| 1993年3月28日のブレシア戦でわずか16歳にしてASローマのトップチームでデビュー。 |
| 1994年9月4日のフォッジャ戦でセリエA初得点を記録した。 |
| 1994-95シーズンからレギュラーに定着。 |
| 甘いマスクで、生粋のローマ育ちのロマニスタであることから、ファンからはジュゼッペ・ジャンニーニに次ぐ「ローマの王子様(イル・プリンチペ)」と呼ばれ特別な存在となった。 |
| 1997-98シーズンからはズデネク・ゼーマンの下で20歳代前半にしてキャプテンとなりチームを牽引。 |
| 3トップの左ウィングとしてプレーし、97-98、98-99の2シーズンで30得点を挙げた。 |
| 1999年にはオスカル・デル・カルチョの若手選手賞を受賞した。 |
| 1999-2000シーズンから就任したファビオ・カペッロの下ではトルクアレティスタ(攻撃的MF)にコンバートされ、シュートを積極的に打つなど得点意識が高い一方で、質の高いパスを出せるようになり、万能的な選手へと成長した。 |
| 2000-01シーズンには13得点を挙げ、ローマの18シーズンぶりの優勝に貢献。 |
| スクデット獲得を決めた6月18日のパルマ戦でも得点を挙げ、ユニフォームを脱いでスタンドへ駆け寄り喜びを爆発させた。 |
| 2000年にはセリエA最優秀選手に選出され、バロンドールの投票でも2000年に14位、2001年に5位に入った |
| 2003-04シーズンは自身最多となるセリエA20得点を記録し、ローマの優勝争い(最終的に2位)に貢献。 |
| 2度目のセリエA最優秀選手に選出された。 |
| カペッロがチームを去った2004-05シーズンはローマは低迷するものの、トッティ自身は得点を重ね、10月3日のインテル戦でセリエA通算100得点を達成。 |
| 12月19日のパルマ戦ではセリエA通算107得点とし、ロベルト・プルッツォを抜き、ローマで最も多く得点を挙げた選手となった。 |
| ルチアーノ・スパレッティが就任した2005-06シーズンからはゼロトップと呼ばれる戦術でワントップ気味で起用され、ポストプレーを初めとする多くの役割をこなした。 |
| 2006年2月前半、好調のトッティは9連勝というクラブ新記録達成に貢献。 |
| しかし10連勝をかけたエンポリ戦において、開始まもなくバックチャージをうけ転倒し、足に骨折、靭帯損傷と大怪我を負った。 |
| 同年のワールドカップ出場は絶望視されたが、脅威の回復力を見せ、5月11日のインテルとのコッパ・イタリア決勝戦に途中出場しピッチに復帰した。 |
| left|thumb|250px|ローマ一筋でプレイするトッティ。 |
| 2006-07シーズンは自身初のセリエA得点王を獲得、同時にヨーロッパトップスコアラーに与えられるゴールデンブーツ賞を獲得した。 |
| セリエAでも2位に入り、コッパ・イタリアでは前年敗れたインテルに決勝で雪辱を果たし、トッティ自身6シーズンぶりのタイトル獲得となった。 |
| 2007年のバロンドールにもノミネートされ、10位にランクインした。 |
| 2008年1月16日のコッパ・イタリア、トリノ戦でキャリア通算200得点を達成。 |
| 4月19日のリヴォルノ戦で膝に怪我を負いシーズンの残りを棒に振ったが、ローマはクラブ記録となる勝ち点82を記録しインテルと最終節まで優勝争いを演じ、またコッパ・イタリアでは再びインテルを降し連覇を達成した。 |
| この決勝戦にはトッティは出場していなかったものの、キャプテンとして優勝カップを受け取った。 |
| 2008-09シーズン、2009-10シーズンは怪我が多く、シーズンを通して出場することができなかった。 |
| 2009年7月に、2014年まで契約を延長 |
| また2009-10シーズン開幕直後にルチアーノ・スパレッティが辞任した際には、トッティとの衝突が囁かれた |
| クラウディオ・ラニエリ就任後、セリエA24試合無敗を記録するなど優勝争いを展開。 |
| トッティもガブリエル・バティストゥータ、ジュゼッペ・シニョーリ、クルト・ハムリンらの通算得点数を抜き、セリエA歴代単独6位の得点数となった。 |
| コッパ・イタリア決勝では2シーズンぶりにインテルと対決したが、終了間際にマリオ・バロテッリを後ろから蹴りつけ、退場処分を受けた |
| この行為でトッティは多くの批判を受け、一時は引退を考えるほどに悩むこととなった |
| 2011年3月11日のラツィオとのローマダービーでは全2得点を挙げる活躍で勝利に貢献。 |
| 続く3月20日のフィオレンティーナ戦でも2得点を挙げ、セリエA史上6人目となる通算200得点を達成した。 |
| また、1点目のゴールはトッティにとって初めてスタディオ・アルテミオ・フランキで挙げた得点でもあった |
| 4月9日のウディネーゼ戦でも2得点を挙げ、9シーズン連続12回目のセリエA2桁得点を達成した。 |
| 4試合で6得点を挙げる活躍にトッティは「20歳の時でもこれほど好調だったことはない」と話した |
| 5月1日のバーリ戦で直接フリーキックとPKにより2得点を挙げ通算206得点とし、ロベルト・バッジョを抜き歴代単独5位となった |