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プロフィール
- ブライアン・アダムスとは
- デビューから『レックレス』でのブレイクまで
- 「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」の記録的大ヒット
- イギリスでの人気とアメリカでの失速
- 2000年代
- バンド・メンバー
- ディスコグラフィ
- 日本公演
- 関連サイト
ブライアン・アダムス(BryanAdamsOC,1959年11月5日-)は、カナダオンタリオ州キングストン出身のミュージシャン・歌手、作曲家、作詞家。カメラマンとしても活動しており、雑誌などでその腕前を披露している。ベジタリアンでもある。2011年4月にケンブリッジ大学出身で長年ブライアンの個人アシスタントを務めるの アリシア・グリマルディとの間に長女ミラベラ・バニーが誕生し、一児の父親になった。
デビューから『レックレス』でのブレイクまで
| 10代で音楽活動を始め、19歳でA&Mレコードとソングライターとして契約。 |
| すぐにシンガーとしても契約を結ぶ。 |
| 1980年2月、1枚目のアルバム『ギヴ・ミー・ユア・ラヴ』、1981年6月に2枚目のアルバム『ジェラシー』を発表。 |
| 1983年1月に発表された3枚目のアルバム『カッツ・ライク・ア・ナイフ』が全米アルバムチャート8位(全英21位)となる。 |
| このアルバムからシングル「フロム・ザ・ハート」が全米チャート10位(全英51位)、「カッツ・ライク・ア・ナイフ」が全米チャート15位(カナダ12位)、「ディス・タイム」が全米チャート24位(カナダ32位、全英41位)を記録する。 |
| 1984年にリリースされた4枚目のアルバム『レックレス』が世界的大ヒット。 |
| 年間チャートでもブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』に次ぐ2位を記録。 |
| その中のシングル「ヘヴン」が自身初のシングルチャート(ビルボード)全米ナンバーワンとなる(カナダ11位、全英38位)。 |
| このほかにもこのアルバムから「ラン・トゥ・ユー」「サムバディ」「想い出のサマー」「イッツ・オンリー・ラヴ」がシングルカットされヒットした。 |
「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」の記録的大ヒット
| 1987年に5枚目のアルバム『イントゥ・ザ・ファイヤー』をリリース。 |
| 前作ほどではないものの全米7位、全英10位と好調なセールスを記録。 |
| 1989年に、クリント・イーストウッド主演の映画『ピンク・キャデラック』で劇中曲の作詞を担当。 |
| これが縁で、イーストウッド演じる主人公がリノに向かう途中に寄るガソリンスタンドの従業員の役でカメオ出演した。 |
| 1991年に4年ぶりのオリジナルアルバムとなる『ウェイキング・アップ・ザ・ネイバーズ』を発売、全米チャート6位と前作を超えるセールスを記録する。 |
| また全英では初の1位を獲得し、同時に初めてイギリスでのチャート順位がアメリカを上回った。 |
| このアルバムに収録された「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」は映画『ロビン・フッド』のテーマソングとなり、全米チャート7週連続で1位を獲得し、年間ランキングでも1位となる記録的大ヒットとなった。 |
| 全英では1位を16週連続で獲得してギネスブックに最長連続1位として登録され、スウェーデンとオランダで11週連続、カナダでは39週連続で1位を記録したほかドイツ、ベルギー、オーストリア、スイス、フィンランド、ノルウェー、デンマークのチャートを制覇した。 |
| 1993年、ロッド・スチュワート、スティングと「オール・フォー・ラヴ」をリリース。 |
| これは映画『三銃士』のテーマ曲となったことにちなんで、3人で「三銃士」を結成したもので、全米チャート1位(全英2位)となる。 |
| 同年、ベストアルバム『ソー・ファー・ソー・グッド』を発売。 |
| 全米6位、全英1位。 |
イギリスでの人気とアメリカでの失速
| 1996年、5年ぶりとなるオリジナルアルバム『18TILIDIE』をリリース。 |
| 本作は全米では以前ほどの大ヒットに至らず最高31位に甘んじたが、全英では1位を獲得した。 |
| 本作からは『ドンファン』の主題歌の「リアリー・ラヴド・ア・ウーマン」がシングルヒット。 |
| 1997年にはライブアルバム『MTVアンプラグド』をリリース。 |
| これはアメリカの放送局MTVの人気番組MTVアンプラグドに出演した模様を収録したもので、タイトルが示す通りアコースティックサウンドを基調に、自身の過去曲を大胆にリアレンジした意欲作となった。 |
| 指揮者のマイケル・ケイメンとは本作が初共演となる。 |
| 1998年、オリジナルアルバム『デイ・ライク・トゥデイ』発表。 |
| 本作は全英では11位と健闘するものの全米では103位とこれまでになく低迷し、以後本人もイギリスをマーケットの中心に据えるようになる。 |
| このアルバムに収録されている曲、「ウエン・ユア・ゴーン」はイギリスの人気女性グループスパイス・ガールズのメンバー、メラニーCとのデュエット曲で全英チャート3位をマークした。 |
| 英米での人気の逆転傾向を顕著に示したのが1999年発表のベストアルバム『ベスト・オブ・ミー/ブライアン・アダムス・ベスト2』で、この作品は欧州と日本では同年に発売され全英で12位を記録するものの、アメリカでの正式な発売は2002年であった(これは本作に合わせたワールドツアーのアメリカツアー開始に合わせたものである)。 |
2000年代
| 2002年にはドリームワークスのアニメ『スピリット』のサウンドトラックを発表する。 |
| 映画の興行的な不振もあってさほどの話題にはならなかったが、本作は彼が初めて手がけたサウンドトラックで全米40位、全英8位を記録している。 |
| 2004年には久々のオリジナルアルバム『ルーム・サービス』をリリース。 |
| これは長期にわたったワールドツアーの中から生まれたアルバムで、すべての楽曲が世界各国のホテルの室内で録音されているユニークなアルバムである。 |
| また仕事の幅を越えて親交があり、前年に急逝したマイケル・ケイメンへの追悼の意も込められている。 |
| 全英4位、全欧州で1位を記録している。 |
| 2005年はデビュー25周年にあたり、総括的ベストアルバム『アンソロジー』(2枚組)をリリース。 |
| 全米65位、全英30位となっている。 |
| 2008年には11枚目のオリジナルアルバム『11』をリリース。 |
| 全11曲(日本盤は1曲ボーナストラックあり)、欧州11都市でプロモーションツアー11公演、と「11」尽くしの作品となった。 |
| カナダ、スイスで1位を獲得。 |
| 2010年2月12日、バンクーバーオリンピック開会式にネリー・ファータドとともに登場し、「BangtheDrum」をデュエットした。 |
| 尚、この歌唱について「口パクではないか?」との疑惑を持たれ、帰宅するためにバンクーバーの空港に到着した際にパパラッチに問い詰められたが、本人はノーコメントを貫いた。 |
| TBS系列サンデージャポン2010年2月21日放送分。 |
バンド・メンバー
| アダムスはその長いキャリアのほぼ全てにおいて、レコーディング及びツアーのバンド・メンバーを変更していない。 |
| 現在のラインナップはギターがキース・スコット、ドラムスがミッキー・カリー、ベースがノーム・フィッシャー、キーボードがガリー・ブレイト。 |
| 1980年代初頭から1997年まではベースがデヴィッド・テイラー、キーボードがトミー・マンデル。 |
| ツアーによってはアダムス本人がヴォーカルとベースを兼ねることもある。 |
| アダムス自身はドラム以外の全てのパートを自身も演奏することができ、アルバムでは彼の演奏するトラックと上記のメンバーの演奏するトラックが混在している。 |
| また多くのツアーにおいてアダムスはギタリスト兼ヴォーカリストである。 |
| フェンダー・ストラトキャスターを演奏することが多く、そのプレイ・スタイルは盟友のスコットにきわめて似ていて、どちらがどのパートを弾いているのか一聴しただけでは区別不能である。 |
| スコットは1970年代後半にアダムスのバンドに参加してからは、ブライアン・フェリーやティナ・ターナーなどのサポートをした以外はほぼアダムスとの活動一本に絞っている。 |
| 不動のバンド・メンバーの中でもスコットはアダムスの半身とも言うべき存在で、カリーから「僕たちはブライアンとキースのバックバンドさ」とからかわれることもある。 |
| メインとして使用しているのはフェンダー・ストラトキャスターである。 |
| 特別速く指が動くというような派手さはないが、リフや音造りのセンスは抜群であり、アダムスのバックバンド一筋というその地味なキャリアにもかかわらず、多くのギタリストから一目置かれている職人である。 |
| エドワード・ヴァン・ヘイレンはかつて雑誌のインタビューで「今好きなギタリストは?」との質問に対し「キース・スコットだ。 |
| 彼はとてもメロディアスだからね」と回答していた。 |
| また、元メガデスのマーティ・フリードマンも、TV番組ROCKFUJIYAMA内で、「ブライアン・アダムスのギタープレイは、ギタリストの手本」という意味の発言をしている。 |
ディスコグラフィ
| ギヴ・ミー・ユア・ラヴBryanAdams(1980年)。 |
| ジェラシーYouWantIt,YouGotIt(1981年)。 |
| カッツ・ライク・ア・ナイフCutsLikeaKnife(1983年)。 |
| レックレスReckless(1984年)。 |
| イントゥ・ザ・ファイアーIntotheFire(1987年)。 |
| LIVE!LIVE!LIVE!Live!Live!Live!(1989年)。 |
| ウェイキング・アップ・ザ・ネイバーズWakingUptheNeighbours(1991年)。 |
| ソー・ファー・ソー・グッドSoFarSoGood(1993年)。 |
| 18TILIDIE+118TilIDie+1(1996年)。 |
| MTVアンプラグドMTVUuplugged(1997年)。 |
| デイ・ライク・トゥデイOnaDayLikeToday(1998年)。 |
| ベスト・オブ・ミー/ブライアン・アダムス・ベスト2TheBestofMe(1999年)。 |
| スピリット~オリジナル・サウンドトラックSpirit:StallionoftheCimarron(2002年)。 |
| ルーム・サービスRoomServive(2004年)。 |
| アンソロジーAnthology(2005年)。 |
| 1111(2008年)。 |
日本公演
| 1983年11月1日渋谷公会堂、3日日本青年館、4日大阪御堂会館。 |
| 1985年10月27日大阪城ホール、28日大阪フェスティバルホール、30日・31日・11月1日日本武道館。 |
| 1988年1月29日横浜文化体育館、30日静岡産業館、31日名古屋レインボーホール、2月2日・3日大阪城ホール、5日・6日・7日・9日・10日日本武道館。 |
| 1989年12月31日東京ドーム(ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースと共催)。 |
| 1990年1月1日東京ドーム(同上)。 |
| 1992年2月21日仙台市体育館、23日横浜アリーナ、25日名古屋レインボーホール、27日広島サンプラザ(風邪のため休演)、28日・29日大阪城ホール、3月2日・3日・4日代々木オリンピックプール、6日日本武道館。 |
| 1993年2月8日日本武道館。 |
| 1994年2月16日大阪城ホール、18日・19日・20日日本武道館。 |
| 1997年3月5日・6日日本武道館、7日名古屋レインボーホール、9日マリンメッセ福岡、11日・12日大阪城ホール、14日横浜アリーナ、15日・16日日本武道館。 |
| 2000年6月15日・16日日本武道館、17日名古屋市公会堂、19日ZeppFukuoka、20日・21日大阪厚生年金会館。 |
| 2005年4月23日日本武道館、25日ZeppOsaka、26日大阪厚生年金会館、27日日本武道館。 |
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1959年
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ブライアン・アダムス(Bryan Adams OC, )は... |
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1980年
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1枚目のアルバム『ギヴ・ミー・ユア・ラヴ』... |
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