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プロフィール
- ピチカート・ファイヴとは
- 概要
- 1984 - 1990
- 1991 - 1999
- 1999 - 2001.3.31
- 解散後
- メンバー
- ノン・スタンダード
- CBS・ソニーレコード
- 日本コロムビア
- HEAT WAVE
- ベストアルバム
- エピソード
- 関連項目
- 関連サイト
ピチカート・ファイヴ/英語表記:PIZZICATOFIVE(1984年~2001年3月31日)は、日本の音楽グループ。デビュー当時から1987年までの表記はPIZZICATOVだった。
概要
| 1990年代の日本において一世を風靡した「渋谷系」と呼ばれる系統に属し、その音楽性のみならず3代目ボーカルである野宮真貴のルックス・ファッション面でも評価が高かった。 |
| 自らを「ハッピー」、「キャッチー」、「グルーヴィー」、「ファンキー」といった言葉で形容することが多い。 |
| その活動はアメリカやイギリス、フランスなどの欧米諸国にまで及び、ミック・ジャガーがピチカート・ファイヴのファンを公言していたほか、ロバート・アルトマン監督の『プレタポルテ』(1994年)や劇場版『チャーリーズ・エンジェル』(2000年)で「トゥイギー・トゥイギー~トゥイギー対ジェイムズ・ボンド~」(元曲は野宮のソロ時代のもの)が使われたり、2002年のオースティン・パワーズ#第3作では「東京の合唱」が流れるなど、複数の外国映画で楽曲が使われた。 |
| 熱狂的なファンを指す用語や、公式ファンクラブの名称は「ピチカートマニア!」。 |
1984 - 1990
| 1984年、小西康陽、高浪慶太郎、鴨宮諒、佐々木麻美子の4人をオリジナルメンバーとして結成。 |
| 当初はドラマーの宮田繁男(後のオリジナル・ラヴメンバー)を加えた5人の予定だったが、4人で“ピチカート・ファイヴ”を名乗ることとなった。 |
| 1985年、元はっぴいえんど・ティン・パン・アレー・YMOの細野晴臣プロデュースにより12インチシングル「オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス」でテイチク/ノン・スタンダードレーベルよりデビュー。 |
| 計2枚の12インチシングルを残す。 |
| 1986年、CBS・ソニーレコードへ移籍。 |
| 1987年にファーストアルバム『couples』をリリースするが全く売れず、ソニー側から「ライヴの出来るボーカリストとの交代」を要求される等の事情もあり同年、鴨宮諒と佐々木麻美子の二人が脱退。 |
| 当時既にオリジナル・ラヴでの活動を開始していた田島貴男を2代目ボーカルに迎え、1988年にはセカンドアルバム『Bellissima!』をリリース。 |
| その後も『女王陛下のピチカート・ファイヴ』(1989年)、『月面軟着陸』(1990年)とアルバムを次々と発表して一部では話題となるが、いずれも商業的な成果を残せなかった。 |
1991 - 1999
| 1990年、ピチカート・ファイヴは日本コロムビア/SEVENGODS(後にTRIADレーベル)に移籍した。 |
| この背景にはそれまでの所属レコード会社であったCBS・ソニーの販売戦略に対する疑問もあったようである。 |
| 移籍と同時に田島貴男がオリジナル・ラヴでの活動に専念するため脱退したのを受けて、レコーディングやライブでサポートボーカルをしていた元ポータブル・ロックの野宮真貴を3代目ボーカルに迎える。 |
| また、高浪慶太郎が高浪"敬太郎"と改名し、1991年に高浪敬太郎コンボ&オーケストラ(小西も2曲参加)としてフジテレビ系テレビドラマのサウンドトラックである「学校へ行こう!LET'SGOTOSCHOOL」を手がけたのを皮切りに、大量のリリース攻勢を仕掛けていく。 |
| その名が広く知られるようになったのは1993年4月にリリースした「スウィート・ソウル・レヴュー」によってである。 |
| カネボウ化粧品「REVUE」シリーズ春のキャンペーンソングという大型タイアップを掴み、本作はスマッシュ・ヒットとなる。 |
| さらに同年6月に発表したアルバム『ボサ・ノヴァ2001』(元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾との共同プロデュースによるアルバム)はオリコンチャートで最高7位を獲得。 |
| 12月にリリースした「東京は夜の七時」も、フジテレビ系の子供番組『ウゴウゴルーガ2号』のオープニング曲に採用されてさらに知名度を高め、一気に一流アーティストの仲間入りを果たした。 |
| 1994年にはミニアルバム『5×5』をアメリカのマタドールレコード(MatadorRecords)からリリースして北米デビューを果たし、続いてリリースされたアルバム『MADEinUSA』も全世界での売上げが20万枚に達した。 |
| 同年9月にもアルバム『Overdose』をリリースするが、このアルバム発表前の10月に高浪が脱退し、小西、野宮の二人で活動していくことになる。 |
| 1995年2月からはアメリカおよびヨーロッパの14都市でツアーを行い、成功を収める。 |
| 3月には初のベストアルバム『PIZZICATOFIVETYO〜BigHitsandJetLags1991-1995』をリリースした。 |
| 1996年発表のシングル「ベイビィ・ポータブル・ロック」(日産・ミストラルCMソング)のヒットに続き、1997年、小西によって新レーベル(readymade)records,tokyoを設立し、アルバム『HappyEndOfTheWorld』、ベストアルバム『PIZZICATOFIVEJPN〜BigHitsandJetLags1994-1997』(1997年)のほか、アナログ盤作品やリミックスアルバムのリリース、ライブなど順調に活動を重ねる。 |
| 1998年は1月に筒美京平が作曲した「恋のルール・新しいルール」、7月にミディアムバラード調の「きみみたいにきれいな女の子」、9月にザ・コレクターズの加藤ひさしをフィーチャリングした(実態的には野宮とのデュエット)「ウィークエンド」と建て続きにシングルCDがリリースされた。 |
| 10月からの新番組サタスマの音楽を小西が手がける事になり、エンディングテーマに「プレイボーイ・プレイガール」が採用され、コーナードラマ『少年頭脳カトリ』のオープニングテーマ(未発売)も「野宮真貴と野宮真貴(ピチカート・ファイヴ)」名義で担当した。 |
| 「プレイボーイ・プレイガール」は同月発売の同名のアルバム(CD/限定LP盤)のタイトル曲だが、翌11月にシングルカットされ、8cmCDシングルで発売された。 |
| また、アルバムCD「プレイボーイ・プレイガール」の通常盤発売以降、日本コロムビアが立ち上げたJ-POP部門のレコード会社HEATWAVE(ヒートウェーブ)が発売元となり、2001年の同社清算までの作品は、【records,tokyoレーベル、発売元:株式会社ヒートウェーブ、販売元:日本コロムビア株式会社】という形態となる。 |
1999 - 2001.3.31
| 1999年のCDリリースはJBLmaxisonicseriesと討って、4月に初マキシシングル(ミニアルバム形態に近い)「darlin'ofdiscothequee.p.」から始まり、7月の「nonstoptotokyoe.p.」、10月の「パーフェクト・ワールド」、11月の1900年代最後のアルバム「PIZZICATOFIVE」と続いた。 |
| 2000年は2月にreadymaderecordsのアーティストによるコンピレーション盤を発売し、7月に野宮がソロとしてCDデビュー、8月には小西プロデュースによる「慎吾ママのおはロック」が発売されミリオンセラーを記録した。 |
| 9月にシゲル・マツザキとYOU THE ROCK★をフィーチャリングしたシングル「東京の合唱」を発売し、『東京』を一種のブランドテーマとしたプロデュースに傾斜して行くこととなる。 |
| 9月30日には『女性上位時代』〜『ロマンティーク96』までのSEVENGODS・TRIADレーベル時代のオリジナルアルバムが再発売された。 |
| 11月にはオリジナルクリスマスソングである「12月24日」をシングルで発売し、同年のクリスマスまでfeelH"とタイアップしたCM(梅宮アンナ出演)がゴールデンタイムを中心に大量に放映された。 |
| また、「12月24日」と同時にPV集「readymadeTVVolume.3」がPIZZICATOFIVE初のDVDとして発売されている。 |
| 2001年1月1日、21世紀最初でオリジナルとしては最後のアルバム『さ・え・らジャポン』をリリース。 |
| 『東京』から視野を広げて『日本』をテーマとしたありとあらゆる楽曲が詰め込まれたこのアルバムでは、「東京の合唱」でフィーチャーされた松崎しげる・YOU THE ROCK☆は勿論、雪村いづみ・デューク・エイセス、ロケットマン(ふかわりょう)、横山剣(クレイジーケンバンド)、クレモンティーヌ、イマクニ?、ハナレグミなどの豪華絢爛たるゲストをフィーチャリングした事でも高い評価を受ける。 |
| しかし、2001年3月14日前後に、月末(3月31日)をもってピチカート・ファイヴが解散するとreadymaderecords,tokyoから急遽発表される。 |
| 解散の理由は小西曰く、「『さ・え・らジャポン』の出来が、ゲストの力を借りる形で今までになくすばらしい出来上がりで、解散するなら(最高の状態の)今かな」との事。 |
| これに関しては『元祖渋谷系が終止符を打つ』などの内容で、朝日新聞などの文化面でも報じられた。 |
| 結果として、1999年から2001年3月末の解散までの間に12種のCD・LP盤を1-3ヶ月のハイペースで立て続けにリリースとなった。 |
解散後
| 解散から日が経たない2001年6月に、コロムビア時代のシングルA面楽曲を全曲収録した2枚組CD「singles」が、1年後の2002年3月31日にはある種の追悼盤でもあるトリビュートアルバムが発売され、曽我部恵一、ORIGINAL LOVE、キリンジ、リップスライム、市川美和子、水森亜土、夏木マリ、和田アキ子が参加した。 |
| バンド結成から20年経った2004年には、コロムビア在籍時にリリースした映像作品のDVD再発売盤や、ソニー時代のベストアルバムとオリジナルアルバムの再発売盤がリリースされた。 |
| さらに2005年、小西は息を吹き返しつつあるコロムビアミュージックエンタテインメントとプロデュース契約をして、columbiareadymadeレーベルを設立し、ピチカートの解散から5年経った2006年3月31日に、同レーベルより旧日本コロムビア時代のオリジナル/ベスト/ライブアルバムの再発売盤をリリースした。 |
| これには小西がアレンジしたジャケットがあしらわれており、ライナーノーツの構成がオリジナルと幾分異なる作品もある。 |
| また、同レーベルの第一弾アーティスト、野本かりあが、歌詞は留守番電話→携帯電話と変え、アレンジもほとんど変えられているもののピチカートの代表曲である「東京は夜の七時」をカバーした。 |
メンバー
| ;小西康陽(ベース、キーボード、ボーカル)。 |
| ピチカート・ファイヴのフロントマン的存在で、解散時までグループを牽引した唯一のオリジナルメンバー。 |
| 大半の楽曲において作詞・作曲を担当。 |
| ;高浪慶太郎(ギター・ボーカル)。 |
| オリジナルメンバーの一人。 |
| ;佐々木麻美子(メインボーカル)。 |
| オリジナルメンバーの一人、初代ボーカリスト。 |
| ;鴨宮諒(キーボード)。 |
| ;田島貴男(メインボーカル)。 |
| 1988年、脱退した佐々木麻美子に代わって2代目ボーカリストとして加入。 |
| ;野宮真貴(メインボーカル)。 |
| 1990年、田島貴男に代わって3代目ボーカリストとして加入。 |
ノン・スタンダード
| オードリィ・ヘプバーン・コンプレックス(1985年8月21日)。 |
| イン・アクション(1986年1月21日)。 |
CBS・ソニーレコード
| 皆笑った(1987年)アナログ、片面シングル。 |
| ラヴァーズ・ロック(1990年6月21日)。 |
| couples(1987年4月1日)。 |
| Bellissima!(1988年9月21日)。 |
| 女王陛下のピチカート・ファイヴ(1989年7月21日)。 |
| 月面軟着陸(1990年5月21日)。 |
日本コロムビア
| スウィート・ソウル・レヴュー(1993年4月7日)。 |
| 東京は夜の七時(1993年12月1日)。 |
| ハッピー・サッド(1994年4月21日)。 |
| スーパースター(1994年7月21日)。 |
| 陽の当たる大通り(1994年10月21日)。 |
| 悲しい歌(1995年10月21日)。 |
| ベイビィ・ポータブル・ロック(1996年3月20日)。 |
| メッセージ・ソング(1996年12月21日) 。 |
| イッツ・ア・ビューティフル・デイ(1997年3月1日)。 |
| モナムール東京(1997年6月21日)。 |
| 大都会交響楽(1997年11月1日)。 |
| 恋のルール・新しいルール(1998年1月21日)。 |
| ウィークエンド(1998年9月19日)。 |
| 女性上位時代(1991年9月1日)。 |
| オーヴァードーズ(1994年10月1日)。 |
| フジテレビ系ドラマ「学校へ行こう!」サウンドトラック(1991年5月)。 |
HEAT WAVE
| パーフェクト・ワールド(1999年10月21日)。 |
| 東京の合唱(2000年9月27日)。 |
| 12月24日(2000年11月22日)。 |
ベストアルバム
| ピチカートマニア!1987年7月21日)(ノン・スタンダード時代のBest)。 |
| ノン・スタンダードのピチカート・ファイヴ1995年11月22日)(85年にノン・スタンダードからリリースした12インチ盤を完全復刻したもの。 |
| pizzicatofive'85(2001年7月25日)(ピチカートマニア!のリマスタリング+別テイク収録盤)。 |
| ANTIQUE96(1995年11月1日)ソニーレコード(ソニー時代のBest)。 |
| THEBANDOF20THCENTURY:SonyMusicYears1986-19902004年4月28日)(ソニー時代の総括的Best。 |
| ピチカート・ファイヴTYO(1995年3月1日)(コロムビア初期、1991-1995期のBest)。 |
| ピチカート・ファイヴJPN(1997年12月10日)(中期、1994-1997期のベストアルバム)。 |
| ピチカート・ファイヴR.I.P.〜BigHitsandJetLags1998-2001(2001年3月31日)(コロムビア~HEATWAVEを股にかけた1998-2001期のベストアルバム)。 |
| シングルス(2001年6月21日)(コロムビア時代のシングル曲を網羅したBest。 |
| pizzicatofiveweloveyou(2006年3月31日)(平林伸一選曲によるベストアルバム)。 |
エピソード
| 1998年のアルバム「プレイボーイ・プレイガール」初回限定版と、1999年発売の各CD(JBLmaxisonicseries)は紙製の変形ケース仕様で、2000年「東京の合唱」から2001年「さ・え・らジャポン」までの3種類のCDと、初のDVD作品である「readymadeTVVolume.3」は紙製のトールケース仕様であり、高さの関係から縦置きのままでは棚に収まらず、横に倒して出っ張らせた状態で陳列する店舗が多々あった。 |
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1984年
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小西康陽、高浪慶太郎、鴨宮諒、佐々木麻美子... |
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1985年
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元はっぴいえんど・ティン・パン・アレー・YM... |
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