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プロフィール
- ノバク・ジョコビッチとは
- プロ転向-2006年
- 2007年
- 2008年
- 2009年
- 2010年
- 2011年
- 4大大会優勝
- その他・エピソード
- 外部リンク
ノバク・ジョコビッチ(NovakĐoković,,1987年5月22日-)は、セルビア・ベオグラード出身の男子プロテニス選手である。身長187cm、体重80kg。右利きで、バックハンド・ストロークは両手打ち。2008年全豪オープンでセルビア人初の4大大会男子シングルス部門の優勝者となり、同年開催の北京オリンピックでは 銅メダルに輝いた。シングルス部門の自己最高位は1位。彼はその輝かしい成績と、ジョークや選手のモノマネといったパフォーマンスの豊かさからセルビア国内のみならず世界各国で人気が高く、「 ノール」(Nole)という愛称で呼ばれている。セルビア・モンテネグロの ...
プロ転向-2006年
| 4歳からテニスを始める。 |
| ジョコビッチの父親は元プロスキー選手で、優れたサッカー選手でもあり、現在はセルビア国内でピザとクレープのレストランを経営している。 |
| ノバクは12歳の時、ドイツ・ミュンヘンにある「ニキ・ピリッチ・テニスアカデミー」に留学し、2年後セルビアに戻った。 |
| 2003年に16歳でプロ入りし、2004年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップのセルビア・モンテネグロ代表選手になる。 |
| 2005年から4大大会に出場し始めたジョコビッチは、デビュー戦の全豪オープンでは1回戦でマラト・サフィンに完敗したが、ウィンブルドンと全米オープンの2大会連続で3回戦に進出した。 |
| 2006年の全仏オープンベスト8進出をきっかけに、ジョコビッチは急成長を始める。 |
| 世界ランキング63位のノーシード選手だったジョコビッチは、2回戦でフェルナンド・ゴンサレス、3回戦でトミー・ハースといった強豪選手たちを破って勝ち進むと、準々決勝で昨年の同大会優勝者ラファエル・ナダルとの対戦中に腰を痛め、6-4,6-4と2セットを先取された後で途中棄権を余儀なくされた。 |
| この時は故国セルビア・モンテネグロの分離直前の時期で、ジョコビッチの国籍は「セルビア・モンテネグロ」と記載されている。 |
| 全仏オープンで8強進出の後、ジョコビッチはウィンブルドンでも2回戦でトミー・ロブレドを破り、第7シードのマリオ・アンチッチとの4回戦まで進出した。 |
| ウィンブルドンの終了直後、7月中旬に開かれたオランダ・アメルスフォールト大会の決勝でニコラス・マスーを破り、ツアー初優勝を達成。 |
| 4大大会で初めてシード権(当時、第20シード)を得て挑んだ全米オープンでは3回戦で敗れたものの、10月初頭にフランス・メッツ大会でツアー2勝目を挙げた。 |
2007年
| 2007年に入り、ノバクは大躍進を果たす。 |
| マイアミ・マスターズ決勝で、フェデラーを下して勝ち上がって来たギレルモ・カナスを破り、大規模トーナメント群であるATPマスターズシリーズ初優勝を達成。 |
| 全仏オープンでは第6シードに選ばれ、初めて準決勝まで勝ち上がると、同大会で2連覇中だったナダルに5-7,4-6,2-6で敗れたものの、続く第4シードで挑んだウィンブルドンでは、雨天による大会進行の遅延に悩まされながら、4回戦でレイトン・ヒューイットと4時間、準々決勝でマルコス・バグダティスと5時間ものマラソンマッチを戦い抜き、苦しみつつも準決勝まで勝ち上がった。 |
| しかし、ナダルとの対戦中に足の痛みで途中棄権を余儀なくされた。 |
| 8月第3週のカナダ・マスターズの準々決勝で当時世界ランキング3位のアンディ・ロディック、準決勝で同2位のラファエル・ナダル、決勝で同1位のロジャー・フェデラーを倒し、ATPマスターズシリーズ2勝目を挙げ、シングルス・ランキングで3位に上昇した。 |
| 全米オープンで初めて4大大会決勝に進出したが、フェデラーに6-7(4-7),6-7(2-7),4-6のストレートで敗れて準優勝に終わった。 |
2008年
| 全豪オープンで、ジョコビッチは準決勝でフェデラーに7-5,6-3,7-6(7-5)のストレート勝ちを収め、フェデラーが2005年ウィンブルドンから続けてきた4大大会連続決勝進出歴代1位記録を「10」で止めた。 |
| 決勝戦では世界ランキング38位のノーシードから勝ち上がったジョー=ウィルフリード・ツォンガ(フランス)を4-6,6-4,6-3,7-6(7-2)で破り、20歳8ヶ月で4大大会初優勝を達成した。 |
| これはセルビア出身のテニス選手として、最初の4大大会男子シングルス優勝でもある。 |
| 全豪優勝から半年後、彼は8月の北京五輪で男子シングルスの銅メダリストになった。 |
| 第3シードのジョコビッチは準決勝でラファエル・ナダルに敗れた後、準決勝敗退選手2名による「銅メダル決定戦」でジェームズ・ブレーク(アメリカ)を6-3,7-6(7-4)で破り、オリンピックのセルビア代表選手として銅メダルを獲得した。 |
| 2008年度の男子ツアー年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」では、決勝でニコライ・ダビデンコ(ロシア)を6-1,7-5で破って初優勝を決めた。 |
2010年
| 全豪オープンは準々決勝でジョー=ウィルフリード・ツォンガに6-7(8-10),7-6(7-5),6-1,3-6,1-6で敗れたが、大会終了後の2010年2月1日付のランキングで、初めて「2位」を記録した。 |
| その後しばらく不本意な成績が続く。 |
| 全仏オープンでは準々決勝でユルゲン・メルツァーに逆転負けを喫し、ウィンブルドンでは準決勝で、前の試合でフェデラーを破っていたトマーシュ・ベルディハに完敗を喫した。 |
| しかし全米オープンでは初戦でフルセットを戦うもその後は順調にストレートで勝ちあがり、準決勝でついにフェデラーと4年連続となる対戦を実現。 |
| 5-7,6-1,5-7,6-2,7-5でついにフェデラーを破り3年ぶりに決勝進出を果たしたが、雨で1日順延した決勝ではナダルに4-6,7-5,4-6,2-6で敗れた。 |
| 12月にベオグラードで開催されたフランスとのデビスカップ決勝ではシングルスでジル・シモンを6-3,6-1,7-5、ガエル・モンフィスを6-2,6-2,6-4で破り、セルビアの初優勝に貢献した。 |
2011年
| 全豪オープンでは準決勝でフェデラーを7-6(7-3),7-5,6-4で破り決勝に進出、決勝ではアンディ・マレーに6-4,6-2,6-3で快勝し、3年ぶり2度目の優勝を果たした。 |
| これを皮切りにドバイでもフェデラーを破り優勝、さらにインディアンウェルズ、マイアミの両マスターズも制覇し年初のハードコートシーズンの成績を24勝0敗とした。 |
| クレーシーズンに入っても勢いは止まらず、モンテカルロマスターズこそ欠場したもののまず地元ベオグラードの大会で優勝、ナダルの地元スペインのマドリッドマスターズでも決勝でナダルを破り優勝(対ナダルでのクレーコート初勝利)、さらにローママスターズでもナダルを下し、7大会連続の優勝を飾る。 |
| 全仏でも順調に勝ち上がったが、準決勝でフェデラーに敗れ、デビスカップ決勝からの連勝は43(歴代2位のレンドルにあと1勝、同1位のビラスにあと3勝及ばず)、年初からの連勝は41(歴代1位のマッケンローにあと1勝及ばず)でストップした。 |
| ウィンブルドンの決勝進出を決めた時点で、それまで1位のナダルを抜き、自身初の世界ランク1位に就くことが確定した。 |
| その決勝戦ではナダルに6-4,6-1,1-6,6-3で快勝し初優勝を飾った。 |
| さらに、続くモントリオール・マスターズにおいて、ナダル、フェデラー、マレーといったトップ4選手が相次いで敗退する中、ガエル・モンフィス、ジョーウィルフリード・ツォンガといった強豪に勝利し、決勝ではマーディ・フィッシュを6-2、3-6、6-4で下し、シーズン9回目の優勝を飾った。 |
| また、世界ランク1位となってから初めて出場した大会で優勝した選手は、1993年のピート・サンプラス氏(米国)以来となった。 |
| その後、全米オープンへの前哨戦として挑んだW&Sオープンでは決勝でマレーと対戦するも、準決勝で痛めた右肩痛の影響でショットに精彩を欠き、第1セットを4-6で落とし、第2セットで0-3としたところで途中棄権し、シーズン2敗目となった。 |
| 全米オープンへの影響を心配する声もあったが、ジョコビッチは出場への自信を示し、予定通り全米オープンに出場した。 |
| 右肩痛の影響は見られず順調に勝ち進み、準決勝はジョコビッチ、ナダル、フェデラー、マレーとトップ4が順当に残る中、フェデラーと対戦。 |
| 2セットを先取され、ファイナルセットではダブルでマッチポイントのピンチを迎えるも、驚異的な粘りで逆転し、6-7(7-9)、4-6、6-3、6-2、7-5のフルセットでこの試合を制した。 |
| 続く決勝では、前年決勝と同じ相手である第2シードのナダルと対戦、ストローク戦で押して最初の2セットを連取すると、第3セットはタイブレークの末に落としたが、第4セットで動きの落ちたナダルを圧倒し、6-2、6-4、6-7、6-1で前年の雪辱を果たし、全米オープン初優勝を遂げた。 |
| また、同一年の四大大会3勝はオープン化以降で史上6人目となった。 |
4大大会優勝
| 全豪オープン:2勝(2008年・2011年)。 |
| ウィンブルドン:1勝(2011年)。 |
| 全米オープン:1勝(2011年)。 |
その他・エピソード
| 2011年のBNPパリバ・オープンにて東北地方太平洋沖地震の被災者を支援するため、「JAPAN」の文字を記したソックスを身につけて戦った。 |
外部リンク
| be-x-old:НовакДжокавіч。 |
| zh-min-nan:NovakĐoković。 |
| zh-yue:祖高域。 |
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1987年
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