| 1998年9月20日、フランスワールドカップ終了後に |
| 契約期間は2年で、その後2年はオプション。 |
| ファルカン監督以来5年ぶり、3人目の外国人監督となった。 |
| A代表とU-21代表(98年当時)の監督を兼任。 |
| 当時日本サッカー協会技術部門の長であった大仁邦彌は、ワールドカップ以後の続投を要請 |
| 大仁によれば、その後協会は直接フランスサッカー協会と交渉し、ちょうどスケジュールの空いていたトルシエを紹介された、という。 |
| 日本サッカー協会はベンゲルに彼の能力や人物像などについて相談しつつ、トルシエと契約を結ぶことに決定した。 |
| 尚、当時の日本サッカー協会会長の岡野俊一郎によれば、ベンゲルに一度断られたあと、『2002年W杯の日本代表監督は貴方しかいない』と手紙を出したが再度断られ、技術員委員会がベンゲルの推薦したトルシエにしたいと言うので、ベンゲルの推薦ならということで、トルシエに決めたという |
| 1998年12月、バンコクアジア大会ではU-21代表を率いて臨み、二次リーグ敗退し、クウェートに勝利した。 |
| 1999年、清雲栄純の後任としてU-20代表監督を兼職(契約外のため無報酬だった日刊スポーツ99年4月2日付紙面)。 |
| FIFAワールドユース・ナイジェリア大会では準優勝を果たした。 |
| FIFA主催の国際大会で日本が決勝に進出するのは、史上初の快挙であった。 |
| 秋には中田英寿も合流したU-22代表を率いて、2大会連続の五輪出場を決める。 |
| 一方、A代表では特別招待国として参加したコパ・アメリカ(南米選手権)で2敗1分け(1次リーグ敗退)に終わる等、ほとんど実績を残せず、批判の声も現れ始めた。 |
| 2000年、五輪代表をA代表に合流させるも、2月のカールスバーグカップでメキシコに敗れると、続く香港リーグ選抜には引き分け(PK戦で一応「勝利」した)。 |
| 3月は中国と引き分け、続く4月には韓国に敗戦と、成績は上向かず。 |
| このため、サッカー協会幹部から解任の声が挙がるが、岡野俊一郎会長(当時)の判断で、6月にモロッコで行われるハッサン二世国王杯ならびに日本国内で行われるキリン杯の成績で去就を決定することとなる。 |
| そして、迎えたハッサン二世国王杯ではほぼベストメンバーを組んできた前回W杯王者・フランスと2-2で引き分け(但し、PK戦で敗れた)、続く2戦目では前回W杯で辛酸を舐めさせられたジャマイカに4-0で大勝。 |
| 帰国後の続くキリン杯ではボリビア、スロバキアと対戦し、1勝1分。 |
| 4試合で2勝2分。 |
| 2000年9月シドニーオリンピックではメキシコシティオリンピック以来32年ぶりとなる決勝トーナメント進出。 |
| 準々決勝でアメリカ合衆国とPK戦の末、準決勝進出を逃す。 |
| 2000年10月レバノンで開催されたアジアカップ2000では、グループリーグ第1戦・第2戦で圧勝して決勝トーナメントへ。 |
| 決勝トーナメントでイラク、中国、サウジアラビアを撃破し1992年大会以来の優勝、アウェイ色の強い中東開催のアジア杯において東アジア勢としては初めて。 |
| 2000年度のAFC年間最優秀監督を受賞する。 |
| 2001年3月24日、フランスのスタッド・ド・フランス(サン=ドニ)で行われたフランス代表との親善試合で0-5の敗戦。 |
| 4月のスペイン戦でもフランス戦同様に1トップ3ボランチとも言われる守備的布陣で臨み、0-1で敗れる。 |
| 2001年6月日韓共催FIFAコンフェデレーションズカップ準優勝。 |
| 5試合で6得点1失点、フル代表でのFIFA主催の国際大会での決勝進出も史上初。 |
| ワールドフットボールイロレーティングで、2001年8月と02年3月のトルシエジャパンは、日本史上最高の世界8位のレーティングを記録した。 |
| NOR:レーティングはそれ以前の戦績などが評価対象になるため、2000年前後の日本代表が過去最強だったことを意味している。 |
| 日韓ワールドカップ本戦直前では同レーティングは14位まで下がっていたが、このような高評価を客観的指標で日本代表が得たのはトルシエ時代が初めてで、翌年の本大会に結果となって現れた。 |
| 2002年4月25日、ワールドカップ本戦への出場を決めていたポーランド代表とポーランドウッジで親善試合を行い、日本代表史上初となる欧州でのアウェイゲーム勝利(2-0)。 |
| 2002年6月日韓ワールドカップでは、有力視されていた中村俊輔を代表から外したことで話題を呼んだ伊ガゼッタ紙は、2006年3月22日付けの記事の中で、中村俊輔を最終メンバーに入れなかったために、トルシエが創価学会員の集団からの脅迫を繰り返し受けていたと報じている。 |
| 本大会グループリーグ初戦のベルギー戦では2-2で引き分け、続くロシア戦では1-0で勝利、最後のチュニジア戦も2-0で勝利し、通算2勝1分でグループリーグ1位の成績で突破し、日本代表を初の決勝トーナメント進出に導く。 |
| しかし決勝トーナメント1回戦トルコ戦、日本代表は0-1で敗れる。 |
| NOR:それまでワールドカップの歴史の中で、開催国がグループリーグで敗退することは一度もなかったのだが(2010年南アフリカ大会で途切れる)、歴代のワールドカップ開催国の中で最も経験・実績のなかった(2度目の出場、前回大会ではグループリーグ3戦3敗)日本がそれらに続くことは意義のあることであった。 |