| 現在はプロ並みの腕を持っているピアノをはじめたのは小学生の頃。 |
| 同級生がピアノの発表会で演奏しているのを見て、憧れたのがきっかけだったという。 |
| 本格的にミュージカル俳優としての道を進むかどうかは、高校1年生の時に決めた。 |
| 本人いわく、「30分間、布団をかぶってじっくり考えた」。 |
| 本人は日本では語りたがらないが、韓国のメディアでは、来日したばかりの頃の生活が苦しかったことを告白している。 |
| 月に60万ウォン(日本円で6万円)しかなかったため、自宅から稽古場まで1時間歩いて通い、桃の缶詰ばかり食べて生活していたという(そのため、現在でも桃の缶詰は見るのも嫌だと韓国の雑誌のインタビューに答えている)。 |
| 劇団四季を2年で退団。 |
| その後の事務所探しは、日本語ができなかったこともあり、非常に苦労したという。 |
| ハングル講座への出演は、オーディションで決まった。 |
| このオーディションでは、これまでの語学番組を批判するような発言をし、新しい番組が求められているということを力説したという。 |
| 出演が決まってからは、台本の日本語(文法用語)がわからず、台詞を覚えるのが大変だったらしい。 |
| しかし努力の甲斐あって、講師役の小倉紀蔵によると「当初は台本の空いているスペースにびっしりメモがされていたのが、2004年のころには何も書かなくなった」らしい。 |
| 2004年、再再演となるミュージカル『エリザベート』のオーディションに合格。 |
| ルドルフ皇太子の役を浦井健治とダブル・キャストで3年間務めることになった。 |
| 演出の小池修一郎によると、オーディションでは、この二人よりも上手い人はたくさんいたが、ルドルフ役に必要な高音が望まれるレベルまで出せたのがこの二人だったという。 |
| ただし、出演に際して、「外国人俳優が頑張っているという印象を客に与えたくないので、完璧な日本語で」と注意したという。 |
| 本人もその期待に応え、韓国人には難しい発音と思われる言葉も含め、この作品での発音は完璧であった。 |
| 2004年、「冬のソナタ」の放映に端を発した韓流ブームにより、「ミュージカル界の韓流スター」と表現されるようになった。 |
| しかし本人はそれをあまり快く思ってはいなかったようで、「自分は韓流ブームよりも前に日本にいる」「韓流俳優ではない」という発言をあちこちでしている。 |
| キリスト教の信者である。 |
| 日本の舞台では、初日を迎える前のお祓いに全員参加する(韓国ではクリスチャンであれば参加しなくても良い)ことについて驚いたが、チームワークを考えて参加したと言っている(心の中で誰に祈るかは自由だから、とも発言している)。 |
| また、テレビ番組に出演した際、占いは信じるかという問いに対し、「クリスチャンなので、信じてはいない。 |
| でも楽しむ程度はする」と答えているのを見ると、かなり敬虔な信者らしい。 |
| HPなどでのファンへのメッセージにも、「イェス様に誓って」「~をお祈りします」などの表現がたびたび出てくる。 |
| ミュージカル俳優であるが、作曲も得意とする。 |
| これまで日本では「エリザベート」の曲をまとめてテクノ調にアレンジした「テクノ・ルドルフ」、「エリザベート」の大阪公演中に作曲したという「モシ、デキルナラ」、2004年のハングル講座最終回にあたり作曲された「ハナの花」を発表している(いずれもCD化などはされていない)。 |
| 作詞や訳詞も得意としている。 |
| ディナーショーやライブで、「雨に唄えば」の中の曲を日本語に訳して歌った他、森山良子の「あなたが好きで」や「エリザベート」の「最後のダンス」を韓国語に直して歌ったこともある。 |
| また、テレビ番組「ミドリのドレミドリ」に出演した際、美空ひばりの「川の流れのように」の韓国語バージョンも披露している。 |
| 航空機の模型のコレクションをしている。 |
| 俳優でなければ、パイロットになりたかったと言う。 |
| 2008年の「火の鳥~鳳凰編~」への出演は、音楽を担当した甲斐正人の推薦で決まった。 |
| 甲斐は「エリザベート」の音楽監督であった。 |
| 2009年に36歳(数え年・満年齢では35歳)で韓国ミュージカル大賞男優新人賞を受賞。 |
| 同賞には1999年に出演した『FAME』で2000年にもノミネートされ、逃している。 |