| 1978年、ロサンゼルスの画廊と契約してロサンゼルスに移住。 |
| 版画的技法のシルクスクリーンで、100色以上もの色を散りばめた鮮やかな多色作風により、一躍その名を馳せる。 |
| 以降、アメリカ各地で個展を開き、アートEXPOへも出展するようになる。 |
| 彼の作品の多くは、シルクスクリーンによる鮮烈な色彩が非常に印象的である一方で、作品中の細部の人物の顔など間近で見ないとわからないところまで緻密に描写され、繊細である。 |
| 1983年、「エア・ショー」が、レーガン大統領が名誉会長であった人類飛行200周年記念財団の公式ポスター作品に選ばれる。 |
| 後にヤマガタ・ブルーと称される鮮やかな青色の世界を確立。 |
| 1984年、ロサンゼルス市観光誘致キャンペーン公式作品を制作。 |
| 同年、ロードアイランド州が、9月21日を「ヒロ・ヤマガタの日」に定め、同州のウォリック市より名誉市民の称号が贈られる。 |
| 同年、東京で初の個展が開催される。 |
| 1986年、ロサンゼルス市名誉市民に選ばれる。 |
| 同年、レーガン大統領の依頼で「自由の女神100周年記念」のための公式作品を制作。 |
| 同年、エドワード・ケネディ議員の呼びかけでケネディ財団主催のアートを通じた障害者支援チャリティープロジェクト「ベリー・スペシャル・アーツ」に参加。 |
| 同年、東京、大阪、名古屋、横浜、福岡で巡回展を開催。 |
| 1987年、ヤマガタ財団設立。 |
| ケネディ財団と共同で身体障害者のチャリティイベントを開催。 |
| 同年、「自選山形博導画集」が出版。 |
| 1988年、「オーストラリア建国記念」「エッフェル塔100周年」などの公式作品、レーガン大統領肖像画を制作。 |
| 同年、ジャック・ニクラスと共同でゴルフシリーズ開始。 |
| 1989年、東京、静岡、名古屋、大阪で巡回展を開催。 |
| エリザベス・テイラーとの友情を通じてアメリカン・ファンデーション・オブ・エイズ・リサーチへの寄付を開始。 |
| サンフランシスコ地震被災者救済のために「ファイアー・ワークス」の全売上を赤十字社へ寄付。 |
| 1990年、アーノルド・シュワルツェネッガーがテキストを書いた英語版画集「YAMAGATA」が出版。 |
| 「アメリカ移民200周年」、ベルリンの「フリーダム・キャンペーン」公式作品を制作。 |
| 同年、メキシコシティ国立美術館で個展開催。 |
| 1991年、「コロンブス新大陸発見500年記念」、世界陸上の公式作品を制作。 |
| 同年、ニューヨーク映画記録保管所への経済支援を開始。 |
| 同年、エイズ・チャリティー活動の一環としてエリザベス・テイラーと共に来日。 |
| 1992年、バルセロナ・オリンピックの公式作品を制作。 |
| 同年、米国ウォルト・ディズニーアートクラシックインクと契約。 |
| 同年、金閣寺をモチーフに、京都「遷都1200年祭」の公式作品を制作。 |
| 同年、障害を持つ人々の芸術活動の振興を行う国際組織「ベリー・スペシャル・アーツ」に600万ドルを寄付。 |
| 1993年、ジーン・ケネディ・スミスと共に「ベリー・スペシャル・アーツ」のインターナショナル・アート・フェステバル(ブリュッセル)に参加。 |
| 同年、ジャック・ニクラスと共同でゴルフシ新シリーズの制作を発表。 |
| 1994年、アレン・ギンズバーグらとビート・ジェネレーションに関するドキュメンタリー映画制作の企画を開始。 |
| 同年、美しい自然のイメージをメルセデス・ベンツのヴィンテージ・カーに描き出し「アースリーパラダイス」としてロサンゼルス市立美術館で発表。 |
| 1995年、米国オリンピック委員会の依頼でアトランタ・オリンピック全種目の作品を制作。 |
| 同年「アースリーパラダイス」展を箱根、ヴェネツィア(アレン・ギンズバーグとの合同展)、モンテカルロ、モンテカティーニ、トリノにて開催。 |
| 1996年、「アースリーパラダイス」展をシカゴで開催。 |
| 同年、カール16世グスタフスウェーデン国王に招かれ「アースリーパラダイス」展をストックホルムで開催。 |
| 1997年、「アースリーパラダイス」展をカッセル(デニス・ホッパーとの合同展)、ウィーンにて開催。 |
| 同年、「エタニティー・オア・ファット」展をロサンゼルスのフレッド・ホフマン・ファイン・アート・ギャラリー、シカゴART1997で開催。 |
| バクテリアやカビが増殖する過程を顕微鏡カメラで3か月撮影。 |
| 同年、レーザー光線を用いたインスタレーション展 |
| 同年、アカデミー賞授賞式にて「アースリーパラダイス」のイメージとレーザーインスタレーションのコラボレーションを発表。 |
| 同年、ホワイトハウスからの依頼で、アメリカ合衆国憲法制定200周年記念の作品「ウィ・ザ・ピープル」を制作。 |
| 1998年、「アースリーパラダイス」展をローマで開催。 |
| 同年、レーザーインスタレーション |
| 同年、自身が影響を受けた老子をテーマにしたNHKの番組取材で中国を初めて訪れ作品を描く。 |
| 1999年、「アメリカン・リップス」展をニューヨークのマルボロギャラリーで開催。 |
| 同年、ビート・ジェネレーションに関する映画『ザ・ソース』(邦題『ビートニク』)のプロデュースが完成、ニューヨークとロサンゼルスの美術館で公開。 |
| 同映画製作中の97年、アレン・ギンズバーグとウィリアム・S・バロウズが次々に他界(映画監督ジョナス・メカスが撮影したギンズバーグのお通夜の映像に、ヒロ・ヤマガタの姿も見ることができる)したため、一時期完成が危ぶまれた。 |
| 映画は彼らの生前のインタビューも含めたビートに関する様々なドキュメンタリー映像資料と、ジョン・タトゥーロ(ギンズバーグ役)、デニス・ホッパー(バロウズ役)、ジョニー・デップ(ジャック・ケルアック役)らによる再現ドラマシーンとで構成されている。 |
| 同年、レーザーインスタレーション「ローマイヤーライツ」をローマイヤー彫刻美術館(ミズーリ州セントルイス)にて開催。 |
| 2000年、シンシナティ現代美術センターで開催されたレーザーインスタレーショングループ展「アクティブ・ライフ」(オハイオ)に参加。 |
| 同年、レーザーインスタレーション「太陽系インスタレーションプロジェクト1」をヤマガタスタジオ(マリブ)で開催。 |
| 2001年、レーザーインスタレーション |
| (映画監督ジョナス・メカスが撮影した「NGC6093」でのヒロ・ヤマガタインタビュー映像を、ジョナス・メカス公式HPで見ることが出来る)レーザーインスタレーション |
| 2002年、レーザーインスタレーション「クウォンタン・インジェクション」をペパーダイン大学(マリブ)で開催。 |
| 2003年、レーザーインスタレーション |
| この作品はホログラムを巡らした立方体型の巨大な2つの建造物の中で、レーザーを大量に照射し、室内に吊るされた無数のキューブで反射させる屋内展示であった。 |
| 同年、レーザーインスタレーション「スーパーノヴァ3」展をCOSIコロンバス科学博物館(オハイオ州)で開催。 |
| 2004年、レーザーインスタレーション |
| 美術館に隣接する丘の上に設置した円盤型のオブジェから放たれるレーザーが、屋外に設置された2つの立方体型建造物の外壁を照らし出す等、インスタレーションのスケールが横浜を基盤にさらに大きくなった。 |
| 2005年、アフガニスタンのバーミヤーン仏教遺跡にて、破壊された大石仏像を復活させる試みとして、大掛かりなレーザー光線でそのイメージを取り戻すと言う過去最大規模のレーザーインスタレーション構想を発表。 |
| 太陽発電をベースに蓄えた電力で日没後インスタレーションを実施し、余った電力は地元の農村の電化事業へ還元されると言う。 |
| 同年、ロサンゼルスのゲッフェン現代美術館で開催されたガラパーティーにてレーザーインスタレーションを発表。 |
| 同年、フランク・ゲーリーのドキュメンタリー映画スケッチ・オブ・フランク・ゲーリーがトロント国際映画祭(カナダ)で公開。 |