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植木等
日本の俳優、コメディアン、歌手、ギタリスト、タレントである。高度経済成長時代の日本を代表するコメディアンとして1960年代に一世を風靡して、数々のヒッ... |
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クレイジー・キャッツ
【60年代】クレイジー・キャッツ ベスト盤CD/クレイジー・キャッツ CDベスト 1986年【昭和のコミックソング】
東芝EMI CA32-1250 1986年5月1日 3200円 廃盤
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大阪府豊中市出身の映画監督、脚本家。日本芸術院会員。川島雄三、野村芳太郎の助監督を経て、1961年に『二階の他人』でデビューする。以降、『男はつらいよ... |
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元ハナ肇とクレージーキャッツメンバー(ピアニスト)で料理研究家。本名は石橋英市(通称・瑛市)。愛称はエーちゃん。 |
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プロフィール
- ハナ肇とは
- 幼少・青春期
- クレージーキャッツ結成
- コメディアンへ
- 役者として
- 晩年
- ハナ肇のギャグ
- 主演作品
- 東宝クレージー映画
- その他
ハナ肇(ハナはじめ、1930年2月9日-1993年9月10日)は、日本のドラマ、コメディアン、俳優。コミックバンド「 ハナ肇とクレージーキャッツ」のリーダーであり、同バンドのドラマでもある。本名は野々山定夫(ののやまさだお)。東京府北豊島郡(現在の東京都豊島区)長崎町生まれ、血液型はB型。工学院大学土木科中退。妻は、結婚当時日活のスター女優だった 島村葉子。現在阪神タイガースに在籍する 桟原将司は又甥に当たる(ハナの兄が桟原の祖父という関係である)。
幼少・青春期
| 池袋の水道屋の子供として生まれ、長崎第二国民学校卒業後、家業を継ぐため工学院土木科に通ったが1945年に戦災で学校が焼失。 |
| このころ母の実家がある秋田県横手市に米を担ぎに行ったが、帰郷後に急性肺炎となって1945年12月から1946年2月頃まで入院生活を送る。 |
| 退院後、1946年から刀根勝美楽団でドラムを担当。 |
| 松井八郎に目をかけられる。 |
コメディアンへ
| 日本テレビ系『シャボン玉ホリデー』等のテレビのバラエティ番組や映画に数多く出演し、日本テレビ系『巨泉×前武ゲバゲバ90分!』でハナがヒッピー姿で叫んだ「アッと驚く為五郎」は流行語にもなった。 |
| フジテレビ系の正月番組『新春かくし芸大会』の名物であった銅像コントの銅像役としても有名である。 |
| 志村けん以外のザ・ドリフターズの各メンバーの名づけ親でもある。 |
| 悪くいえば、非常にワンマン型のリーダーであったが、強力なリーダーシップを発揮したことで知られている。 |
| クレージーのみならず渡辺プロダクショングループ全体の大番頭的存在となり、創業者渡辺晋・美佐夫妻もハナには全幅の信頼をよせ、ハナも生涯渡辺夫妻を裏切ることなく尽くした。 |
| ただし渡辺プロダクション黎明期には、給料の前借を繰り返すハナに美佐が手を焼いたことがあるという。 |
| 植木等人気絶頂のころは地方公演で「植木等とクレージーキャット」と誤記されることもあり、リーダーとして内心穏やかでなかったと伝えられるが、良く耐え(植木が増長するような性格では無かったこともあるが)波風立てることなく、まとめ役としての役割をまっとうした。 |
役者として
| 俳優としては無骨で不器用なイメージがあるが、企画や才能への嗅覚は非常に鋭く、そのためもあって出演映画歴には初期の川島雄三、市川崑から晩年の市川準まで大物監督の映画に出演した。 |
| 特に若い頃の山田洋次の才能をいち早く見抜き、『男はつらいよ』が始まるまでは不動のコンビを組んでいた。 |
| 『なつかしい風来坊』『会社物語MEMORIESOFYOU』の2作品でブルーリボン主演男優賞などの賞を獲得している。 |
晩年
| 晩年には「ハナが渡辺プロの社長になる」という噂もあったという谷啓『七人のネコとトロンボーン』P.14。 |
| 1985年にバンド「ハナ肇&オーバー・ザ・レインボー」を結成し、死去の1か月前まで活動していた(ドラム:ハナ、トロンボーン:谷啓、ピアノ:宮川泰、トランペット:中川善弘、ベース:江藤勲、テナーサックス:稲垣次郎)。 |
| 晩年のハナはドラムの修練に意を注いでいたと伝えられ、安田伸はハナの通夜の席で「ハナは技量という点では、晩年になって真のドラマーになった」という主旨の発言をした。 |
| 1991年4月29日、紫綬褒章受章。 |
| 最後の入院の際は、弟子であるなべおさみや元ザ・ピーナッツの2人が交代で看病し、そのたびに笑顔で「いつも済まないねえ」「おとっつぁん、それは言わない約束でしょ」と『シャボン玉ホリデー』のコントのセリフを繰り返していたという。 |
| 1993年9月10日、肝臓癌にて他界。 |
| 谷啓、犬塚弘らクレージーのメンバーに見守られて息を引き取った。 |
| また、最後までハナは自分が癌だということを知らされなかったという。 |
| 葬儀・告別式の弔辞は森繁久彌と植木等が読んだ。 |
| 弔辞の最後を森繁は「あばよ!」、植木は「ハナ…さよなら…」でそれぞれ締めた。 |
| 通夜の際に、植木がグループの解散を宣言した。 |
| しかし、翌日この発言は撤回され谷啓も否定しているが、実態としてクレージーとしてのメンバーの活動はハナの死と共に幕を降ろす形となった。 |
| 亡くなる数か月前まで、1994年に放映されたフジテレビのドラマ『夏子の酒』の収録に参加していたものの、収録途中で亡くなったことから、ハナが担当していた役には代役が立てられ全面的に撮り直された。 |
| なお、収録された映像の一部は総集編で紹介されており、ハナにとってはこの映像が事実上の遺作となった。 |
ハナ肇のギャグ
| 「真面目にやれ!」(クレージーの面々に向かって言うギャグ)。 |
| 「アッと驚く為五郎」。 |
| 「あんたかてアホやろ、わいかてアホや。 |
| ほな、サイナラ」。 |
主演作品
| 足にさわった女(1960年8月24日/大映)-北八平太。 |
| イチかバチか(1963年6月16日/東宝)-太田原泰平。 |
| 馬鹿まるだし(1964年1月15日/松竹)-安五郎。 |
| いいかげん馬鹿(1964年4月29日/松竹)-海野安吉。 |
| 馬鹿が戦車でやって来る(1964年12月26日/松竹)-三郎。 |
| おれについてこい!(1965年6月20日/東宝)-大松博文。 |
| 運が良けりゃ(1966年3月19日/松竹)-熊五郎。 |
| なつかしい風来坊(1966年11月12日/松竹)-伴源五郎。 |
| 喜劇一発勝負(1967年8月5日/松竹)-二宮孝吉。 |
| ハナ肇の一発大冒険(1968年1月3日/松竹)-間貫一。 |
| 喜劇一発大必勝(1969年3月15日/松竹)-団寅造。 |
| アッと驚く為五郎(1970年2月27日/松竹)-大岩為五郎。 |
| やるぞみておれ為五郎(1971年1月14日/松竹)-坂東為五郎。 |
| 花も実もある為五郎(1971年4月28日/松竹)-坂東為五郎。 |
| なにがなんでも為五郎(1970年8月26日/松竹)-坂東為五郎。 |
| 生まれかわった為五郎(1972年1月21日/松竹)-坂東為五郎。 |
| 喜劇社長さん(1972年6月10日/松竹)。 |
| 会社物語MEMORIESOFYOU(1988年11月26日/松竹)-花岡始。 |
| ノーサイド-91歳の青春・北島忠治監督物語(1991年/日本テレビ)-北島忠治。 |
東宝クレージー映画
| ニッポン無責任時代(1962年7月29日/東宝)-氏家勇作。 |
| ニッポン無責任野郎(1962年12月23日/東宝)-長谷川武。 |
| クレージー作戦先手必勝(1963年3月24日/東宝)-花木ハジメ。 |
| 日本一の色男(1963年7月13日/東宝)-権田原裕福。 |
| クレージー作戦くたばれ!無責任(1963年10月26日/東宝)-大沢丑松。 |
| 香港クレージー作戦(1963年12月22日/東宝)-花岡八太郎。 |
| 無責任遊侠伝(1964年7月11日/東宝)-花木常務。 |
| ホラ吹き太閤記(1964年10月31日/東宝)-織田信長。 |
| 花のお江戸の無責任(1964年12月20日/東宝)-播隋院長兵衛。 |
| 大冒険(1965年10月31日/東宝)-花井部長刑事。 |
| 無責任清水港(1966年1月3日/東宝)-清水次郎長。 |
| クレージーだよ奇想天外(1966年5月28日/東宝)-磯村平吉。 |
| クレージー大作戦(1966年10月29日/東宝)-加古井守。 |
| クレージーだよ天下無敵(1967年1月14日/東宝)-町医者。 |
| クレージー黄金作戦(1967年4月29日/東宝)-板垣重金。 |
| クレージーの怪盗ジバコ(1967年10月28日/東宝)-明智少伍郎警部補。 |
| クレージーメキシコ大作戦(1968年4月27日/東宝)-清水忠治。 |
| 日本一の裏切り男(1968年11月2日/東宝)-大和武。 |
| クレージーのぶちゃむくれ大発見(1969年1月1日/東宝)-花川戸大五郎。 |
| クレージーの大爆発(1969年4月27日/東宝)-立花五郎。 |
| 日本一の断絶男(1969年11月1日/東宝)-北斗組親分・土井。 |
| クレージーの殴り込み清水港(1970年1月15日/東宝)-清水次郎長。 |
| 日本一のヤクザ男(1970年6月13日/東宝)-花山才太郎。 |
| だまされて貰います(1971年4月29日/東宝)-竹田。 |
その他
| 竜巻小僧(1960年11月1日/日活)。 |
| ああ女難(1960年12月6日/東宝)。 |
| 腰抜け女兵騒動(1961年1月26日/東宝)。 |
| 銭形平次捕物控夜のえんま帖(1961年3月15日/大映)。 |
| 黒い十人の女(1961年5月3日/大映)。 |
| 銀座のぼんぼん(1961年9月15日/大映)。 |
| クレージーの花嫁と七人の仲間(1962年4月15日/松竹)。 |
| 若い季節(1962年10月20日/東宝)-波奈。 |
| 九ちゃんの大当たりさかさま仁義(1963年1月3日/東映)。 |
| ハイハイ3人娘(1963年1月29日/宝塚映画)。 |
| くたばれ!社用族(1964年4月4日/東京映画)。 |
| 家族(1970年10月24日/松竹)-喜劇俳優。 |
| 祭りの準備(1975年11月8日/日本アート・シアター・ギルド)-沖清馬。 |
| キャプテン(1981年7月4日/エイケン)-キャプテン谷口の父親。 |
| 若い季節(1961-1964年/NHK)。 |
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1945年
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戦災で学校が焼失 |
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1955年
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