| 2005年から女子テニス国別対抗戦・フェドカップのベラルーシ代表選手になった。 |
| 2006年から4大大会の本戦に出場し始め、全米オープンで初めての3回戦進出を決める。 |
| 17歳のアザレンカは1回戦で第11シードのアナスタシア・ミスキナを破った金星の後、3回戦でアンナ・チャクベタゼ(ロシア)に敗れた。 |
| 全米オープンの後、2006年10月のウズベキスタン・タシュケント大会で、アザレンカは同じベラルーシのタチアナ・ポウチェクとペアを組んでダブルス初優勝を飾り、シングルスでも準決勝まで進出した。 |
| 2007年の全豪オープンで、ビクトリア・アザレンカはベラルーシの先輩選手マックス・ミルヌイとペアを組んだ混合ダブルス部門で決勝に勝ち進み、ベテランペアのダニエル・ネスター(カナダ)&エレーナ・リホフツェワ(ロシア)組に4-6,4-6で敗れて準優勝になった。 |
| この年は全仏オープン以外の4大大会で3回戦に勝ち残る。 |
| 全米オープン3回戦では元世界1位のマルチナ・ヒンギスを破った後、初進出の4回戦で2004年の優勝者スベトラーナ・クズネツォワに2-6,3-6で敗れた。 |
| この後、アザレンカとミルヌイは混合ダブルスで全豪オープンに続く決勝進出を果たし、リアンダー・パエス(インド)&メガン・ショーネシー(アメリカ)組を6-4,7-6で破り、アザレンカはここで初めてのグランドスラム・タイトルを獲得した。 |
| 2008年全豪オープンで、アザレンカは初めて女子シングルスの「第26シード」に選ばれ、3回戦で大会前年度優勝者のセリーナ・ウィリアムズに敗れた。 |
| 同大会では女子ダブルスで活躍し、シャハー・ピアー(イスラエル)とペアを組んで決勝に勝ち進んだが、ウクライナの姉妹ペアであるアリョーナ・ボンダレンコ&カテリナ・ボンダレンコ組に6-2,1-6,4-6の逆転で敗れ、準優勝に終わった。 |
| 全仏オープンでは、シングルスは4回戦でスベトラーナ・クズネツォワに敗れたが、混合ダブルスでボブ・ブライアン(アメリカ)とペアを組み、決勝でネナド・ジモニッチ(セルビア)&カタリナ・スレボトニク(スロベニア)組を6-2,7-6で破って優勝した。 |
| これにより、アザレンカは混合ダブルスで全仏オープンと全米オープンの2冠を獲得したことになる。 |
| 8月の北京五輪にもベラルーシ代表選手として初出場し、シングルス3回戦でビーナス・ウィリアムズに敗れた。 |
| 2009年1月、アザレンカはブリスベン国際決勝戦でマリオン・バルトリ(フランス)に6-3,6-1で快勝し、女子ツアーシングルス初優勝を達成した。 |
| 同年の全仏オープンで、アザレンカは初めてのシングルス・ベスト8に入り、女子ダブルスでエレーナ・ベスニナ(ロシア)と組んで準優勝した。 |
| アザレンカとベスニナは、決勝で2連覇を目指したスペインペアのビルヒニア・ルアノ・パスクアル&アナベル・メディナ・ガリゲス組に1-6,1-6で完敗した。 |
| この年は女子ツアーでシングルス3勝・ダブルス2勝を挙げ、彼女はシングルス・ダブルスともに世界ランキングトップ10入りを果たした。 |
| 2010年はシングルスで4回決勝に進出し2大会で優勝、2大会で準優勝した。 |
| 2011年の全豪オープンではシングルスは4回戦で敗退したが、マリア・キリレンコと組んだダブルスで3年ぶりの決勝に進出した。 |
| 決勝では第1シードのヒセラ・ドゥルコ&フラビア・ペンネッタ組に6-2,5-7,1-6の逆転で敗れ4大大会ダブルス初優勝を逃した。 |
| 2011年のマイアミ大会とマルベーリャ大会で2週連続優勝を果たした。 |
| 5月のマドリード大会では決勝でペトラ・クビトバ(チェコ)に6–7(3),4–6で敗れたが、大会後のランキングで4位となりナターシャ・ズベレワの5位を超え、ベラルーシ人として最高位を記録した。 |
| ウィンブルドンでは4大大会シングルスで初めてのベスト4に進出。 |
| 準決勝で優勝したペトラ・クビトバに1–6,6–3,2–6で敗れた。 |
| 全米オープンでは3回戦でセリーナ・ウィリアムズに1-6,6-7(5)で敗れたが大会後のランキングで自己最高の3位を記録した。 |