| N.W.A.の大成功の後、N.W.A.とそのレーベルであるルースレス・レコード(RuthlessRecords)の創設メンバーであるイージー・E(EazyE)との不和により、人気の頂点にあった1991年に同グループを脱退し、シュグ・ナイトと共にデス・ロウ・レコード(DeathRowRecords)を設立した。 |
| 1992年春に初のソロ・シングル「ディープ・カバー(DeepCover(AKA187))」を発表した。 |
| このシングルは、MCのスヌープ・ドギー・ドッグ(現スヌープ・ドッグ)との共演の始まりとなった。 |
| スヌープは、同年発表のドレーのソロデビューアルバム、「クロニック」でも大々的にフィーチャーされた。 |
| 同アルバムは「ナッティン・バット・ア・G・テン(NuthingButA'G'Thang)」、「ファック・ウィズ・ドレー・デイ(アンド・エヴリバディズ・セレブレイティン)(WitDreDay(AndEverybody'sCelebratin'))」、「レット・ミー・ライド(LetMeRide)」などのヒット・シングルを生み出し、マルチ・プラチナ・アルバムとなり、歴史上最も売れたヒップホップアルバムの一つとなった。 |
| 「レット・ミー・ライド」は、1993年のグラミー賞ベスト・ラップ・ソロ・パフォーマンスを獲得した。 |
| 続く1993年、ドレーはスヌープ・ドッグのデビューアルバム「ドギー・スタイル(Doggystyle)」をプロデュースした。 |
| 同アルバムは、初のビルボード・チャート1位デビューという驚異的なヒットを記録した。 |
| 1996年には、2パックの「カルフォルニア・ラヴ(CaliforniaLove)」をプロデュースし、自らも客演することで大ヒットさせた。 |
| この大ヒットにより、デス・ロウ、そしてドレー自身の音楽業界での立場が確固たるものとなった。 |
| しかし、同年の終わり、2パックが死亡し、シュグ・ナイトが脅迫罪に問われて逮捕されたことにより、デス・ロウの存在が危うくなった。 |
| これを受けてドレーは同レーベルを脱退、自らの手でアフターマス・エンタテインメント(AftermathEntertainment)を立ち上げた。 |
| それと同時に発表されたアルバム「ドクター・ドレー・プレゼンツ〜ジ・アフターマス」は、アフターマスと契約した新人の曲を含むコンピレーションで、ドレー自身のヒット・シングル「ビーン・ゼア・ダン・ザット(BeenThere,DoneThat)」も収録されている。 |
| 同曲は、ドレーがギャングスタ・ラップへの決別を表現していることが特徴的な曲であった。 |
| アルバムはプラチナムとなったが、ドレーとしては商業的にも質的にも失敗作であったといわざるを得ない。 |
| 1997年には、ナズ、フォクシー・ブラウン、AZ、ネイチャーらが参加したアルバム「ザ・ファーム(TheFirm:TheAlbum)」に収録された数曲をプロデュースした。 |
| このアルバムもプラチナムとなったが、同様に批判的な評を受けた。 |
| アフターマスの転機は、ドレーがデトロイトのラッパー、エミネムと契約した1998年に訪れた。 |
| 1999年にはエミネムのメジャーデビューアルバム「ザ・スリム・シェイディLP」、続く2000年には「ザ・マーシャル・マザーズ・LP」をプロデュースした。 |
| 後者のアルバムで、より多くの曲を手がけているが、うち5曲はメル・マンとの共作である。 |
| 2002年発表の「ザ・エミネム・ショウ」では、エミネム自身のプロデュースが増えているが、2004年発表の「アンコール」では再びドレーのプロデュース曲が増えている。 |
| ドレー自身の2枚目のアルバム「2001」は1999年に発表された。 |
| 同アルバムにはデヴィン・ザ・デュード、ヒットマン、スヌープ・ドッグ、エミネムなど、多くの客演があった。 |
| 2000年には、グラミー賞のプロデューサー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。 |
| これは「ザ・マーシャル・マザーズLP」と「2001」における業績に与えられたものである。 |
| これらのアルバムは、深く豊かなベースラインに高音のピアノと弦楽器のメロディを重ねるという、その後の楽曲の方向性を示唆した。 |
| このスタイルは、ドレーのプロデュースの、イヴの「レット・ミー・ブロウ・ヤ・マインド(LetMeBlowYaMind)」、バスタ・ライムズの「BreakYaNeck」、メアリー・J・ブライジの「ファミリー・アフェアー(FamilyAffair)」などの各曲に活かされている。 |
| 「SET IT OFF」、「ザ・ウォッシュ」、「トレーニング・デイ」などの映画にも出演。 |
| 彼自身は後に役者になるつもりは無かったと語っている。 |
| ノクターナル(Knoc-turn'al)をフィーチャーした「バッド・インテンションズ(BadIntentions)」は、「ザ・ウォッシュ」のサウンドトラックに収録されている。 |
| 同サウンドトラックでは、他に「OntheBlvd.」、「TheWash」という曲で、スヌープ・ドッグと競演している。 |
| 2003年には、クイーンズ区出身のMC50セントのメジャーデビューアルバム「ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン(GetRichOrDieTryin')」をエミネム、オービー・トライスと共にプロデュースし、ヒットさせた。 |
| 同アルバムからは、特にドレープロデュースのシングル「イン・ダ・クラブ(InDaClub)」がヒットした。 |
| ドレー自身の最後のアルバムになると噂されている「Detox」は、2004年に発表されると言われていた。 |
| 同アルバムの制作は中止になったと一時期言われた。 |
| これは、ドレー自身がアフターマスに所属する他のアーティストのプロデュース業に専念するという発言による。 |
| しかし、2004年11月には再び2006年にリリースする予定であると告げられ、以降度々延期を繰り返している。 |
| 2010年末、とうとう「Detox」からの正式先行シングルとして、"Kushfeat.SnoopDogg&Akon"を発表。 |
| 後にPVも公開された。 |
| ドレーは2006年発表のスヌープ・ドッグの8枚目のアルバム「TheBlueCarpetTreatment」に、久々にプロデュース曲を提供している。 |
| 近年は歴史的な天才作曲家で名プロデューサー、シンガーでもあるバート・バカラックのアルバムでコラボレーションを果たしたり、映画のスコアを作曲したいと発言する等他ジャンルへの挑戦にも意欲的である。 |