.21.11」プロモーションを行い大々的に復帰したジ・アンダーテイカーの入場直後に突然登場し電撃復帰を果たす。 |
| WrestleManiaXXVIIでのテイカーとの一騎打ちでは客席からブーイングが起こるほどの激しい攻めでテイカーを攻めるものの、最後はヘルズ・ゲートの前にたまらずギブアップしてしまい、連勝記録を止めることはできなかった。 |
バックステージ
| チャイナは2人が婚約していたと主張し、トリプルHがドラマ上で夫婦を演じていたステファニー・マクマホンが彼を奪ったのだと非難したが、実際には、トリプルHとチャイナは2000年には既に破局を迎えていた(2000年出版のチャイナの自伝「IfTheyOnlyKnew」にトリプルHとの破局が既に書かれている)。 |
| -->現にビリー・ガンがTNAImpact放送中に(比喩を使っているものの)D-Xの有り方について批判したり、ライノ、ジェシー・ジェイムスらからも良くない印象を持たれている。 |
| ベテランとなった現在では若手(年齢というよりキャリア)世代を熱心に指導しており、自身が肩入れするシェイマス、ドリュー・マッキンタイアなど現在WWEでの実績が希薄な選手に活躍の場が多く与えられているのは彼の影響があると考えられてる。 |
得意技
| ダブルアーム・スープレックスの状態からやや後方にジャンプして膝で着地し、自分の股に挟んで固定している相手の顔及び体の全面をマットに叩きつけるダブルアーム式のフェイスバスター。 |
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1969年
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1986年
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トリプルHさんについてのひとこと紹介
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