| 2002年8月14日、UEFAチャンピオンズリーグ予選のレジア・デ・バルソビア戦(3-0)でトップチームデビューを果たした{{citenews|url=http://www.fcbarcelona.jp/news/2007_08/apr08/news_0402_3.html|title=バルデス、250試合出場。 |
| 2002-03シーズン序盤はアルゼンチン代表のロベルト・ボナーノの控えであったが、ボナーノが満足のいくパフォーマンスを残せなかったため、ラドミール・アンティッチ監督が就任するとレギュラーに抜擢された。 |
| 2003年夏にはボナーノが退団してトルコ代表のリュシュテュ・レチベルが加入し、再び控えに降格するかと思われたが、2003-04シーズンも出場機会が多く、2004年夏にリュシュテュ退団にともなって正GKの座を完全に掴んだ。 |
| 2004-05シーズンはほとんどの試合に出場して6シーズンぶりのリーグタイトルを獲得し、個人的にもサモラ賞を獲得した。 |
| 2005-06シーズンはリーグとUEFAチャンピオンズリーグの2冠を達成した。 |
| 同シーズンのUEFAチャンピオンズリーグ決勝はイングランドのアーセナルとの対戦になったが、ティエリ・アンリの至近距離からのシュートを2度も防ぎ、試合後にはフランク・ライカールト監督に名指しで称賛された。 |
| 2006-07シーズンは初めてリーグ戦38試合全てにフル出場した。 |
| 2007-08シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは、欧州カップ戦で466分間連続無失点を続け、1975年から1976年にかけてペレ・バレンティ・モラ(PereValentíMora)が記録したクラブ記録を更新した。 |
| リヨン戦でジュニーニョ・ペルナンブカーノに45ヤードの距離からの直接フリーキックを決められ、この記録は途切れた。 |
| 2006-07シーズンと2007-08シーズンは主要タイトルを逃した。 |
| 2008年4月1日、UEFAチャンピオンズリーグ準々決勝、シャルケ04戦ファーストレグでFCバルセロナでの公式戦通算250試合出場を達成した。 |
| 2009年5月27日、UEFAチャンピオンズリーグ決勝でマンチェスター・ユナイテッドを2-0で破り、リーガ・エスパニョーラ、コパ・デル・レイの3冠(トレブル)を達成した。 |
| この試合では前後半に1回ずつクリスティアーノ・ロナウドの決定機を防いだ。 |
| 前半には遠めの位置からのフリーキックを防ぎ、後半には低いクロスに合わせたC・ロナウドのシュートを防いだ。 |
| 2009年8月20日、交際していた女性との間に第一子となる男児が誕生した。 |
| 2009-10シーズンはリーグ戦で勝ち点99を獲得し、自身4度目(グアルディオラ就任から2年連続)のリーグ制覇を成し遂げた。 |
| UEFAチャンピオンズリーグ準決勝インテル戦では、敗戦後に相手のジョゼ・モウリーニョ監督に詰め寄ってインテル幹部に制止された。 |
| 2011年8月29日のビジャレアルCF戦に出場し、アンドニ・スビサレッタが保持していたゴールキーパーとしての公式戦クラブ最多出場記録(410試合)に並んだ{{citenews|url=http://www.wowow.co.jp/sports/liga/news_110830_1.html|title=バルセロナのV・バルデス、スビサレッタSDが持つGKのクラブ出場記録に並ぶ。 |
| リーガ・エスパニョーラ(5):2004–2005,2005–2006,2008–2009,2009–2010,2010–2011。 |
| コパ・デル・レイ(1):2008–2009。 |
| スーペルコパ・デ・エスパーニャ(5):2005,2006,2009,2010,2011。 |
| UEFAチャンピオンズリーグ(3):2005–2006,2008–2009,2010–2011。 |
| UEFAスーパーカップ(2):2009,2011。 |
| FIFAクラブワールドカップ(1):2009。 |