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ビートたけし

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1965年 高校を卒業後は母親の薦めで、明治大学工学部(後の理工学部機械工学に...
1969年 ゆけゆけ二度目の処女(1969年、エキストラ出演)
1978年 新宿区高田馬場の芳林堂書店前で持ちネタの全てを披露する漫才ライブを...

ビートたけし(本名:北野 武(きたの たけし)、1947年(昭和22年)1月18日 - )は、東京都足立区出身、オフィス北野所属のお笑いタレント、映画監督、俳優、司会者、東京芸術大学大学院映像研究科教授、元漫才師(ビートキヨシとともに、ツービートとして活動)であり、日本国外では映画監督としての知名度が高い。また、立川談志一門であり高座名「立川錦之助」を持つ。

本名 北野武
所属 オフィス北野
出身地 東京都足立区
■ 1980年代後半以降、タモリ、明石家さんまと共に、日本のお笑い芸人『ビッグ3』の1人として認められている。
■ タモリを「タモさん」「タモリ」と呼び、明石家さんまには呼び捨て、「さんちゃん」「さんまちゃん」「師匠」「出っ歯」と呼んでいる。
■ また、1970年代後半頃までは、萩本欽一、タモリと共に、日本のお笑い芸人『ビッグ3』であった。
■ 現在では司会業が中心で、中には20年以上続く番組がある。
■ 司会者ながら、聞き手に回りながらも、相手の何気ない一言を即席の持ちネタにし、話の節目やオチで効果的に連呼し使用する特徴がある。
■ 東京都足立区島根町にて、ペンキ職人の父(北野菊次郎)と、母(北野さき)の四男(次男が夭折し、実質は三男として育つ)として生まれ、「竹のようにどんなものにも耐えてすくすく伸びてほしい」との願いから、「武(たけし)」と命名された。
■ 血液型はO型。
■ 色白で細面、身体は小さいが俊敏で友人からは「ターチ」と渾名された。
■ 兄姉とは年が離れていたため、祖母に非常に可愛がられて育った(家族構成は「家族・縁戚」を参照)。
■ 足立区立梅島第一小学校に入学。
■ 1965年(昭和40年)に 高校を卒業後は母親の薦めで、明治大学工学部(後の理工学部)機械工学科に現役合格し入学。
■ しかし、大学での生活には適応できず、いわゆる五月病を患うようになり、大学2年の時には、家出同然に一人暮らしを始め、新宿界隈で当ての無い日々を送るようになる。
■ 学生運動にも参加したが熱心ではなく、ジャズに傾倒する。
■ “LeftyCandy”や新宿ACB(アシベ)、風月堂などに入り浸った。
■ また、ジャズ喫茶のボーイもしたが、ジャズの見識は一部で有名であった。
■ 学生運動が収束に向かったこともあって、自身も去就を模索する必要に迫られた。
■ 芸能に興味はあったが、アングラ演劇には馴染めず、「理工系なので文学的なものはわからない、しかし演芸なら自分にも理解できるだろう『驚きももの木20世紀 - 伝説の浅草芸人・深見千三郎と最後の弟子』朝日放送、1996年」という理由で、いつしか芸人を志望するようになった。
■ ただ当時の一般認識として卑しい仕事に見られていた面もあり。
■ 子供の勉学に厳しく大学にまで入らせて芸人の道を志した武に母は怒り嘆き、子供の頃から厳しい勉強を強いられて窮屈な思いをしていた武は、これに猛反発。
■ 北野家においても近所の体裁を考えて「芸人を目指した北野武」という存在は無かった事になっていた。
■ フランス座に出入りしていた2年先輩の兼子二郎から漫才コンビを組むよう誘いを受け、当時フランス座は経営難で給料の支払いすら事欠くようになっていたことや、背広一つで稼ぐことができる漫才に魅力を感じていたことから、『松鶴家次郎』の芸名で舞台に上がることを了承した(兼子の芸名は『松鶴家二郎』)。
■ 当初は正統派の掛合い漫才で全く芽が出ず、フランス座にいた頃よりも貧窮した。
■ 兼子が一時コロムビア・ライトの付き人をして生活を凌いでいたため、その縁で空たかし・きよし(コロムビア・トップ・ライトの一門は皆「青空」の家号を名乗るが、片方の弟子なので「空」だけとなった。
■ )と名乗り営業に出たこともあった。
■ 演芸場のギャラは安いため、地方キャバレーなども回るようになるが、たけしは酔客相手の仕事を嫌い、出番をすっぽかしたり、酩酊して舞台に上がることが多かった。
■ 演芸場での人気とは裏腹に、その破壊的な芸風は一部の関係者に受け入れられず激しい抑圧を受け、漫才協団から脱退を求める声すら起きたというビートたけし『午前3時25分!』 『平凡パンチ』平凡出版株式会社、1983年 ISBN 978-4900416000。
■ 1976年(昭和51年)協団が主催するNHK新人漫才コンクールにツービートは3年連続で出場したが最優秀賞を獲得することは出来なかった。
■ 1978年(昭和53年)、新宿区高田馬場の芳林堂書店前で持ちネタの全てを披露する漫才ライブを開催したが、この企画をした高信太郎との繋がりでたけしも、高平哲郎、赤塚不二夫、タモリらと一時期交友関係を持った。
■ その後、「酒を飲んで軽いジョークを言いあったりする、あのシャレた笑い」が肌に合わずじきに離れた。
■ 1979年(昭和54年)、女流漫才師「ミキ&ミチ」の内海ミキと結婚。
■ 1980年『マンザイブーム』(旧来の“漫才”と区別される為にカタカナ表記)が起こり、ツービートは毒舌漫才と毒舌ネタを売り物にB&B、ザ・ぼんち等と共に一躍知名度を上げた。
■ 速射砲さながらに喋りまくり、時おり弾倉を交換するかのごとく首を「くっ」と捻るたけしの姿は、個性派揃いの漫才師の中でも異彩を放った。
■ その毒舌が織りなすネタの主題となったのはジジイ・ババア・ブス・カッペ(田舎者)で、さらにウンコとヤクザとガキが頻繁に登場した。
■ また、金属バット殺人事件や深川通り魔殺人事件といった時事性の高い話題をいちはやくギャグに取り入れた。
■ これらの不謹慎ネタは「残酷ギャグ」等と批判を受けることもあったが、それに対してたけしは「たかが漫才師の言う事に腹を立てるバカ」と言ってのけた。
■ 毒舌家というパブリックイメージはそのままに、ネタに依存する消耗度の高い喋りを捨て、パーソナリティを軸とした芸風に移行していく。
■ また、1981年元旦からニッポン放送(LF)系のラジオ番組『ビートたけしのオールナイトニッポン』、同年5月からフジテレビ(CX)系の『オレたちひょうきん族』がそれぞれ開始された。
■ 1982年から1984年にかけて番組出演中に弟子志願者(正式な門下は取らない主義の為“ボーヤ”と呼ばれる)が押しかけ、相当の数が集まった事(たけし軍団)から、集団で行うバラエティを模索しNTV系『スーパージョッキー』、TBS系『笑ってポン』等が始まった。
■ また、博識が評価されTBS系『世界まるごとHOWマッチ』等で文化人的な出演要請も増えた。
■ 上記は1985年当時のレギュラー番組全てであるが、このうちNTV、EX、TBS、CX全ての20時台の最高視聴率をマークした。
■ 『その男、凶暴につき』(1989年)は、監督:深作欣二 主演:ビートたけしで映画化を予定し、配給の松竹は両者の間で交渉を進めたが、スケジュールや条件で合致せず、深作が監督を辞退した。
■ そこで松竹は人物的魅力と話題性から、たけし(以下、映画の項目では映画監督での活動名(本名)での「北野」で表記)に監督を依頼したところ、テレビの仕事と両立させることを前提として承諾。
■ 1997年、映画『HANA-BI』が、第54回ヴェネツィア国際映画祭で日本作品として40年ぶりとなる金獅子賞を受賞した。
■ 第52回カンヌ国際映画祭(1999年)コンペティション部門に正式参加した映画『菊次郎の夏』で約5分間のスタンディングオベーションを受けた。
■ カイエ・デュ・シネマは300号から100号毎に映画人を編集長に招いて記念号を発行しており、過去に記念号の編集長を務めた映画監督は、ジャン=リュック・ゴダール「ここ四、五年、私が素晴らしいと思っている、北野武の映画があります。
■ 東京都新宿区の都道で飲酒運転での原付バイク事故を起こし、入院生活などで半年間テレビへの出演が出来なかった。
■ 漫才ブームが過ぎ、次代に生き残る為の材料を思索していた時期、たけしはテレビの更なるバラエティショー化が進むと予想し、「タップとピアノ位はやれないとみっともねえだろ」と考え景山民夫『極楽TV』JICC出版局、1985年 ISBN 978-4880631363、たけし軍団でもタップ・楽器・太神楽(ジャグリング)が必修科目となった。
■ 1981年、文芸評論家の鶴見俊輔は『広告批評』誌上における座談の中で、「ツービートはがきデカの位置に似ている」と評し、文芸評論家・高澤秀次はこの評を絶賛した。
■ 1983年、吉本隆明は栗本慎一郎との対談集の中で、たけしの話芸を「自分を異化することによって自然の流れとしてしまう芸風」と評した栗本慎一郎・吉本隆明『相対幻論』冬樹社、1983年(1985年に角川文庫に収録) ISBN 978-4041501054(角川文庫版)。
■ 色川武大は「才能は切れるが、それだけにいいところを一人占めしようとしすぎる」とし、榎本健一・藤山寛美・萩本欽一と並べて「自分の手足を切ってゆく」タイプの芸人に分類した(対極として、古川ロッパ・森繁久彌・タモリの名を挙げた)色川武大『なつかしい芸人たち』新潮社、1989年 ISBN 978-4103311041(「銀座百点」掲載、1987年)。
■ 田中康夫は、たけしを自らと同じく「価値紊乱者」(既存の権威への挑戦者)としつつも、1980年代中盤には『感覚の倫理学』および『ファディッシュ考現学』にて立川流への入門や軍団創設を「肩書きや権威など精神的ブランドに頼るようになり(当時たけしがなりたいと語っていた)日本のレニー・ブルースになりそこねた」と評した。
■ たけしの誰でもピカソで島田洋七がゲスト出演した際に「漫才では洋七に勝てない、しゃべりではさんまに勝てない、司会では紳助に勝てない。
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